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李夏さま

 

 もちろん間違っても麻薬や毒薬なんかはお渡しできませんが!

 それを言ったら長い丈夫な布なんてものもお売りして、それで誰かの首をくくったりされたら困るから、融通するものには神経を使うけど。


 でも、だんだん呉徳妃もただの好奇心旺盛な無邪気な若い娘だということが透けて見えてきたので、表面上は従順な商人でいることにしたのだった。

 素直な上客には良い顔をするのです。毎度ありがとうございますう。


 一方で呉徳妃に気に入られたのが気に食わないらしい何かと意地悪をしてくる同僚や先輩たちには、しょうがないので実家から綺麗な手巾などを取り寄せて、


「呉徳妃さまが所望されたもののサンプルや端切れなんですけれど、よかったら」


 とか言いながら、プレゼント作戦を展開した。

 袖の下? 賄賂? なんとでも言ってくれ。有効な手は使わないと。こちとら商人なんですよ。

 もちろん仲良しさんにも配ります。


 そして、

「私は徳妃さまにこういうのを頼まれているだけなの~こき使われているだけなの~」


 と暗に、しかし必死にアピールしたのだった。


 でも考えてみれば、そんなちょっとした手巾を配るだけでそれほど酷い妨害もなく、上級妃と顔が繋げてお得意様になってもらえるのだったら、たくさん配ればいいよね。後宮引退後の仕事もますます安泰というものですよ。

 ええもう自棄です。


 ひっそりお仕事生活? なにそれ誰が言ったのかしら?


 ただ同僚や先輩方からの「注文」は、李夏さまからストップがかかってしまったので受けられないのだった。

 まあそうだろう。一介の女官が後宮で堂々と商売とか、やったらダメなのである。

 上司の命令は絶対だ。李夏さま、正しいご判断ありがとうございます。


 だからみんなの文句は李夏さまに言ってくれ。




 そんな感じで忙しく過ごしていたある日。

 私はまたもや呉徳妃の注文品である各種恋愛小説の新刊一覧を李夏さまに報告していた。


 どうやらすっかり徳妃宮では女官たちの多くがはまってしまったらしく、ジャンルを問わずあらゆる恋愛小説の新刊を買いあさる勢いとなっていた。さすが金持ち。百花繚乱。薔薇も百合もありますよ。


「――以上の本、全て取り寄せてもよろしいでしょうか?」


 最近ではタイトルを読み上げるのも堂々とするようになった私。もう慣れた。


「わかりました。ではその荷は私が検閲しますから、また例の印を忘れないように。そして荷が来たらすぐに私に報告を」


 李夏さまはいつものようにそう言うと、何もなかったような顔をして去って行った。


 お仕事とはいえ、あの天女のような美しい顔でこの本たち全てに目を通すのかと思うとなんだか申し訳ない気持ちになる。

 でも同時にそろそろ李夏さまも、その涼しい顔の裏ではすっかりそういう本にも詳しくなったのではないかと密かに思ってもいる私だった。


 なにしろ普通の役人には検閲なんてさせられないので、ひっそりと李夏さま自らが内緒で検閲することを提案してくれたのだ。

 そう、上級妃の特別な趣味のものなので、機密扱いなのである。

 そうしてその検閲の結果、李夏さまがさすがによろしくないと判断したものは没収されるのだった。


 うーん、お代は呉徳妃からふんだんにいただいているから損はないのだけれど、せっかくの本がひっそりと捨てられているのは心が痛む。しかし私にはどうすることも出来ない。


 どうやら特に検閲で弾かれがちなのは、やはり百合や薔薇が多いようだ。

 まあさすがにね、この女ばかりの後宮で「百合」が流行ってしまうと……ねえ……。


 李夏さま、職務お疲れ様です。そんな心配までしないといけないなんて。


 天女のごとく美しい宦官が、一人で「各種恋愛小説」にひたすら目を通す姿を想像しては私は内侍長というお仕事の大変さを痛感するのだった。

 でも李夏さまがやるとおっしゃる以上、私にどうこう言う権利はないので、毎回粛々と大量の品を密かに李夏さまにお届けするのみ。


 もちろん私は頼まれたものを調達してお渡ししているだけなので、ぜんぜん読んだことはございませんよ? ええ全く?


 まあそれでも今回も李夏さまの許可が出たので、私はやれやれじゃあまた父さまに手紙を書かなければとその場を辞そうとしたとき、突然李夏さまが言った。


「ところで春麗、その足下にいるのはなんですか?」


「はい? 足下?」


 私はふと足を止めて、思わずぱちくりと李夏さまを見返した。


 李夏さまは、今もいつもの天女のような美しい完璧な微笑みを浮かべていて、何を考えているのかは全くうかがい知れない。が、どうもいつもより若干緊迫している雰囲気がなんとなく感じられる。


 そしてその柔和な微笑みとともに繰り出された言葉は大変不穏だった。


「見えているのですよね?」


「えーと……はて、なんのことでしょう?」


「きゅっ?」


 ちょっと、このタイミングで鳴くんじゃないよ、バクちゃん……。


 私は必死に動揺を隠して笑顔を作ったが、背中を伝う冷や汗は止められなかった。


「今、聞こえましたよね?」


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