表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/28

第三話 音楽室

由真は最近一人の男子が気になっていた。

一昨日の、あの時からずっと。


始業式の日に千裕に眉を整えてもらってから、由真にようやく年頃の女の子としての意識が生まれた。

自分で言うのも何だけど、けっこう身綺麗になったと思うわ。

少なくとも、あの天パーに文句を言われない程度には!!


ちょっとだけ自信を取り戻した由真はつまり、

ひとりの女の子として気になっているのである。その男子が。


 

桜井 満晴さくらいみちはる


ちょっと背の高い、色白の男の子だ。

茶色の猫っ毛に、茶色の瞳。優しそうな、くりっとした二重瞼。



・・それらの要素をもってしても何故か彼は女子に人気がなく、いつも憂鬱そうな顔をしていた。

周りに漂う雰囲気も、どことなく地味で暗い。

かく言う由真も、音楽の授業まで全く彼の存在に気付かなかったのである。

そう、彼がピアノを弾くまで。




―――二日前、クラスの離れてしまった千裕にアドバイスを受けた。



「イケメンを捕まえたかったら、おしゃべりになりなよ。いっくら可愛くても暗いとモテないよ」


イケメンはともかく、友達が多いに越したことはない。

どうやら自分は無口なほうであると気付いた由真は、できる限り喋るようにした。

女子とのお喋りに参加しなければ、お高くとまっていると思われても仕方ない。

あの日からすっかり気に入られた詩織は良いとして、このクラスにもお決まりの”女子集団”

というものが在った。

その子たちに万一目をつけられたら、堪ったものではない。


そう思っているにも拘らず、一時間目が終わると同時に由真は

つい、さっさと次の教室へ向かってしまった。

束の間の”ひとりきり”を満喫したかったのかも知れない。

一番前の長机に、リコーダーと教科書を置く。

ふと見ると、ピアノの鍵盤の鍵が開いている。



もしも弾けたら、勝手に弾かせてもらうんだけど。



生憎、無教養で育った由真に弾ける曲など”猫ふんじゃった”くらいだった。

譜面立てには”summer”と走り書きされた、わら半紙がある。

タイトルの下の五線たちには目の回るような数の音符が鉛筆で書かれていた。

ふーん、先生のかな。 と、それらを知った様な手つきでパラパラと捲った。


すぐに飽きて席に戻ろうとした由真は、一人の男子生徒がすぐ傍に立っているのに

やっと気がついた。



「わぁっ」


思わず、驚いて声を上げた。


少年もびっくりしたように大げさに口を開け、目を見開いた。

先日の失礼な天パーとは、どうやら違う人種のようだ。

おどけた様に首を傾げ、少年は尋ねた。



「何してるの?何か弾くの?」


「いやいや、弾けない!弾けない!」


「授業前のピアノ(ここ)は、僕の特等席だよ」


「それは・・失礼」



何だかやけに品の良い男の子だ。いい所のお坊ちゃんなのだろうか?

さっさと席に戻り、やることも無いので教科書を開く。

ちらほらと人も増えてきたが、少年は構わずピアノを弾き始めた。



あ、聞いたことある。映画か何かの曲だっけ。



顔を上げて、どんな顔で弾いているのか見たくなった。

真剣その物という感じで、由真の視線も気にならないようだった。



ふと、音がはずれた


あら、と思って教科書に目を戻そうとした時、一瞬だけ目が合った。


 照れ笑いしていた。


由真も”にやり”として答えた。


自分の演奏を聴く由真の存在を、認めてくれたようだった。

きまり悪そうに譜面を束ね、立ち上がるといちばん窓際の席に着いた。



ほんの些細なことだっただろう。

けれど、由真の心にはこのとき確かに種が蒔かれた。


純粋に嬉しかったのだ。

普通に接してくれる男子に、久しぶりに出会ったのだから。

だから恋ではないのよ、きっとね。


誰が聞いている訳でもないのに、その日は、施設に帰ってからもずっとそう思っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