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母さまの好みは

 

 まさか自分の妻が、そんな高貴な出自かつ位にいた人だとは思ってもみなかったのだろう。


 父さまの様子を見て、母さまは本当に全く過去を父さまに語らなかったのだと悟った。

 きっと母さまは、父さまと結婚するときに全ての過去を捨てたのだろう。

 そして父さまは母さまの過去がどんなものであっても受け入れる覚悟だったのだ。

 

 愛である。

 これこそが愛。

 父さま、なんてかっこいい……。


 でもそんな母さまは、後宮にいたときはその美貌で先代皇帝に寵愛されていたらしい。さすがである。たしかにとても綺麗でモテる人だった。知ってる。


 しかし、ある日スキャンダルが発生する。

 なんとその楊賢妃が、自分の宮に情夫を呼び込もうとしたという事件。

 もちろんそんなことをしたら即刻死罪である。

 

 その時は未遂ではあったが、なんと捕まった情夫が楊賢妃に呼ばれたと白状し、しかも楊賢妃からの誘いの手紙をも所持していたことで大問題になった。

 

 もちろん楊賢妃は何も知らないと否定した。だけれど誰も被疑者となった若い娘の言うことを信じる人はいなかった。


 大騒ぎの中で手紙の筆跡が鑑定され、そして手紙は楊賢妃のものと断じられる。

 そして楊賢妃の数人の女官が突然、実はいつも男を内密に手引きしていたと涙ながらに告白を始め、そのためとうとう皇帝から毒を申しつけられた。



 ……って。


 いやそれはないでしょう。

 母さまはそんな人ではない。


 たしかに母さまはとても惚れっぽかったしその惚れる男の趣味も悪かったけれど、それでもどんなに惚れ込んでもただ貢ぐだけで、一線は越えない人だった。


 そんな自分の宮にわざわざ男を呼び込む、しかも警備の厳しい後宮に自分の命の危険を冒してまでなんて、絶対にする人ではない。


 思わずその場で私は白龍と楊太師にそう力説してしまった。

 

 だって、あまりにも不名誉すぎる。まだ二十一歳だったという母。

 いきなりそんな罪を疑われて、どれだけ驚いたことだろう。


「ちなみにその情夫という男は、どんな男でしたか。見かけはわかりますか?」


 私は楊太師に聞いてみた。すると。


「一度だけ処刑前に見たことがある。たしか気の弱そうな、痩せこけて姿勢の悪い貧相な男だった」


「じゃあ絶対にないです。母の好きになるタイプの真逆です。もし寄ってきても逃げるレベルですよ」


 はっきりと、自信を持って断定した私だった。

 父さまが、私の隣でうんうんと力強く頷いている。


 するとずっと聞き役になっていた白龍が、


「ふん、やはりか。見事な死人に口なしだな。さて誰が仕組んだか……」


 と、ぽつりと言った。




 楊太師という人は当時、娘の出世と寵愛に伴って官吏として出世し、そして娘の失脚によって一緒に失脚した。

 父親である楊太師が謹慎の後、また官吏として復帰できたのは単に事件が未遂だったから、そしてとりなしがあったからだった。


 その時今の周貴妃の母、周皇太后は、楊賢妃が亡くなったことを悲しんで一緒に泣いてくれたという。そして皇帝に直々に楊太師復帰の嘆願をしてくれたらしい。


 周皇太后にそれが出来たのは、寵妃だった楊賢妃をなくした皇帝が、その次に寵愛したのが周皇太后だったからだ。彼女は楊太師の姪、妹の娘で母さまの従姉妹でもある。

 やはり皇族の血を引く遠縁の娘ということで後宮入りしていた。


 周皇太后は、実家の周家だけでは後ろ盾として弱いと思ったのか、その後も伯父である楊太師の昇進を熱心に皇帝にとりなした。

 

 もちろん楊太師はそのことに多大な恩を感じ、それからは周皇太后を表だって後援はしないまでも、常に周皇太后や周貴妃の立場が悪くならないように配慮するようになる。

 そして先代から皇帝位を継いだ白龍とも、そのためにたびたび対立することになっていたようだ。

 

 突然一人娘を奪われ、その喪失感を姪を可愛がることで埋めようとしたのかもしれない。

 それとも再度手にした権力の座を再び追われないようにするためか。


 とにかく楊太師は娘の代わりに姪の周皇太后を、そして今ではそのまた娘の周貴妃を陰ながら強力に守ってきたのだ。


 だから、今頃になっての突然の孫娘の登場には疑問も湧いたはずである。


 だけれど母さまの息子である優駿があまりにも母さまに生き写しだったために、そして父さまや私の記憶にある母さまや母さまの暮らしていた家の様子、そして場所などが完全に楊太師の記憶と一致したがために、楊太師も嘘だとはとても言えないようだった。


 信じたい。でも確信が持てない。そんな葛藤が顔に表れていた。


 そんなとき、白龍がバクちゃんを呼べと私に暗に伝えてきたので、私は初めてその場で「バクちゃん」と自分の意志で小声で呼んでみた。


 普段バクちゃんは白龍の執務室には白虎の白の気配がするのか入ってはこない。


 でも私が呼んだらその瞬間にバクちゃんが、

 

「きゅっ? きゅうぅ………?」


 と、なんだか恐る恐るという感じではあったけれど、それでも白龍の執務室のドアをすり抜けて入って来たのだった。


 バクちゃん……! 私が呼んだら怖くても頑張って来るなんて、なんてかわいいの……!


 そして。


「来てくれた」という事実にメロメロになった私と、

「ばくちゃんとは……?」となっている父さまと優駿、

「もうすっかりそれで名前が認識されてるじゃねーか」と小声で呆れたように言った白龍、

 そして恐る恐るという感じで登場した神獣の獏が、私の足下に来たとたんに嬉しそうに擦り寄ったのを驚きの目で見る楊太師、という構図がそこに出来上がったのだった。



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