新生活の始まり2
これどこそこに持って行って。
これ洗っておいて。
これを誰それに渡して。
そんな指示にはいはいとひたすら従順に、真面目にこなしていると日が暮れる。
一人で部屋でべったり座ってとにかく資料や報告書とにらめっこすることが多かった日々から、くるくると走り回ってはいろいろな人と関わるお仕事に変わって、毎日夜には身も心も疲れ果てて眠る生活がなんだか新鮮だった。
久しぶりだわこの感覚。
これ、今世に生まれ変わる前の貧乏暇無しの時の生活だよ…!
ちょっと懐かしい。
まあ最初は慣れなくて怒られて落ち込んだりもしたけれど。
それでもだんだん仕事にも慣れて怒られる回数が減ってくると、私はそれなりに仕事が楽しくなってきたのだった。
一応は豪商の娘として、他のいわゆる良家の娘たちがつくらしい配膳とか妃嬪のお使いなどのお仕事をしていたのだけれど、そのうちこんな私でも何もしていないのに、
「ちょっと綺麗だからって生意気な。庶民のくせに。成金なんて下品だわ」
なんて陰口をたたく人が出てきて面倒になってきたので、とってもダサい丸眼鏡を調達して髪もひっつめるようにしたらあまり言われなくなった。
やれやれと思っていたら、今度はそんなダサい私をストレスのはけ口にする人が出てきたのは何処の世でも一緒らしく。
元々私が庶民の娘のために、きっと虐めても安全だと思うのだろう。
でも家柄の良いお嬢さんたちの意地悪くらいでは、元は貧乏出身、今世はいろいろな場所で様々な人を見てきたおかげで、たいして辛くはないのだった。
だから何でも仕事だと言われたことを何にも考えずにはいはいと働いていたら、いつのまにか洗濯場が私の職場になっていた。
他の仕事に比べたらきつくて下に見られる仕事だけれど、いちいち同僚に食事のおかずやおやつを取り上げられたり陰口をたたかれたり嫌みを言われたりするよりは随分と居心地も良かったので、私に不満はない。
もともと前の人生では貧乏だから自分で家事をしていたし、病気になった母の世話もしていた。それに洗濯場の同僚はみんな庶民の出で仕事を求めて応募してきた娘たちばかりなので、同じ立場として気さくな付き合いが出来た。
毎日粛々と洗濯をして絞って干して。その合間にはみんなでおしゃべり。
幸い手荒れとは無縁な体質だから、なかなか楽しいお仕事生活。
そうなるとすっかり下っ端使用人扱いで夜も雑魚寝だし食事の質もちょっと下がったけれど、まあもともと美食家というわけでもないしね。
どうしてもお腹がすいたらちょっと厨房に行って、いらない野菜の端っこなんかをもらってしのいだ。
別に後宮でたまに出るデザートが食べたいかと言われれば、それほどでも。
なにしろ今世は美味しいものが食べ放題だったので、そんな美味しいものを散々食べてきた私は今更それほど甘味や珍味を食べたいとも思わない。この仕事をやめたらもっと美味しいものを好きなだけ食べに行けばいいのだし。
お腹がある程度満たせればなんでもいいや。
そう思って人参や大根の端っこなんかをポリポリしながら洗濯をする日々。
さすが後宮、野菜も良い野菜を使っている。十分美味しいです。
それに箱入り娘のお嬢さんたちはさすがにこんな所まで来てまでいびったりはしないので、私は楽しく下っ端仕事をこなすのだ。
もしもばったり会ってしまったら、彼女たちの意地悪や嘲笑にはちょっと悲しそうな顔をして、黙々と受け流す。どうしても嫌になったら辞めればいいと思えば、案外じゃあまだいいかと思えるものだ。
なにしろ今、後宮を出て奴と遭遇するよりは、たまにちくちくと意地悪される方がまだマシなのだから。
「あんな眼鏡なんてかけちゃって、恥ずかしくないのかしら。あの人もう一生洗濯係でいいわよね。もしくは芋の皮むきでもさせとけばいいのよ。さすが庶民、抵抗ないみたいだし? 出世も絶望的、その上あんな不格好じゃあ皇帝のお手つきにもなれなくて、やだ、悲しいわねえ」
そう言ってクスクス笑われているくらいが平和というものだろう。
でもみんなそんなに出世したいのか?
ああお給料が良くなるのか。しかも女官の中でも威張れるようになるなら普通は出世したいか。
でも私はお金のためにここへ来たわけではないし、威張りたいわけでもない。
別に洗濯だろうが芋の皮むきだろうが、ひっそり静に日々をやり過ごせれば私は心から満足だ。
出世したい人は、どうぞ勝手に頑張って。
そして私のことは放っておいて。
ここでの一番の出世は、妃嬪になることなんだろうけれど。
どんな下級の使用人でも、いったん皇帝がお手つきしたら、即座に妃嬪に昇格である。
でもこの国でも、妃の階級は上から下まで山ほどあるのだ。
一回味見しただけでポイされた女は、下級妃という名の籠の鳥となって、二度と日の目を見ないかもしれないのに自由に後宮からも出て行けなくなる。
その一回で懐妊すればまだいいのかもしれないけれど、そんな低確率なものに人生を賭けようなんて、私には思えない。
気に入った若い娘を気分でつまみ食いするような中年に全てを捧げて、なのにあっさりポイ捨てされる人生なんて、全力で遠慮したい。
くわばらくわばら。
皇帝なんて、大勢の妃嬪を気まぐれにつまみ食いしているのを遠目に眺めるくらいでいいのよ。ええ十分です。
しかし。
驚いたことに今、後宮に妃としている女性は私が想像していたよりもとても少なかった。
このお話を読んでいただき、ありがとうございます。
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さて、ここからお願いなのですが、
このお話の舞台は「中華風ファンタジー」となっており、設定や制度、後宮の仕組みなどは史実に基づいて【おりません】
オリジナルのものが多々ありますので、そういう世界なのだとゆるふわに受け止めていただけたら幸いです。
これからもこのお話を、どうぞよろしくお願いいたします(平伏)