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突然のお渡り


 今回のお渡りのお相手は周貴妃だった。

 私は会ったことも話したこともない上級妃の、しかも筆頭である。

 噂によると先代皇帝の唯一の忘れ形見。しかも皇帝の幼なじみとか。


 え、それ、もう正妻なのでは?


 貴妃という一番高い妃嬪の位にいるということからも、今現在すでに一番皇后に近い立場である。


 これは……とうとう皇帝陛下が「朕の皇后は君ね」という意思表明を始めたということなのかもしれない?

 今までは政情やら何やらのせいでそうは言えなかったけれど、とうとう幼い頃から好きだった幼なじみを満を持して迎え入れる、そんな感動的な展開……!?


 おっといけない、最近私もつい呉徳妃から下げ渡された恋愛小説を、ついつい寝る時間を削って読んだりしているせいで思考が染まってきているぞ。


 でもその方が夢があるわよねえ。政略だけではない愛のある結婚は、やっぱり憧れだから。


 なにしろ前回の人生では皇帝という人は、後宮に美女を何人も囲って取っ替え引っ替えだったという話だったのに、今世の皇帝は後宮に寄り付きもしなかったのだ。

 それが今になってお渡りになる、そうなると誰もがその意味を妄想するもので。

 

 私も例に漏れず、一途な皇帝の純愛とそんな皇帝の迎えをじっと耐えて待っていた美しい姫の物語を想像してうっとりとしてしまった。

 

 恋愛小説の読み過ぎ? 

 どうとでも言ってくれ。なにしろこの後宮には、そんな恋愛ごとなんてさすがにリアルでは皆無なのだから、夢も見たくなるというものよ。

 呉徳妃が恋愛小説にはまる気持ちもわからなくもない。

 

 もうこうなったら皇帝が少々不細工でも年をとっていても、それでも応援したいと思ってしまう。

 きっと、とうとう昔から好きだった人をこれから手に入れるのね……!


 そして私は李夏さまのお供として、そんな場面をチラ見できるかもしれない。

 なんて役得な、楽しいお仕事でしょう。


 うふふふふ……。


 私はいつもより少々ピリピリしてきた李夏さまのお手伝いをしながら、内心ちょっとウキウキしていたのだった。


 李夏さまはテキパキと「お渡り」のための布陣と段取りを組み、私は伝令などに奔走する。

 そうして「皇帝が午後に周貴妃とお茶を飲む」ための時間が完璧に整えられたのだった。


 後宮、大変だね……。

 これが通常になったら、その時は慣れて少しは気負わずに普通にお仕事な気持ちでこなせるのだろうか。

 今日来るよー、はーいやっときまーす、みたいな連携になるのはいつの日か。


 などと、とうとう皇帝がお渡りになる時には私は少々疲れて遠い目になっていたのだった。


 さて、実際にお渡りになるのがとても久しぶりなので、どうやら李夏さまが皇帝のおそばに控えることになったらしい。

 しかし私は李夏さまの執務室で待機だった。

 ここで李夏さまの急なお仕事や用件が入ったら至急伝えに行く、いわば電話番みたいなものである。


 まあ、皇帝の顔に興味があるかと言われればそれほどでもないので、私は李夏さまが帰ってきたらどんな様子だったのかを聞こうとだけ決めてのんびり待っていた。

 李夏さまが、皇帝陛下を迎える周貴妃さまの場面を目撃していたらいいのだけれど。


 そう考えると後宮って、野次馬多そうだな。妃嬪も大変だ。肩こりそう。

 などと考えているうちに、あっさりと李夏さまは帰ってきたのだった。


 待ってましたとばかりにあれこれ聞く私に、うんざりしたような顔になる李夏さま。


「でも皇帝陛下と貴妃さまですよ! ご夫婦の対面の場面なんて、興味があるじゃあないですか! 私は! 夢が見たいんですよ!」


 思わず力説する私。ぐっと拳を握りしめ、李夏さまにくってかかる。


「夢なんてこの後宮にあると思ってはいけませんよ。あるのは力関係と権力の争いだけです。夢を見るのは眠るときと小説の中だけにしておきなさい」


「李夏さま……なんて夢のない……いつも夢満載の小説を読んでいるのに……」

「……春麗、ここでその話は。いいですか、小説と現実は別です。甘い夢に酔っていると、そのうち足下をすくわれますよ」

「出世する人は言うことが違う……」


 私は鉄壁の李夏さまの前で完全敗北したのだった。

 さすが李夏さま、守秘義務は完璧に守る。

 そう、後宮の人間は、皇帝や妃嬪に関することをあれこれ話してはいけないのである。


 くそう、洗濯場にいたときの方が情報がいろいろ入って来た気がするぞ。


 私ががっくりとうなだれていたら、ちょっと考えた李夏さまが、ふといつもの天女の微笑みになって言ってくれた。


「ではそんなに知りたいなら、自分で見ればいいでしょう。見送りの時は一緒にいらっしゃい」

「ありがとうございます!」


 私は! 素晴らしい上司を持って幸せです! もうずっとついて行きます!




 そうして一時間ほど周貴妃とのお茶を楽しんだ皇帝陛下がそろそろ皇宮に戻るという伝令が来たので、私はわくわくと李夏さまのうしろについて行ったのだった。


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