後援
「ま、御璽はいざとなったら新しいのを作ろうかと思ってる」
「は?」
「え? なんだその顔。新しい御璽だよ。だって俺、皇帝だし。今までの御璽を廃して新しく作るのもいいかなーと最近は思い始めている」
「は? 出来るのそんなこと」
「もちろん出来るだろ。どうせ御璽を紛失したら作るしかないんだしな。お前を皇后にするためだと言えばあの楊太師だって即賛成するだろ。そうしたら他の官吏ももう反対はできない。なら、あとは俺が新しい御璽を作れって命令するだけだ。はっはっは勝ったな!」
そう言って朗らかに笑っている白龍の明るい顔が、その言っている内容の重大さに合っていなくて私は軽く目眩がした。
いいのかこんな人が皇帝で。
すごいな皇帝という権力。
そうか、御璽って作れるんだ……。
そして白龍の話にも出たように、今では楊太師が今までの皇帝に対する反抗的なあれこれをすっかり返上し、官吏たちが楊太師のあまりの変貌ぶりにいささか動揺しているという話を私も伝え聞いていた。
実は最近の楊太師は、自分の孫が二人もいたことにそれはそれは喜んで、妻である楊夫人と一緒にその後何度も私に会いにきてくれるようになっていた。
本当の関係はまだ正式に発表してはいないのだけれど、血縁関係があったということを楊太師が認め、正式に私の後援を宣言してくれたのだ。
家族や後援者ならば、厳しいとはいえ妃嬪と面会する方法があるのがこの国の後宮のいいところ。
楊夫人と初めて会ったとき、彼女もよく生きていてくれたと言って涙を流して喜んでくれた。
そしてその後も会うたびに、二人は私や優駿や母さまの話をして欲しいと願い、その時その時に私が思い出すなんていうことはない思い出話を、ずうっと聞いてくれるのだった。いつまでもいつまでも。
彼らは皇帝には頑固じじいたちだったかもしれないが、身内には甘い、普通のお祖父さんとお祖母さんだった。
今では時々優駿にも会いに行っているらしい。
突然孫が出来たおかげか、むしろ今までよりも生き生きしてきてしまったと白龍がちょっと笑いながら言っていた。
そして今までの、何かと皇帝の方針に反対していたような場面でも穏やかな態度になり、特に立后問題については完全に沈黙するようになった、つまりは皇帝の意志を黙認するようになったとのことで。
うーん、でも楊太師は今までは周貴妃の味方というか、まず周貴妃を尊重するべしという態度だったと聞いているので、そちらはどうなったのかと思ったら。
楊太師の筋の通し方が「皇族の血が入った高貴な皇后を迎えるべき」というものだったがために、周貴妃とは別に、もう一人先代の皇女が現れたことでそちらでも良い、という形になったようだ。
しかもそれが実の孫娘だったと判明した喜びのあまり、今まで公には一切誰の後援もしてこなかった彼がいきなり私の後援を宣言したというのだから周りの動揺たるや。
そういえばこの前、
「春麗、もう何も心配することはないよ。あとはこのじじが全て整えてあげようね」
なんて言っていたので、私はよくもわからずにお礼を言ったのだけれど、まさかそんなことに繋がろうとはあの時は全然ピンときてはいなかったな。
単に父さまが援助してくれている今の妃嬪としての生活の一部を一緒に一部担ってくれるのかな、皇族の人がいろいろアドバイスをくれたら、きっと晴れの舞台でも恥をかいたりしないわねよかったーくらいに思っていたのに、まさか正式な「後援」とは……。
太師という官吏最高位の人が正式に後援するとなると、それは一躍皇后候補に躍り出たということを意味するわけで。
そして同時に呉徳妃のお父上である官吏ナンバーツーの呉太保との権力争いの道具になったということでもあった。
それ、今まで周貴妃が暗に担っていた役割じゃあないか……。
せっかく漁夫の利的な立ち位置で呉徳妃と仲良くしてもらっていたのに、なんだか気まずい……。
なんて脳天気に自分の友情の心配をしているうちに、事態は急展開を見せたのだった。
突然、周貴妃が倒れた。
「周貴妃、危篤」
そんな報が飛び込んできたのは、楊太師が暗に「皇后には皇女が相応しい」という頑なな態度を翻し、公の場で「皇帝陛下のお心の安寧が一番大事でございます」と明言した、その日の夜。白龍が私と夕食をとろうと卓についたその時だった。
周貴妃が病弱だという話は聞いていない。
でも、そういえば、白龍と私が再会した夜も倒れた事を思い出す。
周貴妃の状態を知らせに来た宦官は、貴妃宮付きの宦官のようだ。
ああ、だからか……と私は納得した。
あの白龍と再会した夜も、だから宦官が妙に強気だったのだと。
あれは、貴妃さま付き、つまりは最高位の妻と周皇太后という権力者の後ろ盾があったから皇帝に向かって「お急ぎください」と言えたのだ。
しかし前回は「倒れた」という知らせだったが、今回は「危篤」である。
さすがに白龍もあの時のように「放っておけ」とは言わなかった。
むしろ即座に反応した。