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帰りたい

 

「主上、周貴妃がお倒れになりました」


 突然部屋の外から声がしたのだった。


「……放っておけ」

「いや! ダメでしょう! なんて無責任なのよ。あんたの奥さんでしょうが。周貴妃さまは大丈夫ですか? 命の別状は?」


「……」


 ……そうですか、ああそうですか。しがない女官、ちょっと皇帝がつまみ食いしたくらいの女には答える気はないと。

 そういうところ宦官ってプライド高くて嫌だわね。


「……とりあえず行ってきなよ。奥さんじゃないか。それで今夜のことはなかったことにして。私は実家に帰るから、また思い出話がしたかったら今度は客として呼んでよね」


 これでとりあえず既成事実は阻める。

 それに、こいつも元々は情の深い奴だった。だからなんだかんだと心配だろう。

 と思ったら。


「どうせ命に別状はないだろう。放って置いても大丈夫だ」


「なんでそんなこと言い切れるの。それに命さえ大丈夫なら放って置いていいわけでもないでしょう」

「わかるんだよ。どうせ俺の気を引きたいだけに決まっている」


「じゃあ引かれとけばいいじゃない」

「あ? いいのか? 俺が本当に他の女のところに行っても」


 なんだかイラッとしたーみたいな言い方をするが。


「だって、周貴妃も呉徳妃もあなたの奥さんじゃない。他にも約百名いるけど。娶ったからには責任持って大事にするべきでしょう。囲っておいて何かあっても心配しないとかよくない」


 つーん。


 それに私は既婚者の男には用はないのよ。

 今だって浮気をしようとしたら正妻に呼び出されたみたいな状況じゃあないか。


 もう奥さんのいる男と今から仲良くなんて、私には出来ない。


 それに女の争いとか、飽きられたら転落とか、そんなことには巻き込まれたくないの。


 だから女官としてここに来たんじゃないか。

 妃嬪になって幸せになれる気なんて最初から微塵もしないのよ。


 ……ほんと、なんで皇帝になんてなったんだよ……。


 前と同じただの皇族だったら、もしたとえド貧乏でも今世は私が養ってあげられたのに。

 そうしたら二人で仲良く暮らせたかもしれないのに。


「主上、周貴妃さまがお呼びです。お急ぎください」


 ん? 宦官、強気だな?

 まさか皇帝に指図とか、皇帝の機嫌次第では首が飛ぶぞ?


 などと思っていたら、当の皇帝は深い深いため息をついた後、すっくと立ち上がった。


「じゃあ行ってくる。だが、それはお前が行けと言ったからだぞ。俺の意志じゃあない。それは覚えとけ」


 そう言って部屋の扉を開けたのだった。


「主上、こちらです」


 皇帝を呼びに来た宦官がすかさず先導しようとすると。


「その前に、伝えろ。この王春麗を昭儀に封じる。翠蘭、あとは頼んだぞ」


 そう大声で言ってから夜着のまま大股で出て行ったのだった。


 は? 昭儀? それ、上級妃の位じゃないか!! やめて!!




「…………実家に帰りたい……」


 しくしくしくしく。


 まさかちゃんと結婚してもいないのに、そんな台詞を吐いて泣くことになると思わなかった。どんな人生なの、これは。


「きゅっ?」


 相も変わらずこの昭儀宮の中まで当たり前のように憑いてきては足下でふんふんしながらうろうろしているバクちゃんだけが、今の私の癒やしである。


 でもそういやバクちゃん、昨夜はどこにいたんだ? いなかったよね?

 まさか奴の前に行くのが嫌で逃げていたのか? 私を置いて? ずるくない?


 あの後私は夜明けまであのまま放置され、そして朝、私の女官になったという人に連れられて「昭儀宮」に突っ込まれたのだった。


 奴は帰ってこなかった。だけれど私は元の場所には帰れなかったのだ。


 女官のままでいられれば良かったのに。女官でいられるなら、こんな立派な宮なんてなくても、みんなで雑魚寝でも全然よかったのに。


 人生はループするのにたった一日ぽっちの時が戻らないのはおかしいではないか。

 昨日の今頃は……ああ、突然の皇帝のお渡りの情報に大わらわだったわね……。


 遠い目になった。

 昨日のことが、もう随分昔に思えるよ。


 まさか奴だったなんて。

 まさか皇帝になっていたなんて。


 ループ前はただのその他大勢の皇族だったくせに。


「王昭儀さま、そんなに悲しまれなくても。昭儀さまは皇帝の奥様になられたのですよ。九嬪の中でも一番上の位でございます。すばらしいご寵愛ではないですか。これからも主上に誠心誠意お仕えして皇子をお産みになれば、四夫人も夢ではありません」


「嫌ですう~~~」


「まあなんて……謙虚な昭儀さまでしょう」


 そう言ってちょっと困っている様子。

 私はチラリとそんな彼女のほうを見て、遠慮がちに呼んでみた。


「翠蘭さま……」


「まあ、さまなんてつけないでくださいまし。あなた様はもう昨日までの女官だった春麗さまではないのですから」


 そうは言ってもねえ。

 翠蘭さまといったら、皇帝の覚えもめでたき敏腕女官。

 同じ女官とはいえ雲の上の存在だったのだ。

 もちろん家柄を盾に私に嫌がらせをする中途半端な立場の女官たちよりももっとずっと上で。


 宦官のトップは李夏さまだけど、この翠蘭さまも女官のトップの右腕とも言われていた、女官の中でも女官を管理する側の有能女官様である。

 私も名前は聞いていた。名前だけは。なのに突然妃嬪専属とは。しかも仕える相手が私だよ。


「どうして翠蘭さまのような方を私の女官になどできましょうか。私はしがない商人の娘ですのに……」


 だからお家に帰らせて。

 しかしプロの女官はさすがプロだった。

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