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聖女候補生②

「 てめぇが、なにかしてやがるのか!? ごっ!? 」


男は気絶しなかった。ぶざまに尻もちをつき、それでもふらつきながら立ち上がった。あまりに彼我の力量差がありすぎ、少しでも力が入りすぎるとすぐに殺してしまうため、思いっきりアンジェラが手加減したからだ。もし男が、ある程度以上の強さをもつ一流の戦士なら、たぶん今の一撃で綺麗に失神させらていたはずだ。怒っていてもアンジェラは冷静……というわけではなく、本気でやっちまうとまわりにも大被害が出て、鬼の師匠に大目玉をくらうからである。


「 ……あなた、幸運でしたね。そして私もまだまだです 」


与えるダメージ見極めそこなったことで、アンジェラはため息をついた。


「 上から目線だと!? ふざけんな!! 化けの皮ひっぺがしてやるぜ!! 」


だが、自分が獅子に挑むアリに等しいとも気づかず、男は逆上し、アンジェラ聖女候補生(せいじょこうほせい)に斧の柄をふりおろそうとした。


できなかった。今度はアンジェラの三倍以上の体重があるはずの男は、空中で一回転して床に叩きつけられたからだ。男の手から離れた斧が回転しながら後を追い、男の鼻先をかすめて床に突き立つ。


「 学習能力がありませんね。私にうかつに手を出すと、大火傷ではすまないと、まだわからないのですか 」


アンジェラ聖女候補生の仕業だということはもはや誰の目にも明らかだった。


だが、どうやっているのかはさっぱり見当がつかない。

また法術だ…という囁き声があちこちであがる。


たしかに、聖教会には、そういった不可思議な力を駆使する人間が、少数ではあるが存在する。


…だが、先ほどの癒しの技にしても、アンジェラ候補生が今、男を翻弄している力にしても。 


もし ここに優秀な法術の使い手達がいたとしたら、口を揃えて何が起きているかわからないと困惑し、頭を抱えるだろう。


なぜなら彼女は、法術などまったく使っていないからだ。 

 

彼女が振るっているのはー


「 悔い改めなさい。神は心を入れ替えるものには寛大です。これが人生、最後のチャンスになるかもしれませんよ 」


「 …っ この 化け物が…! 」


よろよろ立ち上がった男の目には恐怖があった。目の端に映った斧を無意識に掴んでしまう。


「 丸腰の私に斧の刃を向けますか。おやめなさい。私が手加減出来ませんよ 」


「 妙な術を使っておきながら!!! 」


男は絶叫し聖女候補生(せいじょこうほせい)に斧を振り下ろした。

それは自らを必死に鼓舞しようとしての愚行だった。 


男は選択を誤った。

本能が敏感にかぎつけた絶対強者への恐れ。それに彼は素直に従うべきだった。


「 術? 失礼ですね 」


アンジェラは形のいい眉をしかめた。

すっと胸の前で指を組み合わせ、祈りのポーズをとる。


「 私の武器は、常に身ひとつですよ 」


みなまで男は聞くことが出来なかった。


空気が轟音とともに爆発した。

棚が一斉に倒れ、ど派手に瓶や甕が割れ、中身が散乱した。

鋼鉄の斧が安いブリキの板のようにぐちゃぐちゃに歪んで飛ぶ。

木の柄との接合部分がへし折れた。

そして、それを握っていた男の手首の骨も急激な負荷に耐え切れず粉砕された。

肩が脱臼した時点で男は失神していた。


空中できりきり舞いするように、扉を突き破って、男の身体が戸外に飛んでいく。

どごんっぼごんっと鈍くくぐもった、ぞっとする音が後からきた。

それと鋭い破砕音。それは肉をうち、骨を折った音だった。


まわりには、突然見えない巨人のハンマーで、男が殴り飛ばされたようにしか見えなかった。

音速をこえる攻撃など、この文明レベルの世界では未知のものなのだから。


全員の目が戸外に弾き飛ばされた男と歪んだ斧の残骸に釘付けだったので、アンジェラの手からかすかに立ち上っていた摩擦熱による煙に気付くものはいなかった。


「 あなたは、神に祝福される道を間違えました。更生のチャンスを掴み損ねたその腕は、もう二度と悪さをすることはできないでしょう 」


アンジェラは哀しげに目を伏せた。


やっべーえ、やりすぎた……!!

