第二十七話 悪女
夏がどうして暑いのか、小学校の時理科教師に教わった気がする。
それは太陽と皆の住む日本が最も接近する季節だからですよ、と。
理由が分かった所で涼しくなるわけでもないので、毎年近づいてくる太陽を疎ましく思っていたものだ。去年までは。
「っつーか何でスイカに塩かけるの?!面倒くさくね?」
種すら一緒に飲み込むほど無神経な千裕が、由真の食べ方に疑問を差し挟んだ。
「こうすると甘くなるんだよ。千裕も種くらい出せばいいのに。盲腸になっちゃうよ?」
「残念でした!盲腸は2年の時に切ったもんね。平気平気」
「ふーん・・。まぁ、栄養はありそうだけど」
呟きながら由真は、千裕が食べた後のスイカの皮をしげしげと見つめた。
猛暑とは言え、7切れも食べてお腹壊さないのかな。
残ったスイカの皮をお腹を空かせたカブトムシが居る水槽に落として手を拭いていると、食堂に小学生たちがなだれ込んで来た。
行儀の良い女の子たちは、自ら手を洗ってニコニコしながら大皿のスイカに手を伸ばしている。
なんだか微笑ましい光景だと思う。
「あー!!ちひろ達が先に食べたー」
「ちひろのデブー!!」
泥臭いバケツを提げて来た小学校4年生の裕也と健太が金切り声を上げて抗議した。
近くの河へ行ってきたのだろう、二人ともハーフパンツの裾がビショビショになっているし真っ赤に日焼けしている。
例のごとく、千裕がどやしつけた。
「うっせぇガキ!!手ぇ洗ってこい!まだいっぱい有るだろ!」
どうやら最近は千裕が怒鳴っても効き目が無いようで、何も聞こえなかった様な顔で泥バケツをその辺に置いてそのままスイカをシャリシャリと食べ始めた。
「こら!手を洗ってから食べなさい!」
二人の背後から、厳しい声がした。
神崎先生に叱られると、二人は手洗い場へ直行した。一番優しい神崎先生だが、怒ると一番怖いというのも二人は散々見てきたので。
と、先生が窓の外を注視したかと思うと、下を指さして千裕を呼んだ。
「千裕ちゃん、あの子お友達でしょう?ほら・・誰だっけ??」
「誰?よっしー?」
「嫌だわ、名前が出てこないの・・・男の子よ。色が白くて、ほら!一度ここのピアノでカノンを弾いてくれた子」
千裕が〝ああ、ミチハルか”と言う前に、由真の瞳がまんまるになった。
自分がココに住んでいると知れたら、やっぱりミチハルも同情するのかしら。
それとも何とも思わないのかな?千裕とはもう友達な訳だし・・いや、でもなんか嫌だな。ココに居るのを見られるの。
「由真、早く行くぞ」
おしぼりを握りしめて茫然と座る由真の腕をぐいと掴む。
顔を見ると、やはりニヤニヤしている。完全に面白がっている。
抵抗するも腕を引っ張られ、足をよたよたさせながら階段を下りて・・気付いた。
「ちょっと・・・ちょっと待って!!私これパジャマ!」
由真の声が廊下に木霊したが、すぐにこんな返事が返って来た。
「別に気にしないよ由真ー」
とても優しげな、いつもの柔らかいミチハルの声。
踊り場から下の階を見降ろすと、制服姿のミチハルとばっちり目が合った。
口がぽっかりと開き、思考が停止してしまった。
あんまりだ。せめて普段着に着替えていれば良かった。
「おはよー。寝起き?遅いね」
少し笑って、それからいつも持ってるあのバインダーを開いて、なにか白い紙を取り出した。
本当に、どこへ行くときも持っているのだ。
「由真と千裕も来るでしょ?キャンプやるって」
「・・・キャンプ?クラスで??そんな話出て無いよ」
「先生には内緒のやつだよ」
「内輪だろ。今年もやんのかよ、わざわざチラシまで作りやがって」
A4サイズの普通紙には、いかにも初心者がエクセルオフィスで作ったような"お泊まり会の案内"が印刷されていた。
胸が躍る。何て良い夏休みだろう、きっと楽しい事ばかりに違いない。
「テントとかは?第一、阿部先生たちには何て言うの?」
「毎年ミッチーんちのロッジでやるんだよ。先生には学校行事とか言っときゃ良くね?」
「ロッジ!!?」
「こいつの家超金持ちなんだぜ」
金持ちなんだぜ、と言われたミチハルは少し複雑な顔をして顔を伏せた。
「そんなことないよ」
と、決まり悪そうにファイルの留め具をパチンと閉じる。
「他に誰が来るの?」
「あと、佑介と・・詩織も誘ったんだけど家族旅行だって」
「それと・・・佑介が森下も連れて来るって言ってたけど・・」
ついに皆に言うのかな?
・・・まあ、いつまでも皆に隠してるのはしんどいだろうし。
「・・・・・?どうしたのミチハル?」
なんだか浮かない顔だ。
申し訳なさそうな口調で・・・
----ミチハルは信じられない言葉を口にした。
「森下に・・・先月・・告られたんだ。・・どうすればいいのか分からないよ、ホント」