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再会


 そうさ、たとえ下級の妃嬪の扱いだってこんなもんよ。ましてやただの女官なんて。

 権力の道具、ただの慰み者……。


 これでまだ皇帝が普通にただの知らないおっさんだったらどんなにマシだったか。

 涙でせっかくの化粧が剥げそうだ。



「来たか」


 ……奴の声がする。

 懐かしい、今でも私には誰よりも特別に聞こえてしまう低音。

 夢の中では私の名を呼び、そして笑う懐かしい声。


 バクちゃんが、私の過去の思い出さえも全て食べていてくれたら良かったのに。

 

「……」


 私は悲しさと、あと正体を知られた時の奴の反応が怖くて、顔を覆った両手が離せなかった。


 私がこのままでいたら、奴が呆れてこの場を立ち去ってくれないだろうか。


「どうした、手を離せ。顔を見せろ。別に取って食ったりはしない」


 取って食うためにこの場所があるのではないのか。

 取って食うために呼んだのではないのか。


 よりどりみどりなくせに。

 よりによって。


「……できません」

「俺に逆らうとはいい度胸だな?」


 にやりと笑って言うその台詞は前世のままで。

 世界が変わっても、立場が変わっても、中身は奴のままだとわかってしまうその台詞。


「どうか捨て置きください」


「とにかく手を離して顔を見せろ」

「嫌です!」


 もういっそ、この場で斬り殺されたい。そう思ったから。

 思いっきり反抗してやった。

 すると深くため息をついた音が聞こえた。


「お前……。まさか夏南のところにいたとはな。灯台もと暗しとはよく言ったものだ。てっきり何か妨害でもされて不幸な目に遭っているのではないかと、こっちは散々心配していたんだぞ。なのにまさか、お前が夏南のところで呑気に仕事をしていたとはな」


「私は元は洗濯場の下働きで……」


 ん……?


「それを夏南が見いだしたのか。さすがだなあいつ。で、なんで洗濯場なんかにいたんだ。お前の身分や立場だったら女官にもなれないだろう。最初からせめて妃嬪じゃないと後宮には入れないはずだが」


「あの……誰との勘違いかはわかりませんが、私はただの商人の娘で……洗濯場に回されたのも私が庶民で身分がないからです」


 誰と勘違いしているんだ? 似たような人がどこかにいたのかな?


「それはおかしいだろう。ただの庶民に神獣は憑かないし、それどころか見ることもできない」


「え……? でも私、本当に生まれも育ちも正真正銘の庶民ですが」


 なにしろ父さまに拾われる前は、それこそ貧しい庶民の母子家庭だったのよ?

 私は下を向き手で顔を覆いつつも、すっかり話の流れに面食らっていた。


「お前、あの獏が見えているんだよな?」

「はい」


 まあそこは誤魔化すのはもう無理だろう。なにしろ李夏さまにはバレている。


「随分懐いているよな?」

「そうですね……」

「神獣が懐く相手は皇族だけだぞ」

「はい?」


 思わず顔を上げた。

 そして瞬時に後悔した。


 なぜなら奴が、懐かしいあいつが、まっすぐ射るように私を見つめていたのだから。

 そして、


「ようやく会えたな」


 奴はそう言って、嬉しそうに破顔した。


 私はその顔があまりにも懐かしくて、不覚にも、泣いてしまった。




 奴は、ひたすら泣く私を優しく抱いて慰めてくれた。

 泣き止むまで根気よく。

 胡座をかいたその中に私をすっぽりと入れて、そのままずっと抱きしめてくれていた。

 ぽんぽんと私の背中をたたくその手が優しい。

 

 私はなんだか泣きすぎて、多分もう目が腫れているだろうけれど、それでもそんなことはどうでも良くなっていた。


 久しぶりのこの人の匂い、声、そして体温。

 どれもが懐かしくて、そして私はこの人と別れてからずうっとこの人を求めていたのだとしみじみ感じられて、それが悲しくてまた泣いた。


 今世でもこの人は既婚者だった。しかも今度は複数の。

 なのに私はこの人を好きなのをやっぱりやめられなくて。


 もう一生泣いていられるのではと思ったけれど、いつしかさすがに涙も涸れたのだった。


「落ち着いたか」

「……うん、ありがとう」

「いや。じゃあ少し話をしようか」

「……はい」


「おい。なんで嫌そうなんだよ」


 そうして二人で、ちょっとだけふふふと笑い合った。


 こんな空気も懐かしい。

 前世の私たちもこんな感じだった。

 ただの同級生、同僚、友達、二人の関係の名前が変わっても変わらなかったこの空気が、まさか皇帝と女官になっても変わらないとは。


 それだけ中身は昔と一緒だということなのだろう。


「だって。なんであなたが皇帝なんかになっているのよ。てっきり普通のその他大勢の皇族の一人だと思っていたのに」


 かつて皇族を示す紫の衣を身にまとって、美しい奥さんと一緒にいた、あの忘れもしない光景を思い出して私は言った。

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