思い出話と現実と
「まあそんな。このような立場では商売なんて出来ませんわ。主上が一体どう思われるか」
「おやおや、では商売にしなければよいのですよ。純粋にご自分の好きなものを取り寄せればよろしいかと。それに王昭儀さまは懐の深い方ですから、きっと呉徳妃さまにも今まで通りに御本を差し上げるおつもりでございましょう? でなければ呉徳妃さまがきっと大変お悲しみになるでしょうから」
いや大変お悲しみになるのは李夏さまでしょう。
思わず目が据わった私だった。
呉徳妃に本を売るのではなくて、贈呈することにするのはいい。うっかり妃嬪になったからには目上への多少のごますりも必要だろうし。
だけれど、どうにか李夏さまには一矢報いなければ腹の虫が治まらない。
「あら……そうですね。たしかにちょっとした趣味として普通の恋愛小説くらいならまだ……さすがに百合とか薔薇とかそういうものは無理でしょうけれど」
するとピシッと李夏さまの天女のような微笑みにヒビが入ったように見えて、私はちょっと満足する。
ふん、ざまあみろ。大いに後悔するがいい。
「またまた……昭儀さまはお人が悪い……」
「あらいえいえ~そんなことは~ないはず~~」
「主上がお越しになりました」
そんなちょうど私が李夏さまとにらみ合っているそのときに、皇帝が来たのだった。
ほんと昨日の今日で、なんでまた来る?
しかしそんな私の目つきは全く意に介さずに、奴はマイペースのまま李夏さまを見つけ。
「なんだ夏南、来ていたのか」
「はい、王昭儀さまにお祝いを申し上げておりました」
いや出世させてやったのだから、これからも薔薇小説を自分に供給しろと釘を刺しに来ていたの間違いだろう。
思わず目が据わったまま眺めていたら、この皇帝、そのまま李夏さまに向かってまるで追い払うように言った。
「そうか。じゃあもう行っていいぞ。春麗、一緒に夕食を食べよう」
「はあ……」
「では私は失礼いたします」
もちろん李夏さまはさっさと逃げていった。しかしさりげなく目つきで私に最後の念押しをしてから去っていくあたり、さすが李夏さまだと私は密かに感心した。
そして目の前には上機嫌にご飯を所望する偉そうな男。
そうか。上級妃ともなると、皇帝が宮にやってくるんだね。そしてご飯も食べたりするのか。
ずっと下っ端だったし、だいたいお渡り自体が全くなかったからよく知らなかったよ。興味もなかった。
じゃあもう布団にくるまれて運ばれなくてもいいのか。でもぜんぜん嬉しくない。
しかしお腹はすいているし、ここまで来たものを追い返すわけにもいかないだろう。
ちょっと悔しいけれど、今は譲ると覚悟して私も食卓についたのだった。
「一緒に飯を食うのは久しぶりだな」
人払いをしたとたんに態度が砕けるこの男。すると昔の面影や雰囲気が復活するのはわざとやっているのか? 昔を思い出させるために?
見かけはこの豪華な食事を前にして上等な黄の衣を身にまとう偉い人なのに。
その雰囲気が、私を過去に戻らせてしまう。
「そうねえ、約半世紀ぶりだものね。いいなあその間、あなたは皇族として生まれて、綺麗な奥さんたちに囲まれてこんなご馳走ばかり食べていたのね」
すると憎まれ口も出るわけで。そして奴も、懐かしい口調で返してくるのだった。
「はあ? お前だって似たようなもんだろう。王嵐黎といったら有名な豪商じゃねえか。だったら良い暮らししてきたんだろう?」
「それは今世だけの話よ。私が頑張った結果なの」
そして私はこれまでの半世紀を語ったのだった。
苦労しているのよ。そして頑張って自分の居場所、自分の財産を築いたの。
すると目の前の男は、うんうんと聞いて、それから嬉しそうに言った。
「そうか、お前も頑張ったんだな。偉かったな。俺も俺で頑張ったんだぞ。特に今回はとにかく運命に身を任せていたらまた桜花と結婚させられるとわかっていたからな。だから皇帝になれば阻止できると思って皇帝になることにした。それに皇帝になったらお前を見つけるのももっと簡単になるかと思ったしな!」
って、そんなに胸を張って言わなくても。
「いや皇帝になることにしたって、世の中そんな気軽に皇帝になれるものなの? それにあなた、前回だって幸せそうにしていたじゃない」
「だからそれはあいつがお前だと思っていたときの話だろ。あー今思うと滑稽だな、俺」
そう言いながら、なんだか呆れたという顔で天を向く皇帝さま。
「で、その奥さんは今どうしているのよ。皇帝になったら結婚できない人なの?」
「反対だ。皇帝になったから結婚しなくてすんでんだよ。少なくとも皇后じゃあない。貴妃ですんでるだろ」
「周貴妃!?」
「そう」
ということは、あの綺麗な女の人が今世では周貴妃として……やっぱりこいつと結婚しているってことじゃないか。ということは、もうまたあの人が奥さんになっているじゃないの!
やっぱり思った通りじゃないの……。