間に合わなかった贈り物
お読みいただきありがとうございます!!
また一話あたりの字数が多くなってまいりました。
今回ふくめてあと三話ですのでどうかご辛抱のほどお願い申し上げます。
【これは、今より三百年前の話】
八代目聖女ホワイトはその日、えらく上機嫌だった。
鼻歌混じりで肘をテーブルにつき、人差し指に鎖をかけ、ペンダントをくるくる回している。
その先で踊るのは緑の翡翠だ。
緑の翡翠は、家族絆の象徴と、聖都では伝えられている。
親子の証として産まれた子の前途を祝し、親が子に贈る風習があった。
「翡翠贈りねえ。……またずいぶん古い慣習持ち出してきたわねえ。ようやくお洒落に目覚めたかと思ったらさ。ま、あんたらしいっちゃ、らしいけど。でも、養子縁組の書類手続き申請は終ったんでしょ。今さら、無意味じゃないの」
プラチナの髪の八代目と真向いに座り、彼女の浮かれ具合を、足を組んで呆れ顔で見守るのは紫色の髪と瞳の女性だった。
聖女ヴァイオレット。
聖女ホワイトと同じ 三聖女の一人だ。
「いいんだよ。こういうのは気持ちの問題なんだから」
八代目聖女ホワイトは、口の悪い友人に口を尖らせて抗議したあと、鎖の長さ足りないかなあと、首をかしげ心配そうに検分した。
聖女ヴァイオレットは苦笑する。
この子供っぽく直情径行な友が、なんだかんだ気に入っているのだ。
悩みごとはひとりで解決しようとする聖女ホワイトも、彼女にだけは相談をする。
幼馴染の二人の関係は、ともに聖女の称号を承ってもかわらない。
権力争いとは無縁の竹馬の友だ。
主たちに影響され、競争心でいがみあってきた歴史のふたつの門下生たちは、今代になってから妙に仲良く、女子会などやって盛り上がる始末だった。
「ゴグマくんねぇ。あんたよっぽど気にいったのねえ。でも、結婚もしないで養母はじめるなんて、聖都じゅうが仰天してるわよ。…で、どうすんの まさかあの恥ずかしい流派名継承させる気? 」
そこは声をひそめて聖女ヴァイオレットが問うと、八代目聖女ホワイトは渋面になった。
「いや、龍人化は教えるつもりだが、あの流派名はなあ…」
はああっとため息をつき、ぐでーっと上体をテーブルに投げ出す。
聖女の態度ではないが、闊達な彼女にとっても、嫌になるほど頭を悩ます大問題だった。
それは初代から続く呪い。
流派名を明かさなかったときのゴグマの悲しそうな顔がよぎる。
きっと資格なしと判断されたと勘違いしたのだ。
「恥ずかしい流派名を教えたくなかったなんて、さすがに明かせないし、信じてもらえないもんなあ……」
そんなことをすれば聖女ホワイト門下全体の沽券に関わる。
大所帯を抱えるってのは面倒なものだな、と八代目は何度めかのため息をついた。
「ため息ついたり、にやにやしたり忙しいこと。今からそんなに感情をむきだしだと疲れるわよ。問題は山積みなんだから。しゃんとなさい。そんなあほ面でゴグマくんの母親やる気?」
聖女ヴァイオレットに茶化し気味の激励をされ、聖女ホワイトはがばっと突っ伏した顔をあげた。
「…よし、気合を入れなおしたぞ。ゴグマに、私の持てる技術は全部叩き込んであげなきゃな。聞いてくれ。あの子の才能は凄いんだ」
気を取り直して、彼のことを自慢しだす聖女ホワイト。
気合いを入れたと言いながら、すでにやにさがっている。
もうすっかり親馬鹿だ、と呆れ顔をしながら、今後のゴグマの身のふりかたについて、親友の相談に親身になってのってやる聖女ヴァイオレット。
優しい実力者たちによるおだやかな午後のお茶会が過ぎていく。
報われなかった一人の少年の前に、希望の門をゆっくり開かせながら。
それを翳らせたのは、飛び込んできた急使の凶報だった。
それは、ジオウ国境のジグマの街に、隣国から進軍が開始されたという知らせ。
翡翠が聖女ホワイトの指から滑り落ち、乾いた音をたてて床に転がった。
聖女ホワイトは彼女には珍しく、呆然と視線を落とした。
