第八話 激昂
新幹線がトンネルに入ると、周囲がざわついた。
そんな事初めてでもないのに、耳鳴りがするとテンションが上がるのは修学旅行だからか。
3−Dの女子集団も、きゃあきゃあと盛り上がった。なっちゃんの姿は、もう見えない。
災難の由真は、素朴な疑問を高宮にぶつけた。
「告られたんだよね?」
普通に考えれば、それだけ自己主張の強い好意の抱き方ならばはっきりと言葉に出さなくても告白と捉えられるが。ともかく、高宮は頷いた。
「1年の秋にな。それからだ、酷いのは。」
「でも、細くて綺麗だよ。だめ?なっちゃん」
「たかみー、自分より背の高い女は嫌なんじゃねーの?」
不機嫌になって否定するかと思いきや、しんと黙ってしまった。
高宮が蝋人形のように固まる。瞳は真剣その物で、何か口にするのを躊躇しているようだ。千裕と由真の目に、何かを期待するようなギラリとした光が宿る。
時が止まったように、2人は黙ったまま見つめていたが、短気を起こした千裕が遂に促した。
「ねぇ、どうなの」
まるっきりロダンの考える人になっていた高宮は被っていた野球帽をさらに目深にしてゆっくりと立ち上がった。一呼吸置いて、声変り中の独特な声で
「便所」
と短く言い残して、そそくさと車両の結合部へ続くドアの向こうへと消えてしまった。
表現しがたい可笑しさを、ふたりは密かに共有してニタニタと見送った。
車内スピーカーから、車掌の気だるそうなアナウンスが流れる。
―――間もなく新横浜です。お出口は左側です。この列車はひかり460号、東京行きです・・・
由真がはっとする。
「富士山見るの忘れてた」
「あ・・アタシも」
にわかに呑気な雰囲気になり、自然と解決策も出た。
とにかく詩織に伝えてもらおう。高宮は別に好きじゃないって。きっとそれさえ伝われば悪い子じゃない。そう思うことにした。
「たかみー、多分好きな女子居るよね」
「すぐ判るよ」
「三角関係だぜ?昼ドラじゃね?」
肩を震わせて笑っていると、長身の女の子がツカツカと歩み寄ってきた。
荷物を取りに来たのだろう、なっちゃんは仏頂面のまま背伸びをすることもなく荷物棚の小物バッグを降ろした。そのまま行ってしまうと思いきや、吊り目気味の一重まぶたをカッと開いて千裕を見た。突然睨まれ、あの千裕ですらちょっと身じろぎした。
「ねぇ」
驚くほど冷やかな声だった。
「千裕にも言っておくけど、この子最低だから!あんまり喋ってると後悔することになるわ!忠告しておくからね!キチガイよこの子!!私を貶めようとしてるの!!!」
段々語勢が強くなり、最後の方など半ば絶叫していた。12号車の生徒全員が驚いてなっちゃんを見る。ミチハルは他の車両に居るようだ。よかった・・・。
般若のような形相でそれだけ言うと、なっちゃんは踵を返して戻ろうとした。
と、由真のすぐ後ろでもう一つ。
―――女のヤクザがいたらそんな感じだろう。いやにドスの利いた声が、由真の背中を越えてなっちゃんの後ろ姿を捕らえた。
「オイ!!てめぇ!キチガイだと?!!差別用語だろうが!!謝れブサイク!!」
言いながらポテチの袋を床に叩きつけて千裕がなっちゃんに掴みかかった。言葉遣が荒いのは毎度の事だが、それにしても千裕はどちらかと言えば温厚というか、ともかくそんなに怒る方じゃない。その千裕が、今にも殴り掛らんばかりの剣幕でぶちギレている。
「はぁ?」
なっちゃんも負けじと高い所から見下ろすように千裕を睨みつける。
女子集団がオロオロして彼女を止めに来たが、しかし振り払われた。数人が脱兎のように他の車両へ駆けだす。先生を呼びに行ったのだろう。
「由真に謝れっつってンだよ!たかみーだって迷惑してんだ!!いつまでも付き纏いやがって!」
12号車全体に(由真も含め)”オイオイやめてくれよ”という空気が漂う。
運悪く隣の車両結合部にいたミチハルと高宮が、何事かと覗きに来てしまった。
コレ何ていう昼ドラマ?
高宮が一瞬で揉め事の原因を察し、来るんじゃなかったという顔で俯いた。
ミチハルの方は何が何だか分からないようで、掴み合う二人と高宮を交互に見つめている。
ミチハル以外の全員が修羅場を予想したが、隣の11号車から先生達がバタバタと飛んで来た。
蛇とマングースのように睨み合う千裕となっちゃんを引きはがすと、坂内先生は事情を訊くために二人を11号車に連行した。気が付くと高宮は居なかった。どさくさ紛れに何処かへ行ってしまったのだ。
ミチハルは?一緒に何処かへ消えたのだろうか。
いや、由真の真後ろに立っていた。
「隣いい?」
ミチハルの思いがけない問いかけに由真は二つ返事で頷く。
生徒たちは皆、落着きを取り戻していた。