1-9 三様
嵐の如く現れ、嵐の如く飛び去って行った奇術師。嵐の通った道の上で、ヨミはぼやく。
「おかしい、昨日より疲れた。」
「なんでですか。昼もいいとこですよ。」
「いや、あいつの隣にずっといりゃ疲れんだろ。」
ヨミは体質上、肉体的な疲労は存在しない為にその分精神疲労が多い傾向がある。そんな気がする。
「あなた、オズと一緒にいるなんて、超貴重ですよ。」
「俺にゃその有難味は分からんな。」
未だ恨めしい目で見ているユラ。
「だってだって、人生で一度会えるかどうかの人間ですよ。」
「お前は白塗りの変人と愛する勇者様のどっちを取んだよ。」
「は、勇者様ですが?」
「じゃいいじゃん……」
安定の即答。ライクに何の執着があるのだろうか。
「で、お疲れのヨミさんはこれからどうすんですか。もっかい出てお金使い果たそうなんて思ってないでしょうね。」
「んな気分じゃねえって。次何に絡まれるか分かったもんじゃない。」
首を振って否定を示す。どうにも情報量の多いこの世界で慣れない街を無闇矢鱈と歩くものでもない様に感じた。
しかし、そんな情報過多な街を歩いて、気になる事が無かったかと言えばそんな事も無く、
「しっかしあれだ、勇者様ってのはやっぱ知名度の幅広いやつだな。」
「何度言やいいんですか。知らない奴がどこにいるんだってんですー。」
「いや、知名度もそうなんだが……個人情報のよく漏れた奴だなっつー話だ。」
「ちょっと話の意味がよく見えませんけど?」
「俺もまあまあ分かってねぇよ。あの変人の話は言葉選びがメンドくせぇんだ。」
「きっと、あなたの読解力の問題でしょーね。それか基礎知識が圧倒的に足りないとか。」
「そんな信用薄いかよ?!」
─────
オズも当然の事、ライクを知っていた。それも、ただ名前を知っているという訳ではなく、ライクの魔法に関して自分も知らない知識を持っていたのだ。
事実、ヨミはライクとは出会って数日の間柄だ。彼がこの世界でどれだけの素顔が知られているかは定かではない。それでも、オズの声音は噂に聞き及んだだけの様には感じない。先程の様子を見るに、過去に会った事もある風にも見えた。その時に色々知ったのだろうか、それとも何か───
「あいつ、マジで何なんだ……謎まみれだったし、何考えて喋ってんだかもイマイチ掴めねぇ。」
オズの話では、ライクは魔法に疎いという事。そんな話は仲間である自分でも聞いた事が無い。それを知るオズが特殊か、自分が異色か。それすらも知り得ない辺り、やはりヨミは知識が足りていない。
「それに、剣も───」
剣も、何も。確かにオズはそう言った。聞き間違いとあしらっても、とも思う。だが、あのオズの口振りは、それまでの戯けた様な感じはない。
魔法だけでない。何もかもが足りない。その言葉に含んだ意味もあまり理解出来ていない。僅かな間だかライクと共に戦った経験からは、彼の剣に劣った部分はヨミの目には分からない。勿論、剣など握った事も無い全くの凡人から見た評価ではあるが、少なくとも先日の番所での戦闘にライクの見劣りは無いと思う。
と、無いないづくしの回想の後に更に気にかかるのは、オズの語った勘というやつだ。
また、会う気がする。その一言が脳内で木魂する。この時点で怪しさは満点であるが、その上で更に重ねた言葉が『良かれ悪かれ』だ。何があるのか、『良かれ』であれば良いのだが、オズの言葉に含まれた『悪かれ』がやはり背筋を撫で付ける。そもそも出会う機会が二度と来なければ最善だが、オズの謎の現実味はどうしても脳裏に焼き付いて離れなかった。
「今後一切あの顔を見ません様に。」
ついでに悪い事が起きない様に、小さく、遠くに祈っていた。
─────
「勇者様ー、お出かけしーましょー。」
ヨミが天井を見つめてぼけっとしている間、隣の部屋の扉にノックの音が鳴り響いていた。
「何だ? 今、剣の手入れをしていた所だが……」
「あー、それは……すいませんでした。」
部屋からライクが顔を見せる。ライクの背の後ろ、部屋の奥には剣が置かれていた。
「では、終わったら一緒にどこか行きませんか?」
「それは、構わないが。」
「それじゃ、あたしは待ってるんでー。」
短く要件を残して、すぐに声の主は部屋から離れる。
部屋に残ったライクは、再び作業に戻った。
横に置かれた剣を片手に取り、もう片方の手で『命』を奪った刀身を磨く。その合間、度々目を閉ざして深く祈祷を捧げる。
「─────」
とうに血の拭われた鋼には、いくら磨こうとも拭えない『命』の感触だけが色濃くライクの心底に日々募り続ける。
───32。
昨日、自分が手に掛けた『命』の数。この剣が味わった血の数。罪のない一生が失われた数。
この剣がライクに自身を握らせた時から、ずっと。ただ能に沿って生きる者たちの『命』を奪い続けた。幾千、幾万、斬り続けた。
これが、正しい事なのか。分からぬままに背負った使命、背負わされた使命。それに従い、魔物を倒す。