なにが起きたかわからない、という顔をしていた。
未来を繋ぐはずだった翡翠の煌めきが、なぜか零れ落ちた涙を連想させた。
「しゃんとなさい!! ジグマの街ってあんたの言ってたゴグマくんのいるところでしょ!!」
「すまん、ヴァイオレット。後を頼む…」
友人に叱咤され、現状を受けとめた聖女ホワイトは、見たこともない蒼白な顔で、ゆらりと立ち上がった。
「あ、後を頼むって、あんた、まさか自分で直接駆けつける気!? 今日の聖女円卓聖会議どうすんのよ!」
聖女ヴァイオレットはさすがにあわてた。年に一度の重大会議だ。
幾ら聖女でも突然の無断欠席を許されるわけがない。下手をすれば降格ものだ。
聖女ホワイトは聖女ヴァイオレットを見つめた。
「…お願い」
「……はあ、まったくあんたは……」
聖女ヴァイオレットは大きくため息をついた。
男勝りの親友に泣きそうな顔で懇願されて、断れるわけがない。
「わかったわ。大聖女様とブルーは私が説得したげる。だから、さっさと行っちゃいなさい!!」
「すまない…恩にきる」
頭をさげ走りだそうとする八代目聖女ホワイト。
「……エリザ!!」
聖女ヴァイオレットは、聖女ホワイトの本名を呼び、床の翡翠を拾い上げて投げてよこした。聖女ホワイトはそれを掴みとった。金の鎖が物悲しく鳴った。ふたりの視線が空でからみあう。
「忘れ物よ。ゴグマくんに、母としてあんたが贈る大事なものでしょ。かならず届けてあげて」
「ありがとう。必ず届ける。約束する」
御礼の言葉を言ったときには、彼女の姿はそこから消え失せていた。
聖女ホワイトの体は、すでに広間を一瞬で抜け、バルコニーから直接空中に飛び出していた。
それを視認できた動体視力の持ち主は、この場に聖女ヴァイオレットただひとりだった。
龍人の力を全開にした聖女ホワイトについていける者など、この世にほとんどいない。
きいいんと耳をつんざく音が走りぬけた。
ホールのあちこちで、悲鳴が一斉にあがる。
窓がひとりでに割れ、壁にひびが走り抜けた。
激痛に襲われ、人々は耳を押さえうずくまった。
超加速が衝撃と気圧の急激な変化を引き起こしたのだ。
雷が部屋中を閃きとんだ。
それは龍気の余剰エネルギーが転化された蒼白いスパークだった。
パニックになって逃げ惑う人々をかばうように、聖女ヴァイオレットが進み出た。
豪放磊落に見えても、聖女ホワイトはきめ細やかな気遣いができる女性だ。
なのにこんな後先考えない暴挙に出るなど、よほど我を忘れていたのだろう。
だから責める気にはなれなかった。
「まったく。あわてすぎよ。世話がやけるわ」
ふう、と嘆息すると、歩きながら無造作に手を何度も振る。
人々は驚愕した。小虫でも相手にするかのように、聖女ヴァイオレットは無数の電光を掴みとり、そして無造作な握りつぶしたのだ。
騒ぎがおさまったときには、地平の彼方に八代目聖女ホワイトの姿は消えうせていた。
「…頼む!! 間に合ってくれ!!」
聖女ホワイトはただひたすら祈りながら走る。ゴグマの強さはよく知っている。普通なら軍勢相手でも心配などいらない。だが、街の彼に対する扱いが扱いだけに、胸騒ぎがとまらない。
ヴァイオレットは、バルコニーに進み出、沈痛な表情で友を見送った。
風光明媚で名高いここからの光景のはずが、今日に限って沈む夕陽がなぜか血の色に見え、妙に不安をかきたてる。
「神の御加護を…でも、たぶんもう」
祈りを捧げながら、友人の消えた彼方に彼女は沈痛なまなざしを向けた。ホワイトの気持ちを考えると、それ以上の結論はとても言葉に出来なかった。
いくら八代目聖女ホワイトが超人でも、命と時は巻き戻せない。
ジグマの街は遠い。したがってここに知らせが届くのにも時間を要したはずだ。
だから、今の時点でたぶん。
それでも、一本気な幼馴染のために聖女ヴァイオレットは、奇跡を願わずにはいられなかった。
