はあ?
しかしこいつは困った顔をして言うのだ。
「だってしょうがないだろう。周りが増やせってとにかく煩かったんだよ。でも今までは必要ないって断ってたんだ。だがこの前見たお前がやたら綺麗だったから、もしかしてじじいたちが言うように何百人も集めたら、さすがにその中にはお前も入ってくるかなとつい――」
「そんな理由で百人もの女の人生を変えるんじゃないー!!」
ぜえはあぜえはあ。
こいつ……!
「一応それでも百人まで減らすようには言ったんだぞ。だがお前がそう言うなら、なんとかじじいたちを説得して下級妃は解放するか? 俺としてはお前を見つけられれば良かったわけだし」
「だからなに勝手なことを言ってんの。そんなこと言って、いまさら家になんて帰れない貧しいお家出身の妃嬪だっているのに」
しかし皇帝になると、そんなにお妃作らないといけないものなの?
そういや前の皇帝も、たしか何百人も後宮に美女を囲っていたんだっけ?
「詳しいな、お前」
「女官やってれば多少の噂は入ってくるのよ。生活が保障されたって喜んでいる人もいれば本気であなたの子を産んでのし上がろうと頑張っている人もいるんだよ。なのにそっちの都合で集めたあげく、やっぱりいいやもうクビね、なんて無責任にも程がある」
私がそう言うと、目の前の男は何やら考え込んでしまったが。
まあ無責任な人ではないから、なんやかやと結局面倒は見るのだろう。皇帝として。
しかしこの人、なんでこんなに出世してしまったんだか。
彼が私のことを探していたという話は嬉しかった。
彼も私を忘れてはいなかったのだと、私に会いたいと思ってくれていたということがとても嬉しかったのだ。
だけど。
皇帝なら当たり前なのかもしれないけれど、それでもこの状況には複雑な気分になってしまう。
こいつはまた、妻帯者だった。
一夫一婦制の世界で育った私は、いや、この国だって皇帝以外は一夫一婦制なのだから、とにかく後宮のその他大勢のお妃にはなりたくはなかった。
普通に相思相愛の、一対一の関係がいい。
そう、今の人生の父さまと母さまのような。
なのに百三番目?
一生百三番目として、下手するとそれ以下として、後宮で暮らす?
あいつは今夜は誰と一緒にいるんだろうと思いながら暮らすのか?
今度はいつ私のところに来てくれるのだろうとか思いながら生きるのか?
そんなのどうしても受け入れられない。
でもだからって権力争いもしたくない。
私は自分で稼いだそのお金で、自由に好きなところで好きなことをして、欲を言えば好きな人と一対一の愛があふれる人生が送りたい。
なんで一人の男を巡って百人以上の人たちと争わないといけないんだ。
たとえ景品がこいつだとしても、そんな争いに参加したいとは私は思えなかった。
それにもしたとえその争いに勝利したとしても、私とは違ってこの景品は常に他にも行き先があるのだ。
ちょっと魔が差したとか、ちょっと喧嘩したとか飽きたとか、そんな理由で即座に他の女性のところに堂々と行けてしまう。
こいつの後ろには、すでに百人以上のいつでも喜んで迎え入れてくれる美女がいるという事実。
それでも私は一生こいつの唯一の女になれる?
前世からの腐れ縁というこの因縁だけで?
……無理だろ。
だけれど私みたいな庶民の生まれでは、どんなに頑張ってもそこそこの地位の妃嬪が精一杯。やっと掴んだその地位だって、皇帝の寵愛が薄れれば降格もあり得る不安定なもの。
唯一降格がほぼないであろう地位は皇后だが、それは誰もが黙るような高い身分と皇宮にいる山ほどの高官たちの後押しがないと候補にもなれない最高位。絶対無理。
けれどもいつか必ずその皇后位には、私ではない誰かが座る。つまりこいつの隣には、いつか必ず別の女が立つようになるのだ。
その光景を一生眺めながらこいつを待ち続ける人生なんて、くそくらえ。
私は彼が、私を探してくれていたという事実にだけ満足して、もう新たな人生を送るべきだ。
きっと前世のときから、私とこいつは最後まで良い友人としてつきあい続ける運命だったのだろう。
ふふ……結局この関係は変わらないんだね、私たち。
私たちは「良い友人」。昔も今も、前世も今世も。泣きそう。
でも、仕方ない。私は既婚者には用はない。
ということで。
「じゃあ、百二人のお相手頑張って。モテモテ人生満喫してね。私は実家に帰るわ。もともと後宮にもそんなに長くいる予定ではなかったし、目的もなくなっちゃったしね。ちゃんと李夏さま、あ、李夏南さまには辞表を出したから、これであなたが口添えしてくれたら大丈夫でしょ」
そうしてまた商売をしながら全国を回り、なんなら外国とも行き来して、素敵なものと愛する家族に囲まれて楽しく自由に生きていけばいい。そして新しい恋を見つけるのだ。
なんだか前回の人生からずっと付き纏ってきていた悪夢が、綺麗に晴れた気分だった。
というのに。
「は?」
なぜかこいつは、心底びっくりしたような顔をしやがった。
「は? って、いや、何驚いてるの。もちろん口添えしてくれるでしょ? 私はあなたの百三番目の奥さんになるつもりはない。私には帰れる家がある。だから帰る。おーけー?」
「いやそっちこそ何言ってんだ。お前が望もうが望まなかろうが、今夜からお前は妃嬪の仲間入りだ。だからもう俺から逃げられると思うなよ?」
「いや、何言ってんのはこっちの台詞でしょ。やだって言ってんのよ。もちろん昔のよしみで解放してくれるでしょ? 私たち友達じゃない」
それは、私が彼に何かお願いするときの常套句だった。
私たち友達じゃない。
そう言うと、いつも「しょうがねえなあ」、そう言ってお願いを聞いてくれた魔法の言葉。
昔と同じ苦笑いをして、口をゆがめながら言ってくれるでしょ?
そして「これは貸しだからな」って、そう言って――
「もう友達じゃねえぞ。お前はもう俺の嫁になったからな。お前がどう思おうと周りはそう認識している。それにやっとお前を見つけたのに、俺がお前を離すわけないだろう!」