自分の首は大切なため1
でも聞かれたら答えなければならないのが女官という立場。なのでとっさに、
「……私の所作が少々がさつだった故、父に放り込まれました」
そういうことにしておこう。そうしよう。
ごめん父さま、悪者にして。
でも間違っても本当の理由なんて言えないし、金持ちで仕事が欲しいわけではないのにわざわざ後宮で働いている理由が他には私には浮かばなかったのだ。
そういう理由にしておけば、私が今後少々本当に貴族の娘のような優雅さに欠けるようなことをしても許してもらえるかもしれないし。
「ふうん……? しかし王嵐黎くらいの男だったら娘を妃嬪にすることくらいできるでしょうに。なぜ妃嬪にはならなかったの?」
「私があまりに不器量でがさつなために、妃嬪は無理だとでも思ったのではないでしょうか」
そう、私はがさつで不器量な女なのです、そういうことで。
妃嬪になんてなったら帰れないからごめんです、とは言えません。はい。
「まあ下級妃では妃嬪になっても幸せかどうかはわからないしねえ。一生主上に選んでもらえない人も多いから」
そうですね、そういうことで!
うっかり妃嬪になんかになったら宮廷の何かの行事かなんかに顔を出す羽目になって、そんなことになったら私が一番避けたい皇族である奴との遭遇があるかもしれないのだから、絶対に妃嬪なんてごめんなのである。
そんな本末転倒なことになんて。
なりそうだから腐れ縁というのは厄介なのだ。
この潜伏生活、平穏無事にやり遂げたい……!
「その通りでございます」
だから早く解放して?
そう願ったのに、なぜか呉徳妃は解放してくれないのだった。
「それで相談なのだけれど」
「……はい」
やっぱりわざわざ呼び出した用件はあったのだった。
「王嵐黎は素晴らしい商人で、何でも調達してくれるという話ではないか。だからちょっと怪しげな薬も、頼めば手に入るのかと思ってね?」
にたり。
その顔を見た瞬間、私は自分が苦境に陥ったのを感じたのだった。
なにしろここで断るという選択肢は私にはないのだから。
でも薬とか。しかもこんな内緒話をするみたいにこっそり欲しがる薬とか!
危険なものに違いない。
そんなものには首を突っ込みたくはない。
しょうがない。できるだけ誤魔化そう。
「……薬は私は専門外でございまして、特殊なものは残念ながら……。風邪薬くらいでしたら多分ご用意できると思います」
「専門? そんなものがあるの? 顧客の欲しいものは何でも調達するのが商人ではないの?」
まあそうなんだけれどね、でも限度というものがあるのですよ。
そんな無邪気に危ないものを所望されても困るのですよ……。
「申し訳ございません。薬は命にかかわりますので、規制や資格等、なにかと難しく」
「そこをなんとか出来ないかしら。あのね、これから言うものを持って来てほしいの」
だから出来ないって言っているでしょうが、とは言えないこの上下関係である。
そして特権階級の人は無理を言うのが得意なのだ。知ってた。
もう全然引き下がる気がないよ。
「できるだけご意向に沿うようにさせていただきます」
もう商人としてはそう答えるしかない。
でも私、ただの下っ端女官なんだけどな今……。
そんなことを思いながら、呉徳妃がうきうきと伝えるものたちを必死で暗記したのだった。
だってメモは取るなっていうから。
さて。どうするか。
私も自分の首は大事なので、できるだけ逃げ道は確保しておきたいところ。
特に出世欲もないし、呉徳妃が将来周貴妃を凌いで権勢を振るう可能性は今のところ半々かそれ以下だろう。
となると、呉徳妃の味方だと思われて無理難題を頑張ってこなした挙げ句に仲間として一緒に追放とか処刑とか、そんな未来は絶対にごめんである。
私はただ後宮で、ひっそりと息を潜めて時をやり過ごしたいだけなのよ。
奴を忘れて新たな恋に前向きになるまでの、ちょっとした人生の猶予期間。
ただ忙しく頭を空っぽにしてくるくる働ければそれでいい。
それでもやっぱり上級妃に名指しされての用件は、無視するわけにもいかず。
一応父さまに手紙を書いて、呉徳妃の欲しいというものを用意してもらうことにした。
だけれど。
私は手紙を出してから、李夏さまとお話しするチャンスを探すことにした。
李夏さまはこの後宮の管理をしているお役人、それも一番偉い人。
しかしおおっぴらには探してはいけない。
何事かと周りの注目を集めたくはないのだから。
三日粘って、やっと李夏さまが通りかかるところに居合わせることが出来た。