第十一話 告白
ところで由真たち3年生御一行は、銘々の大荷物にタグが付いている。
各自がそれに名前とクラスを書いて、担任にホテルの部屋番号を割り振ってもらう。
配送業者に、各自の部屋に届けてもらう為だ。
そのホテルの部屋は名簿番号順に割り当てられた訳で、(生徒たちに自由に組ませると何かと問題も多いと思われたのだろう)つまり個々の希望通りではないのである。
そう無情に、事務的に、五十音順に部屋が決められた訳で・・・。
16時30分
ホテル日航東京に、西部中学校御中はバスにて到着した。
既にお土産をたくさん買った者も居れば、フジテレビ周辺でひたすら誰かを待ち伏せしていたつわものも居た。
由真たち賑やか集団は、ほぼ半日掛けてパレットタウンを満喫した。
由真はなっちゃんの名字などすっかり忘れていたし、下手をすればホテルの部屋割が名簿順だということも忘れていた。
ただただ、夕食のバイキングの事と、ミチハルの事しか考えていなかったのだ。
この広い、西洋の洋館のようなホテルのロビーに名簿番号順に並ばされるまで、由真は全く気付かなかった。
すぐ真後ろに、なっちゃんが居たことに。
後ろを振り返らなくても痛いほどの視線を感じていた。メデューサに睨まれているみたいだ。
心なしか、首筋が石化しているような気がする。石像になりかけながら、由真は小さな望みに縋った。
3人で一部屋の筈だ。
先頭から順に3人で分けているとすると、私の名簿番号が3の倍数ならば丁度なっちゃんと私の間で切れる訳だ。
―――と、考えると同時に由真の希望は断たれた。
坂内先生が近づいて来る。
前方から、3人に1人、部屋のカードキーが配られる。
由真の目前で、一つのグループが出来た。ポン、と由真の手の平にカードキーが渡される。
「19、20、21。水澤、宮間、森下ね。はいコレ」
”1216”12階の16号室だ。せめて近くに詩織が居ればと思ったが、番号順でいくとエレベーターを挟んで向こう側の14号室だった。
不幸中の幸いは、森下亜紀が比較的大人しくて個性の弱い女の子という事だ。
地味だけど清楚で、セミロングのつややかな髪を後ろで一つに結んでいる。
文庫本を読むのが好きらしく、気が付くと教室の傍らで読んでいる。そんな女の子なのだ。
何だか彼女も気の毒な気がしたが、流石に面と向かっては言えまい。
解散後、渋々という雰囲気丸出しでなっちゃんは付いて来た。亜紀は、ただにっこり笑ってよろしくね、と言った。
おっとりしてて、付き合いやすそうな子だ。ちょっとだけ癒された。
なっちゃんは部屋に着くなり、大きなバッグを持ってさっさとどこかへ行ってしまった。
当分ここへは戻って来ないつもりだろう。
「由真ちゃん」
不意に、亜紀が不安げな顔をした。
「ん?」
「あの話、違うよね?なっちゃんが言ってた事。私どうしても信じられなくて・・・」
「あの・・・?高宮君の事?!全っ然!!!」
思わず、頭が壊れそうなほどブンブンと首を振った。
その直後の亜紀のほっとしたような表情が、全てを由真に悟らせた。
―――モテるな・・・高宮君。確かにちょっとジャニーズ顔かも知れないけど。
「そっか・・・大変だね」
何が大変かは、きっと彼女自身が痛感しているだろう。
しかし亜紀はただ静かに微笑んだ。
「ううん嬉しいの。私も佑介の事好きだったから・・・なっちゃんにはゆっくり分かってもらおうって昨日、二人で」
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。
もちろん聞き間違いではなかった。
亜紀は真っ白な頬を微かに赤らめて、下を向いた。
「・・・家、向かいだからすぐに会えるの。それで昨日・・・告白されて」
度肝を抜かれた由真は、思わず周りを確認した。この場になっちゃんが居たら、文字通り修羅になってしまう。
ダッシュしてドアの鍵を確認する。念のため、チェーンまで掛けて戻って来た。
「ビックリした・・・全然気付かなかったよ」
「しょうがないよ、由真ちゃん転校したばかりだし。幼稚園からずっと好きだったの」
初々しくて、自然と笑みがこぼれた。
今すぐ亜紀を高宮の所へ連れて行って、皆で盛大に祝いたくなった。
高宮の照れながらも嬉しそうな表情が、目に浮かぶようだ。
「大丈夫だよ!きっとなっちゃんも分かってくれるって!詩織に相談しよう!!」
ポップコーンが弾けるように立ち上がり、亜紀の手を取った。
亜紀はちょっと驚いたが嬉しそうに、でも落ち着いた声で言った。
「ごめん。まだ皆には言わないで・・・ゆっくりでいいの」
由真はちょっと残念だったけれど、その言葉に納得せざるを得なかった。
「そっか・・そうだね。でもおめでとう。幸せにね」
何だか結婚式のような言い方になってしまったが、それもめでたさを倍増させて、関係ないのに仲人の様な気分になった。
新婦(亜紀)はお礼を言うと、頬に手を当ててドアチェーンを外しに行った。
何て告白されたのか、後で訊こう。良いよね?それくらい。
その時は私もミチハルが好きだって言うからさ。
その後も二人は、夕食の時間まで恋の話で盛り上がっていた。
互いの事は、いつの間にか呼び捨てになっていた。