だが、やはり、すべてはもう手遅れだったのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
国境沿いのジグマの街では戦後処理が行われていた。
とはいえ呼応しての開門は最初からきまっていた。街は焼き払われず、大きな混乱はなかった。
気のぬけたような予定調和のなかで、異様な光景が門外で繰り広げられていた。
仁王立ちで息絶えた全身鎧の巨人のいたるところに荒縄がかけられていた。
その足は根でも生えているかのように倒れることを拒み、力自慢の兵士数十人がかりでも歯が立たなかった。斧できりつけても、刃が途中でとまってしまう。本当に死んでいるのか、と兵士たちは動揺しだした。兜の奥の目でぎらりと睨まれた、と主張する者もいた。西派剛拳という奇怪な技を使い、鬼のような強さを見せた相手だけに、町に入ることを拒む者まであらわれた。いまだ宿る怨念が倒れることを拒んでいるのではとおそれたのだ。
彼を裏切って死に追いやった町の住人達の怯えはもっと激しかった。
互いに責任をなすりつけ罵り合う者、高熱をだして倒れる者、正気を失いうわ言を呟く者などが続出した。
軍は頭を抱えた。
たった一人の死体のため、軍も街も右往左往だ。
死後も恐怖をあたえる巨人は祟り神のような存在だった。
軍はついに業を煮やし、馬で彼を引き倒そうと試みた。数頭では足りず、十頭をこえた馬に鞭を入れたとき、ようやく戦士の身体が揺れ、兜が転げ落ちた。悲しみに歪んだ貌が露わになる。
だが、戦士の抱えていた苦しみは兵士たちには伝わらなかった。たしかに死んでいると確認し、安堵にわきたっただけだ。そして、さっきまでの呪術的な恐怖から解放され、化物めと罵りだした。反動で歯止めがきかず、暴徒に近いありさまとなった。戦争直後の異常な興奮状態と無数の仲間達を撲殺された怒りが、彼等の罵りに拍車をかけた。
楽な茶番劇の戦争のはずが、こいつひとりのせいで死闘になってしまったのだ。
いらぬ苦心惨憺をしいられた元凶に不満は集中した。
化物を引き倒して八つ裂きにし、車輪で踏み潰せと怒号が飛び交う。
だが、命令に従おうとした馬たちは突然脚を止めた。
引き綱をひいても鞭を鳴らしても、びくりともしなくなった。
緊張に耳を伏せ、恐怖に見開いた目で彼方を怯えたように見つめ、立ち止まるばかりだ。
馬の鋭い聴覚は、人間が聞くよりはるかに早く「彼女」の接近音を感知したのだ。
馬の異常な反応が伝播したかのように、不安げに兵士たちが顔を見合わせたとき、
ぎいいんっと空気がその場の誰もが聞いたことのない音で鳴った。
突風が吹き荒れた。
兵士たちはどよめき、思わず後ずさりした。
八代目聖女ホワイトが、まるで瞬間移動のようにそこに現れたからだ。
プラチナ色の髪と瞳の放つ峻厳さは、兵士たちの血の酩酊を一瞬で吹き飛ばした。
馬も人も立ち竦むなか、八代目聖女ホワイトは唇を噛み締めていた。皮膚が破れ、血が伝う。そして彼女は泣き笑いの表情を浮かべ、ゴグマの死体に歩み寄った。
「……やあ、久しぶりだな。ゴグマ。元気でやっていたかい」
優しく語りかけるが、涙で声は詰まっていた。
馬たちが恐慌を起こして後ろ足で立ち、悲鳴をあげた。
追い詰められたものの絶望で恐慌状態に陥ったのだ。
「私が来るのを立って待っていてくれたんだな。あいかわらず律儀だな。君は。稽古も私がいいと言うまで決してやめようとしなかったものな」
すでに息絶えたゴグマに生あるように語りかける彼女を笑う者はいない。笑えるはずがない。大津波の予兆のような凄まじい気配が急速に膨れあがりつつあった。
「待たせてすまなかった。えらいぞ、よく最後まで膝をつかなかった。君は私の誇りだ。もういいんだ。休みなさい」
その言葉を待ちかねたように、あれだけ動かなかったゴグマの遺骸が、ゆっくりと八代目聖女ホワイトに倒れてきた。
彼女が受け止めるより早く、ゴグマにかけられた縄が、刺さった武器が一瞬ではじけ飛んだ。
