春の宴
今は四夫人は三人だけなので、序列の通りに貴妃、淑妃、徳妃と並ぶだろう。
たとえもう一人いたとしても賢妃は四番目だから、私が周貴妃の隣から離れられることはない。
つまり私が逃げられる道はない。
そして後宮から逃げるのにも失敗してしまったら、とりあえずその場はやり過ごさなければならなかった。
こういうときは金持ちの父さまがいるおかげで、費用度外視で翠蘭に着飾らされてしまう。
もちろん最低限の費用は経費として後宮から出るのだが、もちろん四夫人となると、そんな費用だけで賄えるような格好もしないものらしい。
つまりは、やはり上級妃ともなると太い実家か後援者は必須なのだろう。
有能な翠蘭の手腕でそれはもう美しく飾り立てられる私。こういうときには母さま譲りの容姿が化粧映えしてそれはもう。
まさに今をときめく寵妃さまの出来上がりだ。ああなんてこと……。
そうして精一杯虚勢を張って、しぶしぶ私は宴の席についたのだった。
隣は周貴妃と呉徳妃。
周貴妃は立場上私より上なので、私は常に譲り、会ったときは目礼する。
ほんのちょっと前の冬の季節のご挨拶の時は、九嬪最上位の私ががっつり跪いてご挨拶したばかりなのに。
今回は同じ四夫人ということで、目礼をするのだそうだ。
私がこんなに偉くなってしまって、周貴妃が怒っていないといいのだけれど。
正妻の恨みは怖いから……。
などとすっかり卑屈になってびくびくしてしまった私だった。
ええだって、庶民は身分に弱いのです。この国に生まれたからには、身分の壁は逆立ちしても越えられないことを骨身に染みて育つのだ。たとえどんなに金を持っていたとしても、身分の前には無力なのである。
周貴妃は今日も、身にまとう優雅な衣装や装飾品の全てに、細かく先代皇帝を示す印が入っていた。
もちろん特注。もし資格のない人が身につけたら、あっという間に首が飛ぶやつ。
だからつまりは、彼女は全身でこう言っているのだ。
「私は皇女なのだ」と。
私は皇女であり、貴妃である。
そんな紋、いや印の横に座る印なんてどこにもないただ着飾った庶民の私。嗚呼。
そして中央正面には奴、いや白龍が、やはり皇帝の豪華な黄の衣で一段高い場所に据えた威厳のある椅子に一人でどっかりと座っていた。
私たちはその横から皇帝を眺める形である。
今は皇后がまだ決まっていないので、椅子は皇帝のものただ一つだけ。
いつか皇后が立后したら、あの横に皇后が座り、そして妃嬪である四夫人は横からそんな二人を眺めるのか。
正直、そんなの見たくない。
今のところ一番皇后に近いのは、もちろん周貴妃である。
私はたいした後ろ盾もない、ただの庶民出身の寵妃。
さすがにそんな私を皇宮のお偉方が皇后と認めるのは無理のある話なのだから。
だいたい私を四夫人に据えるのだって、白龍の権力と熱意をもってしても一年かかったのだ。
なのに皇后なんて、もう別格なのである。
ということは、このまま呑気に日々を過ごしていたら、いつかはあそこで周貴妃と仲良く並ぶ白龍を、私はここから宴のたびに眺めることになる。
なんて辛い……。
壇上から、白龍がこっちを見て嬉しそうににっこりした。
するとやっぱりその目線を追ってこっちを見る官吏たちが何人もいる。
たくさんの料理や酒を楽しみつつ、要は花見を楽しむ大勢の人々。
次々と舞踏や曲芸が披露されて、一応は特等席でもあるここからはよく見えた。
だけれど全く楽しめる気がしないのはなぜだろうね。
白龍も普通に楽しんでいるそぶりではあるが、あれはそれほど楽しんではいないのだろう。
本当に楽しいときは馬鹿笑いする奴だから。
今は涼しい顔と微笑みのまま、たまにこちらをちらっと見る。
目が合うときもあれば合わないときも。
ふと、また白龍が私を見たのかな、と思った時、今まで全く口を開かなかった隣に座る周貴妃が突然、前を向いたまま私に言った。
「王淑妃さま、宴は楽しんでいらっしゃいますか? 今年の桜は特に素晴らしいですね」
それは、私は毎年この宴に出ているのよ、とでも言っているのだろうか。
ん? 喧嘩か? もしや私に喧嘩を売ってる?
でも別に、私はこの人と戦う気も、そして勝てる気もしないから、普通に返すだけなのだけれど。
その喧嘩は買わないぞ。
「まあそうなのですね。私はこのような宴には出たことがありませんでしたから、今年がどうかはわかりませんが本当にとても素晴らしいと思います」
ええもちろん白旗です。
なにしろすでに皇女として育った彼女の醸し出す高貴なオーラが、さっきから私を限りなく圧倒しているのだから。
そんなものを常時出す人と勝負なんてしませんとも。さっきから周貴妃のいる方の肩が凝ってしかたがないというのに。
私は商人の娘らしく、そして商人らしく、勝てない勝負には出ないのだ。
逃げるが勝ち。命あっての物種。
「私の桜花という名前は、父帝が私の母を見初めたのがこの宴だったからつけたのだそうですわ。ですからこの桜の花というのは、わたくしにとって、とても大切なお花なのです」
だから喧嘩は買わないってば。
「まあ、そうなのですね。素敵なお名前ですわね」
「桜の花のように美しく、誰をも魅了するようにとつけたのだそうですわ。でも、残念ながらまだ主上を魅了することは出来ないみたい」