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壁と目が合う

 つい聞いてしまう。なにしろこの状況の因果がさっぱりわかっていないというのもあまり気持ちの良いものではないのだから。

 すると。


「……ごく限られた人にしかおきません。ですからとても珍しいのです。しかもあなたは何も知らない様子。私が知っている限りでは、そのような人は今までいませんでしたね」


 と穏やかに言うということは、李夏さまは他にも同じような人を知っているのだろう。

 ふむ、高官というのは、いろんな秘密を知っているのだね。


 私はと言うと……多少興味がないわけではないけれど、将来の商売に有利になるならまだしも、今のところはそれほど惹かれるわけでもないというのが正直なところ。


 さすがに後宮の奥の奥でしか語られない「神獣」というものを商売には出来ないからな……危険すぎる。


 それにバクちゃんだって、明日にはいなくなっている可能性もゼロではない。


 だから知らなくてもいい。

 近寄らない方がいい。


 そんな結論。

 へたに首をつっこんで、引き返せなくなったり知らなければよかったと思う事態にだけはなりたくない。

 君子危うきに近寄らず。


 李夏さまはもっと何か言いたげだったけれど、私は「へえそうなんですねー」と笑顔で流すことにしたのだった。


 すると李夏さまは、ちょっと驚いた顔をしつつも、「そうなんですよ」とだけ言って終わらせてくれた。

 そして、


「ところで春麗、次の呉徳妃への献本はいつの予定ですか?」


 と何食わぬ顔をしてお仕事を再開したのだった。




 お仕事……。

 そう、それはお仕事だと思っていた。私は。


 なのに興味もないだろう恋愛小説だの薔薇小説だの百合小説だの、そんなものたちをいちいち検閲なんてさぞかし辛い作業だろうと、私は今までずっと思っていたのだ。


 しかし、これは……なんだろう……?



 私はある日、李夏さまの執務室で李夏さまから言われた書類の整理にせっせと精を出していた。

 これはあっちに、これはそっちに。

 だいたいの場所はわかりやすく分類されているので、それを順番に並べていけばいい。


 そんな風にちょこまか書類を抱えて歩いていたら、うっかりバクちゃんを蹴飛ばしそうになって転んでしまった。

 いやきっと蹴飛ばせないんだけれど。

 きっとまたスカって通り抜けるだけなのだろうけれど。


 それでも気持ち的に蹴飛ばしたくはなかったから、とっさに避けたらバランスを崩してしまった。


 そしてバサバサと持っていた書類を派手にまき散らしながら尻餅をついたとき、ふと目が合ったのだ。壁と。


 ……壁と?


 はて。

 李夏さまの執務室はドア以外は全面扉のない書架仕様になっていて、その大半には書類がびっしり詰まっていた。

 でも、ここだけは、腰壁のように装飾された普通の板張りだと思っていたのだ。

 ただのちょっとお洒落な壁。


 でもその壁が、目をぱちくりさせながら私を見ていた。


 ぱちくり?


 その様子が可愛らしく、全く悪意のない様子だったから、うっかり状況の不自然さに怖がることも忘れて私たちは見つめ合った。


 そして。


 たらーり。

 そんな冷や汗をかいていそうな空気を醸し出した次の瞬間。


「ぴえ……!」


 そんな泣いているのか泣きそうなのかわからない声を上げた直後にぽん、と小さな煙を発してその扉は瞬く間に狐の姿に変わり、そして逃げるように李夏さまの執務室から走り出ていったのだった。


 狐だった……。


 ……狐?


 私は唖然としてしまって、そのまましばらく尻餅をついたままその狐が走り出ていった扉を眺めていた。


 こんなところに、狐?


 頭の中を「李夏さまに報告」とか、「まさかこの執務室を全面消毒?」とか、「後宮のこんな奥に化け狐とか、いいのか?」とかいろんな考えがぐるぐる回って目まで回りそうになったとき、李夏さまが慌てた様子で飛び込んできたのだった。


 いや李夏さまは慌てない。表面的には。

 いつも優雅な仕草と天女の微笑み、それは絶対に崩さない人である。

 でも毎日近くで一緒にいるようになった私は、その微妙な変化を見分けられるようになってきていた。


 これは慌てている。

 なにしろ開けた扉の勢いがいつもより粗野だ。

 そして笑顔が凍っている。


「春麗、大丈夫ですか?」


「はい、すみません、書類を落としてしまって……」


 私がとりあえず仕事の失態を謝っているその短い時間に、李夏さまはあっという間に私のところまで来て言った。


「書類はいい。それで、このことは誰にも言っていませんね?」


 なんだか鬼のような微笑みをしながら半ば脅すように言う李夏さま。

 なんて怖い。


「え? はい、誰にも。というより私ここから動いていませんし……」


「そうですか。ではこのままこのことは一生口を閉じていなさい。もしも漏れたらどうなるかわかりますね? 本当はあなたにも教えないつもりだったのですが、バレてしまったのなら仕方がありません。どのみちあなたも共犯です」


 鬼気迫る様子でそう脅す李夏さまは本当に怖かった。

 こんなに怖い真剣な李夏さまを今まで私は見たことがなかった。


 それほどまでにここに狐がいたことが問題なのか、そう漠然と思いながらも共犯とは? と疑問に思いつつ李夏さまの視線を追ったらば。


 なんとそこには、まさに狐が壁になっていたそこには、私が呉徳妃にと仕入れて検閲で弾かれたはずの「各種恋愛小説」がびっしりと並んでいたのだった。



 ……はて?


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