八代目聖女ホワイトがやったものとはわかっても、どうやったのか理解出来たものは誰一人いなかった。誰も言葉ひとつ発せなかった。息をするのもはばかり、汗びっしょりになってただ馬鹿のように固まっていた。もし人が頭上から山脈が落ちてくるのを目撃すれば、きっとこういう反応を示すに違いなかった。死の予感の絶望に脳が考えを放棄してしまったのだ。
だが、人よりも生存本能に忠実な馬たちは、縄の束縛から解き放たれたとたん迷うことなく逃走を選んだ。口角から泡をふいて全力で逃げだした馬にぶつかり、兵士が人形のようになぎ倒される。だが、人間がその逃走に続くことは出来なかった。
「おまえたち…。自分がどれほどの男を殺したかわかっているのか…」
騒然となった戦場に、なぜか不思議と彼女の声だけが通った。
声を張りあげているわけでもないのに、誰もが声を耳にした。
それはまさに他を圧するほど格が違うからとしか説明しようがなかった。
八代目聖女ホワイトはゴグマの背に手を回し撫でようとしたができなかった。罪のあかしのようになおも刺さる無数の毒矢に阻まれた。聖女ホワイトの髪が逆立った。彼女は、未来の息子がどんなに悲しく無惨な死を迎えたか知った。たったひとりで敵に立ち向かい、守っていたものに後ろから山と矢を浴びせられ、無念のうちに無駄死した。あまりに救いがなかった。
砂埃だらけの闘技場の片隅で見出した宝だった。
自分以上の高みにいけるかもと期待した。
不幸な生い立ちにも関わらず、母のように自分を慕ってくれるまっすぐさを、愛おしいと思った。
それを……。
「……許さない。皆殺しにしてやる」
小さな呟きだが、その場の誰もがそれを聞いた。聞いてしまった。
それはまさに神の怒りの顕現だった。
天を貫く龍気が竜巻となって轟轟と荒れ狂った。空一面に黒雲が渦巻き、雷をまとわりつかせ咆哮した。
逃走中の馬が硬直し、ぐるんと白目をむいて失禁し、泡を吹いてひっくり返った。馬体が走る速度のまま、次々に横倒しで人垣に突っ込み、巻き込んでなぎ倒す。だが、押し倒されたものの悲鳴はなかった。もはやそれどころではなかった。
彼等は巨大なあぎとのただなかに立っていると感じた。
超越の存在の睨みつける目を見た。
歯向かうどころか、身じろぎするだけでこちらを潰せる龍に、生殺与奪の権利を握られたと、体が理解した。そして、その龍は自分達に怒っている。聖女ホワイトの怒気は、兵士たちだけでなく、街にも襲いかかった。固唾をのんで様子をうかがっていた街のあちこちで悲鳴があがった。
そこからは阿鼻叫喚だった。
緊張に耐えきれず、ぶっと鼻血を出して何人かが失神した。
へたりこんで失禁するものもいた。
戦場慣れした兵士たちがまるで子供のように死にたくないと泣きじゃくっていた。
これが八代目聖女ホワイト、龍の力を振るう武術家の頂点、万の軍勢を一人で屠る者の怒りだった。
実際、その気になれば彼女は殺気だけで、その場の全員を虐殺できた。
いや、怒りにまかせてそうしかけたのだ。
町人達の何人かは呼吸困難におちいり、紫色の顔で胸をおさえてのたうちまわっていた。あと数秒殺気の放射が続けば、確実に窒息死したろう。それを気配で察知はしていたが、なんの感慨もわかなかった。ただ報いを受けるべきだと思った。龍人の力を全開にすれば、冷酷な龍の性格がより強くあらわれる。
彼女を人に引き戻したのは、ゴグマに母として渡すはずだった翡翠の輝きだった。
〝母親としてあんたが渡す大事なものでしょ〟
いつも気遣ってくれる友人の声が、諫めるように脳裏によみがえった。
「ゴグマ。君はすべてに裏切られ、孤独に逝った。それなのに、私までが血と憎しみにまみれた手で抱いたら悲しいよな」
八代目の瞳から殺気が薄れ、深い哀しみに満ちた。
すんでのところで殺気から解放された人々が、激しく咳き込みながら崩れ落ちる。
八代目聖女ホワイトは、ゴグマの頭を肩口にのせ、むりやり笑顔をつくって笑いかけた。
