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脱・告白童貞―2

 双楠高校の校門の両脇には三階建ての校舎と同じ高さ程度のクスノキが一本ずつ立っている。外から見ればこの二本の大樹に壮大なイメージを膨らませるが、現在は六月で開花の時期であり、木陰で優雅に寝転がっていると虫がポトリポトリと落ちてきたりもする。

 もう何度も行き来したそのクスノキの間を通り抜け、自分の教室へと走ってきた勢いのまま転がり込んだ。


「はぁっ、はぁあ~」


 息を荒げながら自分の席へと辿り着いた。もう何人かの生徒は教室内で自由に過ごしており、朝のまったりとした空間を各々演出している。

 一番後ろの窓際の席。窓を開ければ涼しい風が火照った肌を撫でつけて噴き出していた全身の汗を抑えてくれる。三階にある教室の窓から外を見下ろしてみると、校門から入ってくる生徒を一人一人観察できた。


「みんな気楽でいいよなー。こっちは今日がまさに運命の分岐点なのかもしれないのにさ」


 そう。今日の僕は平凡じゃない――非凡だ。


「おぃーっす弦二。心の準備はできてるか?」


 朝っぱらからでかい声を上げながら、僕の前の席に座ったのは親友の小田原宗谷。軽薄そうな印象を持たれがちだが、たまに見せる精悍な顔つきに女子の視線を集める事態も少なくない。頭は悪いが運動神経は抜群によく、サッカー部で二年生ながらスタメンに選ばれるほどの実力者だ。

 僕を見て面白がっている宗谷はニヤニヤとしながら話しかけてくる。しかし僕からしてみればちっとも楽しくない。


「この俺が人脈とコネを最大限に使ってお膳立てしてやるんだ。成功させてくんなきゃ困るぜ?」

「それは感謝してるよ。お前がいなきゃこんな事できないしな」


 僕は今日の放課後に告白をする。

 僕が告白する相手――望月玲はこの双楠高校きっての美少女だ。入学当初から男子生徒の注目を燦々と浴び続け、活発な性格で運動神経もよく、学力もあって才女と名高い。成績優秀者の多い生徒会に在籍しており、その美貌は僕ら二学年のみならず、学校中へと知れ渡っている。


 そして僕は何よりも、自分の実力を驕らず努力する望月の姿に見惚れていた。

 成績がいいのは周知の事実で既にわかりきっていることなのだが、毎日放課後の図書室で、ひたすら勉強に勤しんでいる望月の姿を見て、僕は憧れに似た感情を抱いた。いつも周りを明るく照らしつつも、努力を怠らない彼女が僕にはとても大きく見えて、その分自分はとてつもなく小さいのだと感じてしまう。

 望月に近づきたい――ただそんな想いで僕は告白を決意した。


「しかしなぁ~。ホントにビックリだぜ。お前が望月に告白しようなんてなぁ」

「おまっ! あんまりでかい声で喋るなよ……注目されるだろ?」

「そんな肝っ玉ちっせぇおまえだからこそ、俺は更にビックリするんだよ」


 宗谷の言う通りこれまでの僕であれば告白なんて考えもしなかっただろう。僕は手芸部に所属していて、部室の隅っこで黙々と、布と布を縫い合わせていたりしている地味な人種だ。クラスの中でも積極的な発言はしないようにしているし、自分が地味であることは誰よりも自分が一番よくわかっていた。

 宗谷はニヤニヤと笑い、僕をからかうような目で見てくる。


「でもま、お前ってやるときゃやる男だよな。そういうとこ結構好きだぜ?」


 そういえば詩由もそんな事を言っていたけど、あまりやってやった記憶はないんだけどな。


「やる時やっても成功するかどうかはわからないだろ……っていうか成功するって本気で思ってるのか?」

「…………ああ」

「急にテンション下げるなよ! かわいそうな目で僕を見るな!」


 敗残兵がお家に帰っていくのを見守るような悲しい目で、宗谷は僕を見続ける。


「……というより宗谷、おまえ自分のコレに告白の事喋ったろ?」


 右手の小指を宗谷の眼前に持ってくると、先程までのかわいそうな目は急にあちこちへと泳ぎだし、僕の顔を一切見ようとはしなくなった。


「あっ、いや~ついつい口が滑っちゃってなぁ。その場の流れで言っちゃったんだよね~」


 誰にも言うなよ? ――その言葉の数だけ秘密というものは人から人へと伝播する。僕はそもそも一人にしか相談していないから間違いなく原因は宗谷にあるのだけれど、波及していく噂はもうどうにも止められない。


