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昭儀宮の内と外

 

 そうなると原料が不足してしまうので、そこは父さまに預けていた私の資金を使って、父さまを通して現地の援助、原料の栽培推進、加工、流通の確保まで、手厚くお世話させていただく。

 だからこの先も原料は全て買わせてくださいね~おほほほほ。


 そして同時に、一般庶民でもなんとか買える廉価版の布の開発も進めた。なにしろ顧客の数はこちらの方が多いのだ。

 光沢も薄さもしなやかさも、全てがそれなりだけれど後宮の妃嬪が着ているようなデザインの服を少し動きやすいようにアレンジして数量限定で売り出してみたら好評だったので、そちらの方面での販売も始めることにした。


 この数量限定の理由は単に原料の不足なので、ついでに同じデザインで通常の綿や毛を使ったものも安価なラインとして別ブランドで売り出した。

 そうしたら、やはりそちらも売れたので万々歳だ。


 流行は旬が大事だから、見込みのあるデザイナーもたくさん雇用して一気に高級ブランドと廉価ブランドを展開した。

 若きイケメン皇帝が今一番のお気に入りの、素敵なお洋服をあなたにも。

 名前、使っていいって言ったからね!


 


 そうして一年くらい経つと、私は流行の最先端の服を売る女となっていたのだった。

 いやあ、こんなにすんなりいくなんて、権力とか名前とか、やっぱり便利だわあ。

 たとえ王嵐黎の娘といえども一介の商人だった時には、こんなに一気に手を広げて事業をするなんてとても出来なかったから。


 皇帝の後ろ盾があると商売を妨害されないし、女だからと侮られることもなく、袖の下が足りなくて役人にケチをつけられて許可が取れない、なんていうこともない。デザインや縫製や運搬のための設備も人手も集め放題だ。

 その上ちょっとしたごり押しだって利いてしまい、もう恐ろしいほど好き勝手出来てしまった。

 

 なんだか権力を追い求める人たちの気持ちが、ちょっとわかったような気がしたこの一年だった。

 やりたいことが好きなだけ、妨害なしに自由にやれる。それはとても素晴らしい体験。


 あー楽しかった。


 なんだかんだとこの一年忙しく、仕事が充実していて有意義だった。

 私はこの昭儀宮に事務所を構え、書棚をとりつけ、大量の手紙という名の指示書を出し、そして大量の手紙という名の報告書を受け取って、女官の翠蘭をすっかり秘書代わりにして仕事をしていた。


 翠蘭が非常に有能な女性だったので、とても助かった。

 女官としても優秀なのだからそうだろうとは思ったけれど、彼女にもとても助けられて私はひたすら働いたのだった。


 翠蘭としても、とても珍しい経験をしたと思ってくれたらしい。

 まあそうだろう。商人なんて、官吏の娘として生まれたら何か物を買うときくらいしか出会わないもんね。

 商売というものは、こんなにやらなければならないことが多いのですね、なんて目を丸くして驚いていた。


 しかし事業も軌道に乗り、そしてある程度の見通しも立ったので、そろそろ私はこの事業を皇帝にぶん投げて、それを褒美に後宮を出ていこうと考えた。 

 だからこれは、いわば自分で用意した奴との手切れ金だ。


 もうさすがに潮時だろう。

 

 私が見かけだけの寵妃となって一年。そろそろ子が出来ないことに奴の言う頭の固いじじいたちが煩くなってきているらしい。


 だけれど私は一年たっても、この何人もの妻を持っている男の序列三番目の妻として生きていくことに、どうしても納得できなかったのだ。


 この一年、奴との新婚ごっこはそれなりに楽しかった。

 

 奴は今も、夜になるとなぜか毎日私の所に帰ってくる。

 昔を知っているせいもあるけれど、この一年で奴もなかなか苦労が多そうだということは疲れた顔から察することも多い。

 だから私もついつい優しく愚痴を聞いたり他愛もない話をして笑い合ったり、仲良く楽しく過ごしてきた。

 

 だけれどその楽しさも、奴の後ろに大量の妃嬪の姿を見なければ、だ。

 

 私はたったこの一年で、後宮に住んでいる限りはその存在を完全に忘れ去ることは出来ないのだと骨身に染みた。


 後宮を移動するたびにどこかしらで下級妃に会い、そのたびにじっとりとした視線で上から下まで観察されてから慇懃に頭を下げられる。


 呉徳妃は仲良くしてくれるけれど、ばったり会ったら頭を下げるのは常に私。

 なぜ頭を下げるかといえば、私の方が立場が下だからだ。奴の妻としての。


 もう一人の四夫人、周貴妃からはもう完璧に無視されている。いつも道を譲って頭を下げて礼をする私の前を、私には目もくれず無言で通り過ぎていく。

 

 そんな周貴妃のところには、皇帝がお茶に行ったという情報が、たびたび入る。

 私はそのたびに思ってしまうのだ。


 昼間は私のところには来ないくせに。


 そんなちょっとした割り切れない気持ちが、どんどん積もり積もっていくのが辛い。


 しょせんは夫婦ごっこ。夜ご飯を食べるだけの相手。

 奴はただ、懐かしい前世の記憶と感傷に浸るためだけに私の所に来ているのではないか。

 そんな疑惑さえたまに私の頭をよぎってしまう。

 

 今私にわかることは、私は、特に周貴妃には、きっと永遠に勝てないだろうということだ。


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