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第十話 幸せ

「よーす。由真、大変だったんだって?詩織A組の所にいて知らなかった」


呑気な班長が、東京駅に着いた途端に戻って来た。

しかしセリフとは裏腹に深刻な表情を浮かべている。なっちゃんを誘った事に責任を感じているのだろう。詩織のせいでは全く無いのだが。


「大丈夫。でも千裕が心配」


「さっき二人見たよ。なっちゃん、他の子の班に行ったらしいよ」


「本当に?良かった。失礼だけどさ」


言っているうちに千裕がふくれっ面で合流して来た。右手には二つに折り畳んだ400字詰め原稿用紙が数枚。由真は俄かに申し訳なくなった。


「ごめんね千裕。それ・・反省文だよね?」


「あ?由真は全然悪くねーよ。ほんっとムカつく!あのツリ目!!」


先刻よりは大分落ち着いていたものの、地団駄を踏んで怒っていた。

千裕の正義感には頭が下がる。人って見かけに依らないものだ、本当に。


「由真、あれから里ちゃんと何か喋った?」


「さとちゃん?」


「里峰弘。あの〜・・由真に突っ掛かって来た男子」


詩織が急にそんな事を聞いた。

クラス替え初日の、あの嫌な奴か。天然パーマの。


「ううん。・・・別に喋りたくもないよ、あんな奴」


「ちょっとは気にしてるみたいだよ。気が向いたら話してあげてよ」


詩織は大抵の同級生と仲が良い。彼女の人徳であろう。なっちゃんですら詩織にだけは口答えしない程だ。

そして、ある意味で権力とも言えるその人気の高さをちっとも鼻に掛けないところが、詩織が詩織たる最大の美点に違いない。

成績に関してはごく平均だが、運動神経も良いし、性格も良い。見た目に関しては、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・

という古い言い回しがしっくりくる程の申し分ない容姿だ。

どちらかと言えばヒマワリのような気もするけど。

・・・まぁ、それはともかく。


「本当?・・・わかった。今度喋ってみる」


「そうしてやってよ。・・ところで由真たち、お台場は誰と回るの?」



「え?班行動じゃねーの??」


すかさず千裕が口を挟む。


「違うよ。自由行動だってさ」


「私も聞いてない。詩織はどうするの?」


「詩織は彼氏と回る」


臆面もなく詩織は言った。

由真は少しびっくりしたような寂しいような気持になったが、当然と言えば当然な気がした。


「由真はミチハルと?」


「・・そうしたいけど、どっか行っちゃった。千裕と回るよ」


「おう!ミッチーなんてほっとけほっとけ。ついでにA組ウチのクラスの女子も誘おうぜ」


「そうだね!賑やかに行こうか」


「そっか。じゃあウチの班は点呼取ったから行っといでよ」


「うん。じゃ、また後で」


「じゃーなー詩織ぃー」


その言葉の通り新たに4人加わり、千裕と由真を含め6人でお台場を見学することになった。

千裕と同じ女子テニス部の小柄で陽気な桜井陽子、同じく女テニのお調子者である清水藍子、ボーイッシュで女子にモテそうなあずまみなみさん、

そしてA組でも千裕と一番仲が良いよっしー(吉住友里)、なかなか個性のあるメンバーだ。

新幹線の失敗が(由真に原因はないが)頭を過ったが、どうやらこの4人は気さくな女の子で終始くだけた雰囲気であり、由真はすぐに打ち解けた。


すぐにひょうきんな陽子と藍子の二人が張り切って漫才を始め、皆が機関銃のように笑い転げた。息が出来なくなるほど、笑った。


由真は幸福だった。


たくさんの友達、信頼できる人間、大好きな人。

それらは子供時代が終わりに近づくにつれて、もう諦めかけていたものだった。

もうすぐ15になるのに、しかしやっと今になって、初めて由真は思った。


――― 子供のままで居たい。中学の3年間、ずっとここに居たかった・・・。


いつの間にか水澤由真は、寡黙で大人しい女の子ではなくなった。

よく喋り、よく気の利く利口そうな女子。最近痩せて、ちょっと可愛くなった女子。

お台場見学を終える頃には、そんな言葉がぴったり合う柔らかな笑顔の由真がいた。


―――なんか笑い方ミチハルに似てるな・・・


千裕は何となくそう思ったが、本人に言うのは止めた。

あまりに幸せそうで、何も言わなくても良い気がしたからだ。

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