「まあ、それくらいは許すよ。信頼はしてないけど頼りにはしてるんだ」


 僕の為に宗谷が動いてくれたのは事実だ。相手が誰かまでは言ってないみたいだし、それに相手がバレたところで望月に告白した相手なんてもう何人もいるのだろう。期待は捨てきれないが、振られたら敗残兵としてお家に帰れたらそれでいい。


「それはそれで複雑だな……それでも俺は親友の朗報を期待してるぜ!」


 意気揚々とサムズアップする宗谷。この陽気さに励まされたことも少なくない。


「やってみるさ。少なくともおまえの献身を無駄にはしないよ」

「それでこそ我が親友! 今日の放課後だからな。授業中居眠りして寝坊すんなよ?」

「しないって」


 ――チャイムの甲高い音が鳴り響く。宗谷も前を向き、教室にのろのろと入ってきた担任の先生が朝の挨拶を眠たげな声で告げた。


「ねぇ。今の話ホントなの?」


 と、隣からコソッした声が耳を撫でた。


「おはよう坂之下。……ああ、ホントだよ」

「おはよ。へぇ~そうなんだぁ。あんたって自分からは行動を起こさないタイプかと思ってた」


 隣の席の住人、坂之下は机に肘を突き、顔を手の上に乗せて好奇心たっぷりの笑みを僕に向けていた。

 肩までかかる茶色の髪に胸元の軽く開けた半袖のブラウス、太ももを広く露わにする短めのスカートと、典型的な現代の女子高生を体現したような容姿をしている。性格もお気楽で事ある毎に隣の席の僕に無駄話を仕掛けてくる。僕は僕で気楽に話しかけられるし、仲のいい友達のような相手だ。

 だがしかし、この手の話題で坂ノ下と喋りたくない……。


「あながち間違ってもない。告白なんてチャラい奴らの戯れだとこれまでは思ってたよ」

「じゃあなんで告白すんのさ」

「心境の変化ってヤツかな。告白という経験をした僕は、恋という試練の一段上のステップに進めるのさ」

「なにそれキモ」

「フッ。何とでも言うがいい」


 僕の言い分に坂之下は呆れかえっていた。でもそれは僕の思い通りの展開になったと言える。真面目に答えて変に食いつかれても困るし。


「でもあたしとしては残念かな。あんたってあたしと同類かと思ってたのに」

「勝手に同類扱いしないでくれ。っていうか、おまえは何類なんだよ?」

「霊長類」「霊長類」


 即答した坂之下の答えに僕は同じ答えを被せた。


「ぶっはははは。まさか本当に被るなんて……くくっ」

「あんたねぇ~。ふんっ! 振られて現実でも見ろってんだ」


 必死に笑いを堪える僕を坂之下は恨みがましい目で睨んでいた。


「おーいそこの二人、ちゃんと聞いてんのかー? うるせーぞー」


 注意する担任の寝ぼけた声に、僕ら二人は反射的に身体を縮こまらせた。


「「すみませーん」」


 ふぅ、とりあえずはそんなに突っ込まれずに済んだ。でもまだ今日は始まったばかり。今日一日坂之下や宗谷にいじられんのかな……。

 放課後までやかましい時間が続くのかと思うと憂鬱になるけれど、これも自分で選んだ道なのだ。

放課後になるまでの間、外界から干渉してくる嬉々とした声をシャットアウトするために、告白の言葉を何度も頭の中で唱え続けていた。


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