やたら具体的な夢
「前の人生の時は先代皇帝がもっと長生きしたんだよな。なぜかはわからない。どちらも同じ病気のように見えたが、前回は死ぬほどではなかった」
「同じ病気ではあったの? 前回の時は先代皇帝が崩御した後は、誰が皇帝になるはずだったのよ」
「俺だ。前回も俺に白が憑いていたからな。だが、即位する前に馬車の事故で死んでしまった」
「は? ……まさか……あの」
「俺が二十八の時に」
それは同時だった。
同時に言って、そして同時に固まる。
「え……?」
私たち、また一緒に死んでない……?
「……あの最初のトラックの時と全く同じ年の同じ日だったから後から驚いたんだが、その日は甲陽市で俺が乗っている馬車が突然暴走して、どうやらそのまま壁かなんかに激突したらしい」
「……私、もしかしてその馬車に轢かれて死んでるかも」
「はあ?」
「だって同じ日に同じ場所で複数の馬車が暴走するとはあまり思えないでしょう。甲陽でしょ?」
「嘘だろう!?」
「私たち、多分、また一緒に死んだのね」
私たちはそのまま無言でお互いの顔を見合わせたのだった。
「もしかしたら、これ不味いんじゃないか?」
白龍が言う。
「奇遇ね。ちょうど私も同じ事を思っていたのよ」
私も顔を引きつらせながら言った。
これは、またループする可能性がある?
私たち、またあの年のあの日に一緒に死ぬかも?
「待て待て待て。それはいい加減にやめよう。断ち切らないと」
「でも、ループしないための条件なんてわからないのにどうするの」
「条件ははっきりとはわからないが、そもそもの理由がなくなれば大丈夫じゃないか?」
「理由って、あなたが悔やみながら死んだこと?」
「それか!? そういうことか!? でもお前は悔やまなかったのか?」
「私はむしろ、今度こそ前の記憶のない新しい人生になれるかなってちょっと期待した」
「……おい」
白龍がじっとりと恨みがましい視線になった。
「だって……あなたが他の女性と結婚していたの知っていたから……」
そんな私を責める理由がある? あなたに。
すると白龍はうっと詰まって、そして。
「前回のあれは俺が完全に間違えた。それをお前が知ってショックだったのなら……申し訳なかった」
そして頭を下げた白龍だった。
まあ、私だと思ってあの笑顔だったのなら、私もいつまでも引きずるべきではないのかもしれない。
誰しも間違うことはあるだろう。
世の中伴侶選びを間違える人なんて山ほどいるらしいのだから。
「あーまあ……はい。過去は水に流そうとは思ってる。努力中」
きっとこれ以上彼を責めても、誰も幸せにはならないだろう。
しかしあの世界が結局ループした。
状況は深刻に思えた。
このままだとまた二十八でまた一緒に死ぬかも知れない。
そしてまた赤ん坊からやり直し?
それは果たしていつまで続くのか?
「とにかく、あんまり悠長に構えていると不味いかもしれないな。だがループした原因が俺の後悔だとしたら話は簡単だ。お前とちゃんと結婚して所帯を持てばいい」
「なるほど! ということはもう私は皇帝の嫁の一人だから、長生き出来るかもしれないのね?」
なんという光明。なら私がここに来た意味もあったわね。生き延びるためならしょうがない。
そんな風に思ったのに。
「は? 何言ってんだ。結婚ていうのはこんなただ一緒に飯食ったりするだけじゃあねえだろうが。ちゃんと夫婦にならないと。お前に指一本触れられないで何が夫婦だ。それに俺はお前との子が欲しい」
「はい?」
「大事なことだから言っとくがな! 俺の前世で死んだときの後悔は、『俺はこいつと結婚して共働きでもあたたかい家庭を作ってかわいい子供が最低二人は欲しかったな』だ!」
「はあ!? なにそのやたら具体的な後悔は!」
「しょうがねえだろ! ずっと考えていたからどんどん具体化されてったんだよ!」
「ずっと!? ずっとって? いったいいつから?」
ずっとただの腐れ縁だったじゃないか。つまりはずっと友達で。前世はそんな色っぽい話なんて全く――
「は? ずっとって言ったらずっとだ。最初に惚れたのがいつだったかなんてもう覚えてない。最初の人生の随分最初の頃だから……」
「え、なにそれ知らない。じゃあなんで三十になったら、なんて条件つけたのよ。私、ずっと待ってたのに!」
「はあ? 待ってた? 嘘だろう!? お前、全然そんなそぶりなかったじゃねーか! いっつもいっつもちょっとでもいい雰囲気になりそうになるとおちゃらけて俺の努力を全て台無しにしやがって! だから条件つけてそれを盾に追い込むしかねえかなって思ったんだろうが!」
「あ、あー……すみません、照れてなんか恥ずかしくなってつい誤魔化してました。はい。でもあんただってやたらモテモテだって私に自慢してはニヤニヤ喜んでいたじゃないの。俺モテるだろ? もー困っちゃうなー今度は誰にしようかなーみたいな態度ばっかりで」
「あれはそうしたらお前がちょっとは焦って俺を意識するかと…………」
そうして私たちは見つめ合った後、同時にがっくりと肩を落としたのだった。
なんだ。
私たち、どっちも好きだったんじゃないの……。
何やってんの私たち。
遠回りにもほどがある。
人生三回目にしてやっと、私たちは相手の気持ちをはっきり言葉で知ったのだった。
まさか、こいつが私のことを前世からずっと好きだったなんて……。
「……最初っからちゃんと言っていれば、私たちは死ななかったのかな」