名案が浮かぶ
なにやら皇宮では後宮の妃嬪を増やすことになったらしく、大々的に女官を募集しているらしい。
今の皇帝の名前は何だったか……白、龍……? んん? 誰だっけ?
普段はただ「皇帝」としか表現されない天上の人な上に、私も幼い頃から旅ばかりしていてあんまり興味もないせいでよく知らないが、たしかぼんやりとした前の人生の記憶では、後宮に大量の美姫を侍らせていた中年のおじさんだったような。
ということは、きっとまたその皇帝が妃嬪を増やそうとでも考えたのだろう。主が増えれば使用人も必要になる。
前の人生の今頃は、私はただの身寄りのない貧乏な女だったので、もちろんそんな身元の保証が必須の仕事なんてものには縁がなかったから考えたこともなかった。
だけれど。
……そうだよ。
私はうっかり、嫌なことを思い出した。
私は前の人生のある日、皇帝が催す宴の仕事の下っ端手伝いにかり出されたのだ。
私はもうその時には王嵐黎の部下になっていて、そして人手が足りないからと裏方の仕事の助っ人に行ったのだ。
それは当時の王嵐黎が、貴族や皇族との顔つなぎのために引き受けた仕事だった。
皇宮なんて初めて足を踏み入れたから、私はその見たこともない華やかな世界に興味津々で、仕事をしながらキョロキョロ周りを観察していた。
そしてそこで見たのは威厳漂う皇帝を囲む、それはそれは華やかな皇族の方々、そしてさらにそれを囲む貴族の人々。
皇帝にだけ許された黄の衣を中心にして、皇族だけが身につけられる紫、そしてそれを囲むその他の色の貴族たち。
今も昔も好奇心が身を滅ぼすこともあるのだということはうっかりと忘れて、私はそんな華やかな人々を離れたところから眺めていた。
そしてそこに見つけてしまったのは、奴の顔。
懐かしくも憎たらしい、あの腐れ縁の顔だった。
私はその顔を見た瞬間、息が止まった。
まさか、同じ世界、同じ時代に一緒に生まれ変わっていたなんて。
けれどもそう、彼は皇族を示す優雅な紫の衣に身を包み、そしてその衣と同じ意匠で作られた、ということは明らかに妻と思わしき美しい女性と一緒に、幸せそうな顔で談笑していたのだった。
随分綺麗な顔になってはいたけれど、それでもあれは確かに、奴だった。
だけれど奴は、隣にいる妻とそれはそれは幸せそうにしていた。
私はあまりのショックでその日は口がきけなかった。
口を開いたら、思いつく限りの罵詈雑言や恨みつらみしか出てこないような気しかしなかった。
あの後は、どうやって仕事を終わらせたか、そしてどうやって家に帰ったのかも覚えていない。
奴がいた。同じ世界で同じ時間を生きていた。
だけれど彼は、私の事なんてすっかり忘れて幸せによろしくやっていた。
忘れられなかったのは、私だけだったのだ……。
前回の人生では、じゃあ私も幸せになってやるなんて思って前向きになったつもりだったけれど、所詮は奴を忘れるためのあがきだったのかもしれないと今は思う。
でも貧乏暇なしの仕事人間で、しかも少々すでに行き遅れ気味だった私は、結局その後も縁がなく、結婚出来ずにまた二十八で死んでしまった。
今世も、なんだかんだ言って結局はこの記憶のある限りは私は奴を忘れられないのだということを痛感しながらここまで来てしまった。
本当にこの記憶、どうにかしてほしい。世の中忘れた方が幸せだということもあるというのに。
どうせ奴はまたこの世界に生まれているのだろうし、そしてまたあの綺麗な人と結婚するのだろう。
そんなことは知らないで、安穏と新しい人生を生きたかった。
新しい恋をして、新しい人と、幸せに暮らしたかった。
なのにその全ての希望をいつもあの記憶がぶち壊してしまって、私は今も無力だった。
成就しなかった昔の私の恋がいつまでもしつこく私の中に居座っていて、全くそこからどこうとしない。
きっと奴はまたあの女の人と結婚する。そして新たな幸せな人生を歩み、私だけが過去を引きずってきっとずうっと一人のまま。
そしてこのままぼうっとしていたら、奴のその幸せそうな姿をまた私は見ることになるのだろう。
なにしろ奴とは腐れ縁。切っても切れない、鋼の縁。
その証拠に、なんと生まれ変わった先まで一緒なのだから。
たとえ天と地ほどの身分差があっても、それでも奴を見つけてしまうくらいには近づいてしまうのだから。
あああああ、もうあんな幸せそうな奴の姿なんて、二度と、一生見たくない。
あんな悲しい思いなんて、あんな絶望的な光景なんて、もう二度と遭遇しないで今度の人生は穏やかに終えたい。
絶対に、うっかりでも、偶然にでも奴の顔なんて見たくないのだ。
そこで私は考えた。
これ、後宮に入ってしまえば、奴と会わなくてすむのでは?
後宮とは、それは皇帝の奥さんたちの女だけの園。
皇帝以外の男は入れない禁断の場所。
そう、たとえ奴が皇族だとしても、皇帝の後宮には絶対に入れないのだ。
考えてみたら後宮こそが、たとえ高貴な紫の衣でも入ることの出来ない、この国唯一の場所なのでは?