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自分の首は大切なため2

 普段は李夏さまは偉い人なので端に寄って礼をして黙って道を譲るのだが、今回私は礼をしたまま、

 

「李夏さま」


 と呼びかけた。


 そして李夏さまがちらりと私の方を見たのを確認してから、私はそのまま李夏さまの後ろへ通り過ぎ、そして近くの誰もいない部屋に入って扉を閉めた。


 するとほどなくして、李夏さまが私の入った部屋に入ってきたのだった。


「あなたはたしか、春麗ですね。何かありましたか」


 そして李夏さまは、その天上の物腰と穏やかな微笑みでそう私に問うたのだった。


 さすが李夏さまである。

 対応が早い。そして名前まで把握していた。

 私は礼をしたまま奏上した。


「実は先日呉徳妃に呼ばれまして、私が商人の娘ということで、次のものを持ってくるようにと言われました」


 ようするにチクリである。

 はい、私はとっとと上に報告をします。

 だって私、別に呉徳妃の部下じゃあないしね。


 私は上司に報告して許可を得ることで、自分にふりかかる責任を出来るだけ軽くすることにしたのだ。

 李夏さまが良いというものだけ呉徳妃に渡す。

 報連相は大事よね?


 私の報告を聞いて、李夏さまはすうっと冷たい目になった。

 この人、いつもは微笑んでいるけれど、そんな顔もするのね、とちょっとだけ驚く。


「……問題は媚薬ですね。主上のお渡りがあったときに使うつもりでしょうか。しかし種類が多い上に麻薬まがいのものまであるのは問題です。何に使うかは聞きましたか?」


「いいえ。私はただ持ってこいと」


「わかりました。よく報告してくれました。あなたの立場では期待に全く応えないのも困るでしょうから、特に害のないものをいくつかだけお渡ししてください。残りは後宮の検品にひっかかって没収されたとでも言っておけばよろしい」


「わかりました」


 そうして私と李夏さまの会話は終わった。

 私は無事、責任を李夏さまにぶん投げることができてほっと胸をなで下ろしたのだった。

 

 別に呉徳妃の所望するものたちを全て用意することは簡単にできるだろう。

 だけれどその薬を使って呉徳妃が何をしようとしているのかはわからないから、何かとんでもないことに使われて、そのとばっちりが私に来るのだけはごめんなのだ。


 呉徳妃の前ではとっさに何も知らないふりをしたけれど、中には多量に摂取すると死ぬ薬もあった。うっかり皇帝が死にかけたとか、呉徳妃が死にかけたとか、そうでなくても徳妃宮の誰かが死んでしまったなんてことがあったら、簡単に私の首は体とさよならしてしまうだろう。

 なんて危険。これは危険。


 でも「李夏さまの指示に従った」という形をとれば、少しは私の首も長く体と仲良く出来るはず。

 呉徳妃がもしも欲しかったものがないとお怒りになって李夏さまに私への文句を訴えたとしても、李夏さまが事情をご存じであれば、きっと上手く調整してくれるに違いない。


 この後宮で起こることの最終的な責任は李夏さまにいくのだから。


 そしてその李夏さまは、いつもこうして宮女たちの訴えを聞いてくださるのだ。

 なんて素晴らしいシステム。

 妃嬪の中には無理難題を押しつける人もいるそうだから、なんと素晴らしいことかとしみじみ思った私だった。


 そんな仕組みがない時代は、泣く泣く権力者に振り回されて、そして理不尽な目にあった人もたくさんいただろうに。


 まさか私がその仕組みを使う日が来るとは思ってはいなかったけれど、その仕組みを作った人は素晴らしい。現代の後宮万歳。

 李夏さまなのか皇帝なのかは知らないが、ありがとう、いい主人を持って私たちは幸せです。


 これからは、何を頼まれても渡すとまずそうなものは「検品が厳しくて~」という言い訳をすればいいかと腹をくくった私だった。

  

 まあその結果、呉徳妃さまには非常に落胆されたのだけれど。

 私が渡した薬品は、とても期待外れだったようで。


「これだけなの?」


 と、ちょっとため息をつかれてしまったけれど、いやいや、私は危ない橋は渡りませんよ。

 このまま無能だということで、もう私を解放していただいても結構です。いや出来たら解放して欲しい。

 

 怒られるだけですむなら喜んで怒られる。将来リアルに首が飛ぶことにくらべたら、そんなの全く苦ではない。もう首さえ飛ばなければいいとさえ思っている。命は惜しい。

 

 それに私はただ、ここにひっそりと潜伏するために来ているのだから。

 なので私はただひたすら無になって、「申し訳ありません」と繰り返したのだった。




 しかし奴のせいで、なんだかしなくていい気苦労をしているような気がしてきたぞ。

 いや奴のせいではないか。奴を忘れられない私のせいだ。

 別に前世でもちゃんと恋人になったわけでもなかったし、ちゃんと結婚の約束をしていたわけでもないというのに。


 なのに未練を断ちきれない自分が嫌になる。

 当の本人はもう、あの綺麗な女性と今世でも結婚しているかもしれないのに。


 そう思うたびに、奴の隣にいるのが私ではないことに胸が張り裂けそうになる自分が本当に嫌になる……。


 この前偶然に会ったあいつは、相変わらず綺麗な顔をしていた。

 もともと顔が良い方だったけれど、ますますかっこよくなっていた。

 きっとこの世界でもモテるに違いない。

 あの前世と同じように……。


 長い間会っていなかったのに、それでも一目でわかった。思わず懐かしさと嬉しさがこみ上げたあの瞬間。

 だけれどあれは、私のものにはならない人。


 悲しさを通り越して怒りが湧くのはこういう時なのね。

 奴は私を覚えていたくせに、それでもあの綺麗なお嫁さんと結婚して幸せそうな顔で暮らすのだ。


 私を、覚えていたくせに。



 くそう……仕事しよ……。


 そうして私はますますお仕事に没頭した。

 お仕事はいい。何もかもを忘れられるから。


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