乙女心とからくり扉
「そうですねえ……でもあの寝室の書架は二重扉をなくしたらもう少し入ると思いますよ。扉を前後二重にしなくても、からくりと鍵の二重で扉を封印できる技術を持った職人なら知っています。ご紹介しましょうか?」
「すぐに呼びなさい」
「あ、秘密を守るために職人を後で殺したりされては困るのですが」
「中身は一時的に場所を移すからそれはしない」
「了解いたしました。ではすぐに手配いたします」
「私は良い部下を持ったな」
そう言って李夏さまはとても満足げに微笑んだのだった。
後日、その職人は部下と部品を持ってはるばるこの後宮までやってきて、素晴らしく機密性の高い収納を李夏さまの寝室の壁一面に作り上げたのだった。
ちなみにその監督をするのはもちろん私である。
たまに様子を見に来る李夏さまは、その仕事ぶりに大変満足げにしていた。
「……しかし李夏さま、宦官なのに薔薇好きとは意外でした」
私はあるとき、二人きりなのを確認したあと、思い切って言ってみた。
だって、そういうのが好きなのだったら、切ってはいけなかったのでは? そう思ったから。
しかし李夏さまの返事はあっさりとしたもので。
「そろそろ春麗も気づいていると思っていたのですけれどね。私の心は、いつも乙女なのですよ。なのに不幸なことに、余計なものをつけたまま生まれてしまったのです。もともといらないものを取り除いたら出世できるというのなら、喜んで捨てるとは思いませんか?」
粛々と書類仕事をこなしながら、そんなことを言ったのだった。
なるほど……。
私の目が節穴だったようだ。
李夏さまはもともと皇族の血筋なのに宦官になったらしいという噂を聞いて、なぜそんなことになったのだろうと思っていたのだけれど、理由がそういうことであればすんなりと理解できるのだった。
要は李夏さまは、一皇族として地味にひっそりと我が身を偽って生きるよりも、本来の自分に近い姿で皇宮で出世することを選んだのだ。
この国の歴史でも、優秀な宦官が出世して巨大な権力を手にした例はいくつもあった。
ましてや「神獣憑き」ならば。
李夏さまがどうしてまだ若いのにこの後宮で他の宦官たちを抑えて悠々と権力を握っているのかの理由がわかった気がした。
しかし、私がこんな後宮使用人最高権力者の秘密を握ってもいいものか、と思わなくもない。
なんでこうなった。
私はただ奴に会いたくないがために、ひっそりと後宮の隅っこにいたかっただけなのに。
とは思うのだけれど、まあ一回くらいだったらそろそろ李夏さまにクビを撤回してもらえそうなネタを手に入れてしまったと考えたら、まあ、ある意味安泰?
そして今日も李夏さまは、
「寝室の書架がまたいっぱいになってしまったら、今度はこの執務室にあの仕組みの扉をつけるべきだろうか」
とか言っていて楽しそうである。
李夏さまのコレクションは、あれからまた一段と増えたようだ。
珠玉の作品以外は一度整理したと言っていたのに、それでもますます増えているようで仕入れ担当としては大変鼻が高いですね。
「執務室にあのシステムを入れたら、いつか誰かが感づいて李夏さまの寝室の扉を開けるかも知れませんがよろしいのですか」
「それはまずい。仕組みと鍵は寝室のものとは変えさせなければ」
「それよりも、もう一つのご自分の部屋の居間の方に書架を作る方が安全かと」
「考えておこう」
そんな軽口をたたけるようになってきた今日この頃である。
呉徳妃にも李夏さまにも喜んでいただけて私はとても嬉しいです。
いつの間にやら私のことを庶民だ下品だと虐めてきていた人たちにはとんと会わないようになって、バクちゃんはいつもつぶらな瞳で私を見上げながら私にまとわりついている。
バクちゃんのおかげなのか奴の夢も見なくなって、最近の私は幸せだった。
お腹いっぱいのご飯と麗しくも有能な上司、そしてそこそこ忙しいお仕事。
このまま平穏にここで何年か過ごしたら、きっと奴のことなんてどうでも良くなるに違いない。
今度こそ新たな恋をして、奴よりももっと幸せな家庭を築くことだってできるかもしれない。
私にだって幸せになる権利はある!
そんな希望に燃えていたある日。
後宮に激震が走った。
「皇帝のお渡り」
その予告がなされたのは、おそらく私が後宮に就職してから初めてのことである。
もう後宮の全ての女官と宦官がバタバタと自分のすべきことに追われた。
たとえそれが夜ではなくても、たとえそれが白昼のお渡りで全く本来の後宮の役割としてはなんの意味がないとしても、それでも後宮に皇帝が来るとなったら、一気に後宮は忙しくなるのだ。
これを契機に今後は夜もお渡りになるかもしれない。
そうなったら、後宮本来の華やかさとその裏での女官や宦官たちの今まではなされなかったいろいろなお仕事が復活するだろう。
そして皇帝の前で粗相があったら首が飛ぶ。物理的に首が体とさようならだ。
私は気を引き締めて、李夏さまに伴って準備に追われたのだった。




