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周貴妃

「少数の反対はあったようですが主上が王淑妃さまの功績を讃えて淑妃への昇格を強く推されたとのことで、比較的すんなりと承認されたそうでございます。おめでとうございます。なんと素晴らしいことでしょう」


 翠蘭が嬉しそうに報告する言葉が、私の耳を意味をなさないままに通り過ぎていった。

 一介の商人の娘、いや本当はただの貧乏な家の娘なのに、いいのかこんなに偉くなってしまって……。


 しかもこれではますます出て行くのが難しくなった気がするぞ。


 私は豪華な衣装を着せられて、そばにあった豪華な肘掛けに力なく寄りかかったまま、唖然と魂を飛ばしていた。


 怖いわー権力って。

 あいつの意向だけでこんなことになるなんて。


「きゅっ?」


 バクちゃんが、茫然と座り込んでいる私の周りを相変わらずふんふんと嗅ぎ回りつつうろついていた。

 思えばこのバクちゃんが、私に付き纏い始めたのがそもそもの始まりだった気がする。

 前も今も、唯一の私の癒やしのバクちゃん。

 

 いい加減ちゃんとした名前をつけてやれとは白龍にも言われたのだけれど、いい名前も思い浮かばず、なんとなくバクちゃんと呼び続けて定着してしまった感のある今日この頃。

 犬をワンちゃんと呼んでいたら、名前がワンちゃんになっちゃったみたいな……。


 この一年でバクちゃんは大きくなることはなかったけれど、私にはなぜかどんどん実体化して見えるようになってきていた。

 この前ちょっと触れるかな? なんて手を伸ばしたら、いつものようにバクちゃんは自分で私の手に頭をすりつけて自ら撫でられていたのだけれど、なんとその時、なんとなく触感があってびっくりした。


 本当に実体化してきているのかもしれない。


 私にはどんどん本当に小さな小さな獏が周りをウロウロしているように見えてきているのに、周りの人には全く見えないらしいのが不思議なのだった。


 あ、白龍は見えているみたいだけれど。

 最初は白龍がいるときには姿を見せなかったバクちゃんも最近は慣れたのか、たまに顔を見せるようになった。


「きゅっ?」


 となぜだか腰がひけつつふんふんとしつこく白龍を嗅ぎ回っていたということは、バクちゃんは白龍のことは認識しているようだ。ただ、


「お前、今度俺の夢を食べに来いよ」


 白龍がそう気軽に声をかけても、バクちゃんはじとっと見返してからぷいとそっぽを向いていたので、もしかしたら白龍は悪夢を見ないのかもしれない。


 脳天気なやつだ。私はこの一年、ずっと悩んでいたというのに。



 周貴妃は、昔に遠くから見たとおりの、やはりとても美しい人だった。美しく、大人しく、上品な人。

 

 後宮では、今はまだ皇后がいないので、九嬪以下の妃嬪たちが皇后の代わりに今の後宮の頂点である四夫人の方々に季節のご挨拶をするという行事がある。


 あろうことか私は四夫人のすぐ下、九嬪の最上位という立場だったせいで、他の妃たちの代表として周貴妃と呉徳妃に対し跪いて深々と頭を下げ、日頃の感謝を述べるという役割を春夏秋冬勤め上げた。

 

 そこで初めて周貴妃を間近に見た時、私はああやっぱりこの人だったと思い出したのだ。

 あの、この世界での一回目の人生で、白龍の唯一の奥さんとして紫の衣を着て白龍とほほえみ合っていた、あの人。


 白龍が皇帝でもないただの皇族の一人だったときも、そして皇帝となった今の白龍とも、どちらの時にも奥さんになった人。


 それ、私が奴とただ一緒にいて笑い合っていた前世のただの腐れ縁よりも強力な、運命という縁なのでは。

 考えてみれば腐れ縁って、もう腐っているしな。

 そんなことを考えて落ち込んだあの日。

 


 あの日から、私はいつかはこの後宮を出て、奴の、いや白龍のいない世界で生きていく覚悟をしなければと本気で考えるようになった。


 だってやっぱり私は奴のことが好きで、だからこそ奴が皇后となった周貴妃と並んで立つ姿なんて見たくはないのだから。


 これが愛のないただの権力争いだったらどんなに良かったか。


 皇后はやはり別格だ。その役割も、そして立場も。それはまさに正妻であり、皇帝の特別。政治的にも重要な地位。

 だからこそとにかく大勢の承認がいるし、その資格も厳しい。

 どれほど皇帝の寵愛があろうとも、それとこれとは全く別なのである。

 

 この私では、その資格がないのならば。


 せめて後宮を出て、好きな場所に行って、好きなものを食べて、好きな所に住んで好きに生きよう。奴のことなんて見えないところで。

 この国にいる限りは皇帝の話が嫌でも耳に入ってくるかもしれないから、なんなら外国に行ってしまうのもいいかもしれない。

 元手があって、商売が出来る場所ならば、きっと私は何処へでも行くことが出来る。


 そう。私は自由だ。だからきっと楽しく幸せに暮らせるだろう。きっと。おそらく。多分ね。

 

 とにかく周貴妃が立后する前に。


 うっかり母さま一筋の父さまを見て育って、そんな愛の形に憧れてしまったのが悲しい。


 もう、散々悩んで、そして私は疲れてしまった。

 1年間仕事に没頭して頑張って誤魔化してはきたけれど、でももう、誤魔化しきれなくなってきたのだ。


 だから出て行こうと思ったのに。

 白龍を脅してでも逃げようとしていたのに。


 なぜ私はまだ後宮にいて、こんなに着飾っているのだろう?

 



 四夫人ともなると、宮廷行事にも出なければならない義務があるそうで。


「これからは王淑妃さまがいらして私、嬉しいです~! 今まで言ったことはありませんでしたが、私、どうも周貴妃さまには無視されていて。というより、見下されてる? って感じで。まああちらは皇女さまでしかも近々皇后になられるという噂ですからプライドがおありなのかもしれないのですが、こういう時はちょっと辛かったのですわ~」


 と、前に私に呉徳妃が耳打ちしてきた時には、

 

「私も呉徳妃さまがご一緒でとても心強いですー!」

 

 と答えたのだけれど。

 本当に、周貴妃と二人だけ並べられるとか、それを後宮だけでなく皇宮の官吏たちにも見比べられてしまうとか、そんなことにならなくて本当によかったと心から思ったものだ。

 呉徳妃さまにはぜひずっと仲良くしていただきたい……!


 先に嫁に来ていた生まれも地位も最高の皇后候補筆頭の皇女と、庶民出身女官上がりの寵妃。

 いやもう、誰がなんと言おうと注目を集めないはずがない。


 そんな見世物になんてなりたくなかったのに。

 


 今日は春の祝宴という宮廷行事なのだそうだ。

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