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薔薇をよこせと

 

「私は主上から直々に昭儀さまの女官にと任命されました。大変光栄な勅命ですので、命に代えても立派に全うするつもりでございます。それに昭儀さまも、主上から正式にこの宮を賜ったのですからそんなに謙遜することはございません。もっと堂々とされればよろしいのです。今この後宮で、主上のお手がついたお方はまだ王昭儀さまお一人だけです」


「実はお手はついていないんですが」


「主上のお渡りがあったのは事実でございますので」


 取り付く島もなかった。


「あのお渡り、なかったことにならないかしら……?」

「なりません。おめでたいことではありませんか」


「せめて下級妃だったらただの興味本位だったと思ってもらえるのに」


「昭儀の位は皇帝陛下がご自分の意志のみで与えられる最高の位でございます。それが主上のお気持ちということでございましょう」


「いやさすがにその上の四夫人とか無理だし。私、庶民よ? 後ろ盾は父さまのお金くらいしかないある意味ただの成金の娘よ」


「しかし主上は今朝の朝議で王昭儀を四夫人のうちの淑妃に推されたとのことです。残念ながら反対されたとは聞きましたが。しかし主上は非常に熱心にご提案されたとお聞きしております」


「やめて! 後宮ナンバーツーとか絶対に嫌! なに勝手にやってくれてんの! そもそも昭儀の位だって勝手に決めちゃって……ねえこれ、今から断ることは」


「もちろん出来ません。それよりも本日もお渡りとのことですので、ぜひその時にお礼を申し上げるとよろしいかと」


 全く抗えないのだった。


 なにあいつ、やたら偉くなってしまって好き勝手しやがって。


 そして私はまたこの新しい自分の宮で、全身を磨き上げられ香油を塗られ、化粧まで勝手に施されてしまったのだった。


 抵抗? 全く出来ません。なすすべもないとはまさにこのこと。裸で逃げ出すわけにもいかないし。

 それにすでに妃嬪になってしまったあとに、許可もなく後宮を勝手に脱走したら死罪だよ……。

 さすがにそんな危険は犯せない。


 かくして翠蘭を筆頭に、何人もの昭儀つきになった女官や宦官によって皇帝への献上品として綺麗に飾り立てられてしまったのだった。


 そしてこの状態で皇帝を待てと。

 って、私は景品か? それとも何かの賞品なのか?


 するとそんな私の所になんと李夏さまがやってきて、それはそれは晴れやかな笑顔で言ったのだった。


「今夜も主上がお渡りとのこと、大変おめでとうございます。早速主上は王昭儀さまにご執心のご様子。良かったですね」


 私はその笑顔を知っているぞ。仕事が全て上手くいって満足しているときの笑顔だ。してやったりの顔だ!


「李夏さま、嫌みはそれだけですか。たしかあなたの手で皇帝に差し出された気がするのですが」


 それはそれは満足げな顔の李夏さまに、ぶすくれた私はつんけんと答えた。

 しかし李夏さまはピクリともその美しい笑顔を崩さないのだった。


「私の目利きは素晴らしいでしょう? あなたさまなら、きっと主上のお気に召すと思ったのですよ。王昭儀さまも、これでこの後宮の妃嬪の中でもたいへん高い位につかれました。これからは女性としての栄華を欲しいままにすればよろしいのです」


「だから嫌ですって! だいたい栄華ってなんですか。住むところも着るものも食事も、私は実家に帰れば自力で賄えるのです。今私が欲しいのは自由だけ」


「これからは、全て主上にお願いすればよろしいでしょう。きっと何でも叶えてくださいますよ」


「あいつに借りをつくるなんてまっぴらごめんなのよ!」


「皇子をお産みさえして差し上げれば借りにはならないかと。皇子よりも主上がお喜びになるものは他にございません。今皇子をお産みになれば、皇后も夢ではありませんよ。後宮でも別格の地位です」


「そんなものになりたいと思ったことなんて一度もありませんが! だいたい身分もない私がなれるわけないでしょう!?」


「おや欲のない。可能性はゼロではありませんよ。私が代われるのなら代わって差し上げたいくらいです。それに私個人としましても、王昭儀さまにはずっとこの後宮でお過ごしいただきたいと思っているのですよ」


 にっこりと天女のような美しい笑顔で言う李夏さま。


 たしかにこの人なら、本当に女性として生まれていたら、今頃は皇后目指して全力で突き進んでいたのだろう。

 なにしろ今でも、自分の地位のためなら何も知らないいたいけな女官を躊躇なく皇帝に献上する人間なのだ。

 くそう。まさか私を笑顔で生け贄にするなんて。


「さぞかし李夏さまなら皇后目指して手段を選ば……こほん、たいへん努力されるのでしょうね。しかし私はそんなことはまっっったく希望していませんから。なのにこのような立場になってしまって、これではもう私、実家に本の調達をお願いすることも出来ませんわ」


 つーん。

 頭にきたからあなたの大好きな小説はもう手配してやらない、そんな抵抗。


 私を出世の道具にしたのなら、私も黙っているもんか。

 出世のためのご機嫌取りのついでに、私をこの先もずっと大好きな薔薇小説の仕入れ先として後宮に拘束した気でいたのなら残念だったわね!


 しかし李夏さまは、おやびっくりみたいな顔をして、とぼけた口調で返してきた。


「なんと王昭儀さま、これからは好きなだけご自分のためにどんな本でも実家から取り寄せることが出来るようになったのですよ? なのになにを心配されているのです。なんともったいないことを。この宮ならば御本の収納場所にも全く困りませのに。検閲はお任せください。悪いようにはいたしません」


 要は本は持ってこいと。相変わらず強欲な。

 だが負けないぞ。

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