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李夏さまの花園


 これは捨てられたのではなかったか。

 なぜこんなに大切そうに綺麗に整頓されて置かれている?


 私はじっとりとした目で李夏さまの顔を見た。

 李夏さまは、じっとりと冷や汗をかいているようだった。


「……どうしてここにあるのです? これ……」


 まさか、と思いながら私は問うた。

 李夏さまは、どうやらその私の問いで何かが吹っ切れたようだった。


 突然明るい顔をして朗らかに答えた。


「どうしてって、私がもらったからですよ。私の大事なコレクションです。呉徳妃の趣味は本当に素晴らしいですね。目の付け所が特に良い」


 そうして晴れ晴れとした顔のまま、李夏さまの後ろでしょんぼりしていたさっきの狐に目配せして、その狐にまた扉に化けさせてコレクションを綺麗に隠したのだった。


「……狐に隠させていたのですか?」

「そうです。妖狐は何にでも化けられるので大変便利なのですよ。私の影武者をさせても完璧です」

「影武者」

「そう。あなたのバクちゃんには出来ない芸当ですね。素晴らしいでしょう? 私の妖狐は」

「妖狐」

「そう、私の神獣ですよ。九尾の妖狐」

「神獣憑きだったのですね、李夏さまも」

「もちろんです。でなければこの皇宮で出世なんて出来ませんよ」


 そう言って、また李夏さまはいつもの極上の天女の微笑みを浮かべたのだった。

 なんだか私は狐につままれたような気になった。



 その後李夏さまは、私をなんと自室に連れて行ったのだった。

 李夏さまは宦官とはいえさすが高官なので、豪華な部屋を与えられている。

 そんな李夏さまの私室には今まで私は入ったことはなかったのだけれど、入れと言われて豪華な応接間を抜け、その奥にあった一宦官のものとは思えないくらいに広い立派な寝室に足を踏み入れると、そこはまるで先ほどまでいた執務室かと思うような巨大な書架に囲まれた寝台があるのだった。


 これは……。


 寝台はいい。寝室だから。

 でもこの寝台を囲むように作られた壁一面の扉付きの書架……。

 よくよく見るとそれなりに大きな窓もあるのに半分書架で潰されているではないか。


 李夏さまは天女の微笑みそのままに、優雅な手つきでその書架の扉を開けていく。

 なんとその扉は二重になっていて、そして鍵も分けられていた。


 私は嫌な予感がしながらそんな李夏さまを見守った。


 そうして全ての扉が開かれた後、李夏さまは私の顔を見て嬉しそうに言ったのだった。


「春麗、これが私のコレクションです。特にここからここまでが私の最重要コレクションとなります。この内容をよく見て、次からの呉徳妃への献本の選定をお願いしますね。そのために今日は特別に休暇を与えましょう」


 そうして極上の笑みを浮かべた天女のように美しくもたおやかな李夏さまは、るんるんとした足取りでお仕事に戻っていったのだった。

 私をその場に置いて……。


 私は壁一面の圧倒的な迫力を誇る恋愛小説たちの圧に負けそうになりながらも、なんとかその最奥にある「李夏さまの最重要コレクション」の棚の中を見るべく寝台の脇を進んだのだった。


 私は空気を読む商人なのである。

 そう言われてはご期待に応えなければ商人として失格である。

 李夏さまには心から満足してもらえるように、私も全力を尽くしましょうとも! 将来の上顧客獲得だ!


 どうせ李夏さまも、それがわかっていて私をここに連れてきたのだ。

 では遠慮なく……。

 

 そして私はその棚をびっしりと埋め尽くす、少々過激だと検閲ではねられたはずの大量の薔薇を見たのだった。


 よりによって……薔薇か…………。


 私はがっくりとその場にくずおれた。

 なんと李夏さまは、腐っていらっしゃったのだ。




 もちろん私はそっち方面の商品を増やしましたとも。

 ええ商人ですから。

 顧客がいれば仕入れるのですよ。それがなんであろうとも。

 人道に反しない限りは、全力でお応えするのです。


 おかげであれからは、妙に晴れ晴れとした李夏さまにますます可愛がられているような気がする今日この頃。


「春麗のおかげで私のプライベートは最近とても充実しているのですよ。そのことにはとても感謝しています」


 とまで言われてしまった。


「しかしあの量の本の上にまだ増やすとなると、どうするんですか、仕舞い場所は」


 私もまあ他人の趣味をどうこう言うつもりはないので、もうそのままそういう上司なのだと受け止めることにした。

 ええ、趣味というか性癖というか。いいじゃないか、萌えのある生活。うん。


「それなんですよね。とうとう私室には収まりきれなくて、執務室にまで場所を取るようになってしまって困っています。今は妖狐に隠してもらっているとはいえ、ずっとは出来ませんしねえ」


 珍しく憂い顔で何を言うかというとそんな話なのだった。


「いっそちゃんと扉をつけたらいかがですか。あとはあの寝室の書架の収納量を増やすとか」


「扉があれば、開けたくなるのが人というものでしょう。春麗以外の部下に見られたらさすがに私も立場上まずいのです。しかしあれ以上寝室の収納量を増やすのも難しい」


 李夏さまが、とうとう天女の微笑みを捨てて珍しく眉間にしわを寄せた。

 そんな顔、仕事でも見たことがないよ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] 李夏さまに可動書架をお勧めしたいです。(中華風の世界だと、本は多分平積みで収納されているかと思うので、現世ほど収納率はアップしないかもしれませんが)
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