「なあ、化け物化け物とみんなで寄ってたかって…武人としていい面構えじゃないか。あいつらには見る目がないなあ。だけど、もう心配ないぞ。これからは私がいる。いらんことを言うやつはとっちめててやるさ」
陽気にはりあげる声に答えはない。
戦場に初雪がふりだした。
「…十三歳の誕生日おめでとう。これは翡翠贈りといってな。親が子の成長を祈って渡すんだ。ゴグマ、少し遅くなったが、私からの贈り物だ」
彼女は緑の翡翠のペンダントをゴグマの首にかけようとした。
「そうだ。私達は今日から親子になるんだ。これからは師匠でなくかあさんと呼ぶんだぞ。はは、なんか照れくさいものだな……」
震える指先では、鎖の留め具をうまく繋ぐことが出来なかった。
「あれ…鎖が少し短すぎたか。すまんな。なにせ母親なんて大役ははじめてなんだ」
震えが指先から全身に広がっていく。
「君も、子供役なんてはじめてだろう。初心者同士、二人三脚でこれから……」
あとは嗚咽で言葉にならなかった。
過去視で見たあまりに酷い子供時代。
化け物という単語で埋め尽くされた記憶。
親からも見捨てられた過去。
だが、塗り替えられるはずだった。
子としての喜びを知ってもらうはずだった。
いろいろな計画を立てていた。
きっと喜んでくれると、そう思っていた。
言葉のかわりに手をまわし抱きしめる。
頬を寄せる。冷たい。体温の残りさえない。
いったいどれだけの時間、一人で立ち尽くしていたのか。
八代目聖女ホワイトは空を見上げた。
曇天の寒空だったが、視界がにじんだ彼女にその色はわからなかった
聖都で見ていた空は抜けるような青空だった。
彼に見せたいと願ったあの希望に満ちた色。
雪はさらに強くふりだした。
「みろよ、ゴグマ。今日はいい天気じゃないか。新米親子のスタートには最高だ。まずはふたりで旅にでるか。夜は星の名前を教えてあげよう。海は、見たことがあるか? 悩みなんてどうでもよくなるくらい広いぞ。君がどんなに驚くか楽しみだ…」
喋りながらあらたに哀しみがこみあげる。
伝えたいことがたくさんあった。
世界に名を轟かせるはずだった。
こんな街で報われないまま寂しく終えていい命ではなかった。
彼女は全身をふるわせて悲痛を押し殺し、つとめて陽気に声を張り上げた。
「なあ、せっかく親子になれたんだ。もう少し嬉しそうな顔をしろよ……」
しかし、その語尾の震えは隠しきれなかった。
「…そんな…そんな悔しそうな顔で…」
無念の表情で固まったゴグマの顔。
その瞼を聖女ホワイトはそっと手で塞いだ
そのとき戦場の朝露なのか、ゴグマの目尻からすうっと涙のような一筋が頬を伝った。
八代目聖女ホワイトの顔が悲痛に歪む。
もう限界だった。
慟哭する彼女の頬をとまらぬ涙が伝う。
どんな気持ちで最後を迎えたのだろう。
一人ぼっちで生きてきた少年。
武才を認められず、人間扱いされてこなかった少年。
「これからだ。これからだったんだ…」
自分なら幸せを与えてやれると思っていた。
幸せな未来が待っているはずだった。
その自信もあった。それなのに、、
「…なんで…なんで…なんで…!」
守れなかった。間に合わなかった。
たった一人で死なせてしまった。
「…親子になったばかりで、親より先に逝く子があるか…!!」
もの言わぬゴグマを抱きしめるホワイトには、もう冷たい感触しか返ってこない。
最期に言葉をかけるどころか、ぬくもりを伝えてやることさえ叶わなかった。
「ゴグマ…すまない…!」
ホワイトの慟哭が風を渡っていく。
雪がゴグマの肩に降り積もっていく。
まるで傷つくだけだった彼の傷を、優しく覆おうとするかのように。
だが、失われた命は二度ともとには戻ることはない。
八代目聖女ホワイトは、息子になるはずだった不世出の天才の遺体を抱いたまま、いつまでも涙を流し続けていた。
お読みいただきありがとうございます!!
ラストあと2話となります。