相手は刃物を向けてきた。正当防衛、正当防衛……。


と内心びくびくしていたのは内緒だ。


瓦礫のあいだから突き出た男の脚がびくんびくんと宙を蹴っている。

瀕死の痙攣にしか見えない。ガラス窓に知らずにぶつかって死亡する鳥を思わせた。利き腕どころか男は全身再起不能になっていてもおかしくなかった。


その場がしんと静まり返っていた。誰もしわぶきひとつ発さなかった。

 

「 …あたしはこの齢になって神の奇跡をはじめてみたよ。神様が聖女候補生(せいじょこうほせい)様を御守りになった。神様があの男に罰をお与えになった…こんなことってあるんだねぇ 」


やがて、おかみが小さく呟き、その場に(ひざまず)いた。


「 神よ。感謝します 」


「 か、神よ。感謝します 」


エリカも慌てて後に続き祈りを捧げる。

それにならって全員が膝をつくか頭を垂れ、祈りを捧げた。

涙を流しているものまでいた。 


困惑したアンジェラは立ち尽くしていた。  

なぜなら、皆はアンジェラのほうを向き、彼女を通して、神に祈りを捧げているのだ。 


取り囲まれるようになったアンジェラ。

救いを求めるようにあちこち見るが、皆目を閉じ祈りの真っ最中。

助けてくれる者はどこにもいない。


そして、敬虔な空気に耐えられなくなり、仕方なくアンジェラもついにその場に(ひざまず)き、


「 神よ。感謝します… 」


と右に習った。


祈りに入る前に彼女が小さく漏らした え、なんで、いつもこうなるんでしょう? という戸惑いの疑問符は、誰の耳にも入ることはなく、この酒場に満ちた信仰の熱気の中に、人知れずかき消えた。


アンジェラの困惑は誰にも理解できなかった。


当然だ。まさか聖女のイメージそのものの彼女が、斧をぶん殴って粉砕し、暴漢をぶっ飛ばし、ついでにあり余る生命エネルギー……〝気〟を一気にそそぎこむことで、おかみとエリカの細胞を強制的に賦活させ、傷を癒したなど、あまりにも荒唐無稽であり、想像の枠をぶっぱずれていたからだ。


つまり、アンジェラのふるったのは、法力(ほうりょく)ではなく、純然たる暴力(ぼうりょく)……。


祈りのポーズは、黄金〇闘士のアル〇バランの腕組みのごとく、居合の構えを取っていただけだった。あまりに素早く元の構えに戻るので、周囲の人間には、相手が神罰をくらってひとりでに吹っ飛んだようにしか見えないのだ。


そして、アンジェラが至高神として信奉するのは、聖教会の神ではない。

徒手空拳(スデゴロ)をこよなく愛する武の神なのだった……。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



聖女候補生アンジェラは、聖教会所属の才色兼備の神の慈悲の体現者である。 

だが、その麗しい見かけに騙され、誰も気付かない。 

彼女がただの武道馬鹿であることに。(そして、もう一つ大きな秘密があることに)


彼女が神や道と口にするとき、実は、(武の)神、(武の)道という(武の)が必ず前についている。

(武の)部分を言葉にしていないだけで…それには理由がある。


アンジェラの不幸は、彼女の師事する世界最強の武道家が、たまたま聖女のひとりであったこと。

そして、聖女候補として見こまれてしまったことだった。おまけにその聖女は大変に腹黒であった。


アンジェラ「 押忍!! 師匠のように強くなるにはどうしたらいいですか 」


聖女「 ならば、特別に教えましょう。アンジェラ、あなたに必要なのは、しなやかな優美さ、すなわち女性らしさです。力だけで到達できる境地などたかがしれたもの。聖女候補生になり、言動ともに女性らしさを極めなさい。それと、忍耐の心を養いなさい。あなたの一番好きな言葉は? 」 


アンジェラ「 もちろん〝武〟 の一文字です!  」 


聖女「 ではこれからその言葉を一切口にすることを禁じます。心に刻みなさい。優美と忍耐を極めたとき、あなたは新たな武の境地にたどり着くでしょう 」


 アンジェラ 「 うおおおっ!! 師匠、ご指導ありがとうございます! ……ぐすん 」


感涙するアンジェラ。師匠の聖女が、心の中で舌を出しているとも気づかずに…。アンジェラは、賢いのに、武術のこととなると知能指数が低下する脳筋のあほの子であった。こうして彼女は、武道を究めんとしているつもりで、聖女育成街道を突っ走るのだった。


アンジェラ「やるぞ!! 俺は…いや私は(武の)神に愛される人間になってみせる…みせますわ」


そう そして、こいつは女でさえなかったのだ。


……この物語は、武道の鬼たらんとした、一人の少年が、何故か聖女の鑑として、人々の崇敬と感謝を一身に受け、頭を抱える。そんなあほの子の、女装男子な物語である。


そして、彼女(?)が聖教会からくだされた密命は、大魔女により地獄からよみがえった拳豪たち、〈拳鬼十三羅漢〉を撃破することだ。それぞれの時代を代表する腕をもちながら、無念の死を遂げ、恨みの拳鬼と化した彼らは、その未練を解消されない限り、地上のいかなる手段でも倒すことはできない。はたしてアンジェラは鬼の拳と(えせ)聖女のほほえみで、彼らの魂を大往生させることができるのだろうか?

こんなの読んでいただいて、もはや、なんとも……。

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