新生活の始まり1
「春麗、謙遜は美徳だが、現実は正しく見つめなければ。春麗は春容そっくりで綺麗な子だよ」
「いやそっくりは欲目がすぎるでしょう。それになぜか色気もないみたいだから……大事なのはそこだよねきっと……」
思わず今までの三回分の人生が頭をよぎって遠い目になった。
そうなのだ。成長した私は母の遺伝のおかげで見かけだけは前世よりも随分綺麗に育ったのに、それでもさっぱりモテないのはどういうことだろう?
寄ってくる男はみんないいお友達止まりで、全く口説かれたことなんてないのはどういうこと?
……きっと中身がいけないんだな。
うん、それはもうしょうがないね。
「春麗……それは君が全く相手に興味のないのが相手にわかってしまうからだよ……」
そう父さまは言うけれど、でも私は父さまみたいに、それでもその人が好きだから好きな人の心を手に入れるために頑張ってしまう、そんな人がいいと思うのは贅沢なのだろうか。
でも、そんな人は現れない。残念ながら全くいない。
今世はやりたいこともだいたい裕福な父のおかげでやり尽くした気もするし。
貧乏暇なしだった前回の人生では出来なかった旅行だって、今世の私は裕福な父さまの元ですでに国中の大半を旅行しつくしていた。
いや旅行ではないのかもしれないけれど、商談と取引に同行して小さい時から国中を渡り歩いてきたから、大抵の大きな都市には行ったことがある。
各地の美味しいものも、山ほど食べた。沢山の場所に行って、沢山のものを見て、そして沢山の人にも会った。
ならばそろそろ居場所を固定するのもいいではないか。
この前遭遇した奴のあの様子では、今度はその皇族という地位と権力を振りかざしてまた私と関わろうとするかもしれない。
さすがに私たちのような平民では、いくら金持ちでも皇族には逆らえないのだから、今度見つかったら、そして捕まってしまったら、もう私に抵抗する術はないだろう。
奴がなんで今更私を追ってきたのかは知らないが、あの様子ではもしも捕まってしまったら、思い出話をしたあとに、それではさようなら、とはいかない気がする。
下手をしたら一生奴の幸せな人生に関わり続け、私はひきつった笑顔を浮かべて泣くことも出来ずに生きることになるかもしれないのだ。
なにしろ奴とは腐れ縁。
離れようとしても離れられなかった前世。
今また人生が交差してしまったのだから、あの因縁が復活してもおかしくない。
だけれど。
そう、後宮の中ならば、たとえ奴が皇族といえども絶対に入っては来られない。
ということは、おそらくは、奴と会う心配をせず心穏やかに暮らせる唯一の私の救いの場所なのだ……!
たとえ父さまを泣かせてしまっても。
たとえまだ小さな弟を号泣させてしまっても。
ああ優駿、旅立つ姉さまを許してね……!
前世ではいなかった私のかわいい弟は、私が出発するその日、両目を腫らして号泣していた。
まだ思春期前の、母さまそっくりな弟。
私は前回の人生で母さまが病気で早くに死んでしまうことを知っていたから、出来るだけのことをしたつもりだったけれど、それでも結局母は同じ病気になって逝ってしまった。
だけれど前回の人生と違ったのは、父さまが母さまを救うためには国をも買いそうな勢いだったことだ。
もともと今世の母さまは裕福で穏やかな生活による恩恵か死の病になるのも遅かったし、いざ病気で倒れた後も父さまの、つまりは大商人王嵐黎の財力にものを言わせた必死の手当と看病のおかげで、結果的には私の記憶にある前回の人生のときよりも何年も長生きすることが出来たのだった。
そしてその長生きした期間に、母さまは弟を産んだ。
この世界での、私の初めての姉弟。その年の離れた弟はそれはそれは可愛らしくて私も可愛がっていたから、弟も私のことをとても慕ってくれていた。
この今世の私の弟は、中身は父さまにそっくりだ。
でも顔は美しかった母さまに似て幼い頃から大層美しく、そんな両親のいいとこ取りをした弟は、きっとあと十年もしたら恐ろしいほどモテるだろう。
ふっ……と、思わず遠目になってしまった。
私にも母さまの血が入っているはずなのに、なにしろベースが前世の顔だから、少々母さまに似て向上しているとはいうものの、私にとっては相変わらずの嫌というほど見慣れた自分の顔だった。
それに比べて弟は、母さまそのままの綺麗な顔をしやがって。なのにこんな姉を慕って無垢な瞳を向けてきてもう眩しいったら。
なんて可愛いんだ。
成長しておかしな虫がつく前に、ちゃんと帰って私が虫除けしなければ。
そう思うと、私も早く過去を吹っ切って帰ろうと思える。
そう、いつまでも前世を引きずってくよくよしている訳にはいかないのだ。
まあ、なかなか吹っ切れないから後宮へ行くんですけれどね……。
でもきっと、後宮で忙しくしているうちに、奴のことなんてどうでも良くなるに違いない。なるといいな。
そんな事を思いながら、無事私は後宮に就職したのだった。
後宮に入った私はとにかく黙々と働いた。
別に他の人と競いたいわけではないのだし、出世したいわけでもなく、ただ忙しくしていたかっただけだから仕事は何でも良かった。