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花園の花たち

 

「……まあそんなことは。私は周貴妃さまはとても魅力的なお方だと思っておりますわ」


 私に一体、どう返せと言うのだろうか。


「それでも主上のお心は、誰にも手に入れられないのです。王淑妃さまが一体どんな技をもって主上の寵を得ているのかはわたくしには全く想像できませんけれど、お心まで手に入れたと勘違いされてはいけませんわ」


 えーと、それはもしや、私が体で皇帝を籠絡していると言っているのだろうか?

 それだけは死守しているのだが。


「覚えておきますわ」


 でももしかしたら、この周貴妃の言うことはある意味正しいのかもしれないとも思った。

 一体奴は、この周貴妃を大切にしながらどうして私の所に来るのだろうか。

 それは、誰のことも愛してはいないということなのではないのか。


「昔からあの方の心の目は、誰も見ていないのです。つかの間親密になれた気がしても、いつも最後は一人に戻られてしまう。あの方に永遠を期待しても虚しいだけ。だから皇后と違って妃嬪は簡単に降格されてしまうものなのですから、もう来年ここには誰もいないのかもしれないのですわ」


 うーん、それは、来年はあなたはいないかもね、とでも言っている……のだろうな。

 そうだね、その通りですね。

 別に異論はない。


 むしろ意外だったのは、周貴妃さま自身さえもが来年はいないかもしれないという含みがあったことだ。


 まさか周貴妃さまもがそんな不安を感じているなんて。


「では今年の花が特に美しいのは、とても幸運だったと思うことにします」


 あいつは、なんて酷い男なんだろう。

 この人にまでそんな不安を感じさせるなんて。


 周貴妃はもうその後は口を開かなかった。


 だけれどなんだか、いかにも私はあなたの知らない白龍のことを知っている、という周貴妃のそぶりが私の心にチクリと痛みを感じさせて。


 なんだよ、古女房かよ……。


 官吏たちの興味津々な視線に晒されながら見る余興はとても素晴らしいのだろうけれど、その日は全然楽しめなかった。

 私という防波堤が出来て、隣の呉徳妃が楽しんでいたようだったのが唯一の幸いだったのだと思おう。


 しかし行事というのは続くもので。

 皇宮での春の宴が終わったら、今度は後宮の妃嬪たちの春のご挨拶という苦行がやってくるのだった。


 この前の冬のご挨拶の時は私は唯一の九嬪、つまりは四夫人以外の上級妃として四夫人に代表でご挨拶をしたのに、今度は挨拶される側になってしまった。


 今回は春の宴の時よりは着飾り度合いも落ち着いてはいるが、それでも翠蘭にそこそこ着飾らされての登場である。

 そしてまた真ん中である。


「周貴妃さま、王淑妃さま、呉徳妃様、謹んで春のご挨拶を申し上げます」


 そう言って今回深々と礼をしたのは、下級妃の筆頭、楊才人である。

 この楊才人、それはそれは美しい女性で、しかも若かった。

 そして上昇志向も強い人だとも思う。


 挨拶を奏上するときも、完璧に作られた微笑みで上から下までさりげなく私たちを観察してから礼をしていた。

 いつかは私もあそこに行く。

 そんな決意が全身からにじみ出ているようだ。


 だけど周貴妃にはおそらく、全く相手にはされていない。

 周貴妃はいつも落ち着いていて、優雅で、そして自信たっぷりに見える。

 今回もいつもと変わらず落ち着いた様子で、その挨拶に完璧に応えるのだった。


「またこの後宮にも春が巡ってまいりました。私たちはこの後宮であたたかな春を迎えられたことを主上に感謝申し上げ――」


 周貴妃が四夫人代表で応えている間、私は目の前の約百人いる妃嬪たちを眺める。

 今まではこの人たちは全員後ろにいたから、こんなにしみじみと眺めたことはなかった。

 でも今は対面しているから、初めてよく見ることが出来た。


 みんな綺麗で若い娘たちだ。与えられる金子に、それぞれの実家やそのほかの後援者たちが費用を足して、みんな精一杯着飾っているように見えた。


 そう、ここにいる妃嬪には、それぞれ後援者がついている場合もあるのだ。


 この人が皇帝の寵を受けそうだ、と思った妃嬪に名乗り出て、援助をする貴族や高官たちがいる。

 もしもその狙いが当たってその妃嬪が寵愛された暁には、その妃嬪に自分のことを皇帝に売り込んでもらうのだ。

 妃嬪の方も、援助のおかげで皇帝の目を引ければ寵を得て出世できるかもしれない。


 そんなお互いの利のために、取引をする人も多いらしい。

 普通は妃嬪たちは後宮から出ないのだけれど、正月やその他とても大きな宴があるときは年に一回か二回、その宴に参加する。もちろん言葉も交わせないしただ遠くから姿を見るだけではあるのだが、その時に後援者が見初めるのだという。


 なんというか、みんな出世するために必死なのよ。

 逃げ出したいのは私だけ。


 ここにいると自分が愛人になったような気がするのは多分、私の前世の価値観のせいで、大半の人たちは後宮とはそういうところなのだと割り切っているのだろう。


 だけれど私にとっては、どんなに奴が毎日私のところに来ようとも、どんなにお前だけだと言おうとも、ここにいる大勢の女たちが全て、奴一人のものだという事実は変わらない。


 所詮私はこの大勢の中の一人。外から見たら、その中の地位なんて五十歩百歩でそう変わらないだろう。飽きられたら終わりの不安定な立場。


 いつか世間の下馬評通りに周貴妃が立后したら、私が四夫人最上地位の妃嬪代表として、この行事で周皇后に一生頭を垂れて挨拶をすることになる。一生?

 でもそこから逃れるられるとしたら、私が失脚するか、新たな寵妃が貴妃に座った時しかないのだ。




「春麗、お前春の宴で桜花と何話していたんだ?」


 宴の後は表でいろいろあったらしく、久しぶりに来た白龍は疲れた顔でやってきて、言った。

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