第六話 改札口にて
―――午前7時36分
JR豊橋駅は、西部中学校の三年生がジャックしているようだ。
30分前に施設を出た千裕と由真は早速コンソメ味のポテトチップスを一袋開け、
駅に着くころにはすっかりお腹いっぱいになっていた。
と、集合場所の在来線改札口に、見慣れたツインテールの美少女が居た。
空色のカッターシャツにデニムのパンツ、腕にはシルバーアクセサリーを付けている。
まるで出張に行くキャリアウーマンだ。旅行用のキャリーバッグも、シンプルでかっこいい。
「由真ー。千裕ぉー」
「おはよー」
「よーっす!つかOLじゃね?!」
「いいでしょ。由真もかわいいじゃん」
詩織くらいの美少女に可愛いと言われると、それだけで自信が沸くものだ。
今日は自分で髪をお下げにしてきた。
「マジで?昨日千裕と買いに行ったんだ」
「え〜!気合入ってるなぁ由真」
ふと気になって、由真は内緒話のように声をひそめた。
落ち着きなくきょろきょろとそのへんを見回す。
「・・・ミチハル、もう来てる?」
「居るよ。ホラ」
詩織の指さす方向に、デザイナーズTシャツをラフに来た爽やかな少年が居た。
スタイルの良さ故なのか、Tシャツにデニムというありふれた格好でも妙にお洒落である。
千裕がミチハルを一目見るなり、ふーんと呟いた。
「ミッチー、いつもより普通じゃねぇ?」
「そうでしょ。制服よりこっちの方がもてそうじゃない?」
「あハハッ!!っつーか高宮小学生じゃん!」
「たかみーはしょうがないよ。小っちゃいし」
ミチハルと喋っていた”たかみー”らしき男の子は、どうやら詩織たちの声が聞こえたようでくるりとこちらを向いた。
なるほど、背の高いミチハルと並ぶと小学生みたいだ。
たかみーは不満顔になり、わざと足を鳴らしてどしどしと向かってきた。
――ミチハルと一緒に。
「おい!ふざけんなよ!!ミチハルがデカイだけなんだよ!」
はいはい、と詩織たちが流す。
由真とミチハルの距離は、わずか1メートル程だ。こんなに近くに立っているのは初めてかもしれない。
「ねぇ、水澤由真」
柔らかな声音が、右隣から聞こえた。
由真はどきりとして体ごと右を向く。 ふわり とミントガムの香りがして、胸が高鳴った。
「こないだ坂内先生に怒られてたでしょ。詩織と」
「うるさいなぁ」
”由真”でいいよ、と言わなくてもミチハルはそう呼んだ。
「うるさかったのは由真の方だよ。面白かったけど」
「面白かった?・・・えっ!!?」
由真の顔が一瞬凍りついたのち、頬が物凄い速さで熱くなっていった。
赤面しているのが、自分でも判る。
「みっ・・ミチハル何話してたか聞こえたの?!!」
昂ぶってしまい、語尾が震えたようだった。
由真のタダならぬ狼狽ぶりに、ミチハルは驚いて数秒真顔になった。
詩織たちもポカンと口をあけて、由真を見ている。
何やら重い沈黙が10秒程あっただろうか。
ミチハルは由真を真剣に見つめたまま口を開いた。
「・・・なんで僕の名前知ってんの?」
ミチハルはどうやら天然だということを、皆が悟った。
遅れて、由真の頭にも言葉が戻ってきた。
「・・・・・・・・・なふだ・・とか・・え??」
「あーーーーーー!なるほど!!」
可笑しくて、由真は何となく笑った。
間もなく先生の号令が掛かり、詩織が一応班長らしい行動をとった。
「あ、行くぞみんな。整列だって」
「うぃーす。行くよ由真、天然ミッチー」
「天然じゃない!」
様々な思いが駆け巡る中、由真は今ミチハルと交わしたセリフを思い返していた。
―変な奴だと思われたかなぁ、急に慌てて。
・・でも、ミチハルだって変だし。変と言うか、天然だし。
大丈夫だよ、きっと。
まだ宙に浮いているような気持で、由真はひたすら自問自答していた。
でも、あの日の音楽室で感じたミチハルへの親近感のようなものは、やっぱり嘘じゃない。
・・・それは確信できた。
それから間もなく、新幹線ひかり460号は東京駅へ出発したのだった。