第二十話 答え探し
「お帰り由真ちゃん、進路はもう決めたの?」
くすのき厚生館の伸びきった生垣を大きなハサミでバサバサと切り落としながら、阿部先生は帰ってきた由真に笑顔で訊いた。
「わからない」
目も合わさずに下駄箱を開けてスリッパを出す。
分からないと言うより、もうどうでも良かった。今から勉強した所で入れる高校なんて今と大して変わらないだろう。
奨学金だって貰えるかどうか判らない。登校拒否児だったし。
もう私に期待できるものなど、何も無いのだ。
終始俯いたままの由真を見て、阿部先生は的外れな慰めの言葉を掛けた。
「焦らなくても良いんだよ。やりたい事なんてそのうち見つかるから・・・」
聞こえなかった振りをして、足早に自分の部屋へと向かった。
やりたい事など見つからなくても良かった。今までずっとそんな事考えなかった。ただ、はぐれ者になりたくなかった。
普通に勉強して、何の心配もせず自分の行きたい高校を選んで―――
一軒家じゃなくても良い。家族全員が一緒に住む、ごく普通の家に帰りたい。
ちょっとくらいずぼらでも良いから、毎日ご飯を作ってくれて、優しいお母さんが欲しい。
仕事ばかりでも良いから、お母さんに一途で浮気などしないお父さんが居て欲しい。
それが無い物ねだりだとしても、時に他のクラスメイトが死ぬほど羨ましく思えた。
歩美も千裕も、この施設の子供たちは皆同じ境遇なのに一体どんな事を考えているのだろう。
この不条理の底辺で、まるで打ち捨てられたゴミのように寄せ集められて、それでも普通の人と呼んでもらえるのか・・・?
一番必要としてくれる筈の両親に、私たちは捨てられたのだ。
残された道など、一生人を信用しないか、愛情を求めて道を誤りやがて廃人になるか・・・
その二つしか考えられなかった。
努力なんて然るべき人がしてこそ実になるものだと、そう思えてならない。
何をどうしようと、八方ふさがりではどうしようもないに決まっているではないか。
その考えに根拠はないけれど、今の由真は誰が何を言おうと立ち直れそうになかった。
転校、引っ越し、虐待からの保護という様々な環境の変化に疲れていたのかも知れない。もう誰とも口を利きたくなかった。
荷物を乱暴に置いてベッドに潜り込むと、掛け布団をむちゃくちゃに殴りつけて嗚咽を堪えた。
―――音大付属なんて落ちればいい。何かの間違いでミチハルが私と同じ高校に行けばいい。
起こるはずの無い事だったけれど、そう願わずには居られなかった。
自分が最低な人間になった気がした。
その夜、由真は久しぶりに一晩を悩みぬいた。
同室の千裕と歩美が心配するほど、口数が少なかった。
どうにもならないことや、叶う筈の無い願い事について考えるのは苦痛でしかなかった。
けれども、由真は何かを見出そうと考え続けた。
ミチハルへの想いだけは、確かに誇れるものだから。