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呼び出し

 私は気が済むまでは働いて、飽きたら辞めて帰るけど。

 

 この国の後宮は、お仕事ならば普通に辞めたい時に辞められるのが幸いである。

 まあ一般的な女性の仕事に比べたら衛生面も防犯面もお給料面も、全てが恵まれているので積極的に辞める人は少ないらしいけれど。


 そう、この国の後宮はいろんな意味で女性の憧れの職場なのだ。


 下級妃たちは日々そわそわと、いつの日か皇帝に摘まれる日を期待して自分を磨き、そして私たちは黙々とそんな後宮を維持し続ける。


 しかし皇帝は来ない。

 全然来ない。

 ちらとも来ない。


 前回の人生の記憶では、皇帝はたしか色好みの中年だったと思っていたのだけれど、どうも話によるとおそらくはその色好み皇帝は数年前に崩御して、今は全く違う傍流の人が後を継いでいるらしい。

 そうだっけ?


 まあ最近は私もすっかり地方ばかりを回って商売していたから、あんまり気にしていなかった。

 我が国はここ数十年、政治的にも経済的にも非常に安定している。

 安定といえば聞こえはいいが、要はなにも変わっていないのだ。

 だから私たち商人的には、大幅に商売に関する法令や規制が変わらない限りは誰が皇帝でも良かった。


 皇帝は、妙にやる気を出して法令を増やしたり規制し始めたりするよりも、後宮できゃっきゃうふふと楽しんでいてくれればこちらとしては万々歳なわけで。

 普通の役人だったら交渉とか袖の下とかで、いろいろ干渉できるからね。

 皇帝の強権発動が一番やっかいなのよねえ。


 ということで、商売に無害ならばそれでよし。

 でも後宮に来ないならそれも平和でよし。


 そんな感じでのんびりと、規則正しいお仕事生活だったのだ。


 姿を見せない皇帝のせいで、覇権争いもない代わりに楽しみも大してない穏やかな生活。

 そのせいかどうかは知らないが、今、妃嬪や女官たちの人気を一身に受けているのは、宦官だった。


 特に若くて美しい宦官が大人気で。

 まあわかる。それはわかる。私だって今一番人気の李夏さまを見ると、ついむふふと喜んでしまうくらいだから。

 

 李姓が多すぎるせいで、李夏南の名前の最初の夏をつけて李夏さまと通称では呼ばれているこの方は、なんとこの後宮を統括する内侍省の長である。宦官の中でも一番偉いのだ。

 

 しかしその李夏さまは、まるで天女のような美しさ。

 その中性的な美貌が大抵の妃嬪たちよりも美しいのではと言われている宦官でもあった。


 はああ……美しいものを見ると心が浄化されるわね……。


 男性的な背の高さと女性的な線の細さが美しく調和する芸術品のような容姿。つややかな長い黒髪と薄い目の色がまた宝石のようで。

 

 中身はお堅い役人様なのだけれど、なにしろ見目が麗しいので後宮では李夏さまの通った後にはほのかに女官たちのハートマークとため息が漂っていそうな勢いだった。


 だからそんな日々のささやかな楽しみをご褒美に、ひたすら私は頭を無にして黙々と、そこそこ楽しく働いていたのだ。


 そう、呉徳妃に呼び出されるその日までは。


 

 ええ……なに……?

 一体、何で徳妃さまの目をひいてしまったの……?

 

 徳妃といえば、上級妃の中でも上の四夫人の三番目である。ちなみに今は、その上の周貴妃という四夫人筆頭の皇女との二人体制だ。


 瓶底眼鏡とひっつめ髪で、できるだけ地味なモブであろうと頑張っていたのに、どうして名指しで呼び出された……?


 私は、首を体にくっつけた状態で帰ってこられますようにと真剣に三度神様にお祈りしてから、徳妃さまのいる徳妃宮まで赴いた。


 徳妃宮の煌びやかな部屋の中で縮こまる私と美しく着飾った徳妃様。

 なにこれ場違い感がすさまじい。

 しかし顔を上げろと言われたら、女官たるもの逆らうことは許されないのだった。


 呉徳妃さまという方は、まだ十代という話だったけれどとても美しい顔立ちで、そして徳妃という地位に相応しい優雅で落ち着いた態度の女性に見えた。


 たしか呉徳妃さまのお父さまは皇宮でも大物という話。

 ある意味生粋のお嬢様である。まさに生まれながらに皇帝の妃として期待されて育った人という高貴な雰囲気がだだ漏れていた。


 なんだかいい香りが徳妃さまから漂って来ているような気さえするぞ。


 それはそれは高そうな宝石で飾り立てた美しい出で立ちが、とても似合っていて上品。

 なかなか稀少な石もふんだんに使われているところを見ると、合計では大変な額になるだろうと私はちらりと見て値踏みした。


 しかし上級妃である四夫人の一人ともなれば、それくらいは普段の装いということなのだろうか。今まで金持ちにも沢山会ってきたけれど、その中でもトップクラスの豪華さだった。


「……ほう。この私の装いに驚かないあたり、さすがあの王嵐黎の娘ですね。あれほどの豪商の娘がなぜ後宮で働いているのです?」


 なるほど、私は親の七光りで呼ばれたのか。


 でもなぜ後宮かというと、奴との忌まわしき記憶を克服するためです。

 とは言えない。

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