────せめて、自身が奪った『命』だけは忘れない様に、失われた『命』に報いる様に。日々剣を磨きながら、せめてもの追悼を。
これが、ライクなりの『命』に向き合う日課だった。
─────
「あっ、勇者様!」
「待たせた。さ、行こうか。」
宿屋の受付前の空間へと来てみると、魔女帽にローブの少女が待っていた。此方に気がつくと真っ先に飛びついてくる。それを適当に流して外へ出た。
「何処に行くのかは決めているのか?」
「勇者様の気の向くまま、風の向くままっす。」
「そうか。昼食が取れる場所でも探してみるか。」
「勇者様の行きたいとこならどこでもっすよ。」
まるでユラのノープランを理解していたかの様に案を掲げる。それから再度、具体的に目標を考え始めた。
宿を出て、右を見て左を見る。右に進めば昨日の番所へと繋がる道だ。番所に近づく程に街の中心になっていく。中心部には様々な施設が在る為、食事処も直ぐ見つかるだろう。
二人の共通の見解で、何を言わずとも二人は中心へと向けて歩き出していた。
「そういえば、ヨミは良いのか? 何か食べたか聞いていないが。」
「バナナ一本にジュース一杯で、なんでかお腹が一杯いっぱいだそうです。」
「それは、きちんと食事が取れているのか……?」
お品書きとしては間食にも満たない量な気もするが、満腹と言うのだから大丈夫だろう。
「ヨミ、か……」
「あいつがどうかしたんですか? 別にあいつご飯の心配はしなくて良いと思いますが。」
「いや、そうじゃなくてな。まだヨミの事を良く知らないと思っただけだ。」
「ホントに謎な奴っすよねー。勇者様を知らないとか、もっての他です。」
「それに関しては、僕には何とも言えないが……」
ライクは、自分が全ての人間に知られているとも、知られたいとも思っていない。だから、ヨミの存在はどこかライクにとって嬉しくもあった。
「だが、あれだけの魔力を持って魔法を知らないというのも不自然なものだ。」
「魔法の伝わっていない魔境にでも住んでたんじゃないですか?にしちゃ、どんな親から産まれればあんな魔力になるんだか知りませんが。」
「ヨミの故郷については本人に聞くしかないのだが、一つ気にかかっていてな。」
先日、魔獣──『わんわんお』との戦闘中にヨミが零した一言、それをライクは聞き逃さず、聴き逃がせる筈も無かった。
「彼は『日本人』────そう言った。自分の事を、『日本人』と呼んだ。」
『日本人』、つまりは『日本』の人間と言う事だろう。だとすれば、ヨミは──
「そんなの、只の戯言じゃないですか? ちょくちょく何言ってるのか分かんないですし。」
「ヨミは、あまりに無知すぎる。だからこそ、言葉の曲解はあまりしないだろう。」
「んじゃ、ヨミはその『日本』から来たなんて言うんです?」
ヨミの生まれはその国なのか、それとも、全く別の場所か。
「ユラは、この星に『日本』と言う地名を聞いた事があるか?」
「いいえ、ありませんね。それこそ、ヨミが勝手に名乗ってるだけでしょう。」
「そう、だろうか……」
突如として、戦闘中の街に現れた男。偶然に出会った謎めいた彼は、何者なのか。
「ヨミが『日本人』である方が、ずっと納得がいく。」
「ま、魔王側である可能性も拭えた訳じゃありませんが。」
「それは、無い……だろう。」
「はぁ、これだから勇者様は……人を信じすぎなんですよ。」
ユラが、ため息を吐く様に言う。その声は、誰にも届く事は無かった。陰る表情も、ライクにだけは見られまいと顔を横に向ける。
「あ、勇者様、ここなんかどうですか?」
「そうだな、ここに入るか。」
笑顔に、明るい声。勇者様に不安を増やさせない、その立ち振舞に綻びがあってはならない。
世界で最も酷な運命を強いられたこの人に、一つたりとも不安のタネを与えてはならない。そう自分を咎めて、それから隣を歩く事が許されるのだ。
─────
そして、二人が帰って暫く後、夜───
「もしもーし、開けてけろ。」
朝とは違い、今度は少女の部屋の扉を少年が叩く。その音が次第に早く、大きくなっていく。
「聞こえてまーすかー?」
「聞こえてます。騒がしいですね。」
二度、三度、四度と強くしていき、ようやく中から返事が返されれる。
「なんですか、勇者様じゃないなら興味もございません。しっしっ」
実につっぱねた返答。どこぞの勇者との対応の違いに風邪でも引きそうである。
「ひでぇな、おい。んじゃあその勇者様について語り明かそうってのはどうだ?」
また、返事が途切れる。二拍、三拍、四拍と置いて扉が開き、
「どうぞ。」
入室の資格は、ずいぶんと軽いものだった。
「女の子の部屋に入る男子高校生、このシチュエーションに本来喜ぶべきなのか──?」
「何言い始めたんすか。」
別に自室と言っても同じ宿の為、自分の寝る部屋との違いは殆ど無い。それを加味した上でも一つの部屋に女子と二人のこの状況に、特に何も感じる事の無い今の心情は何故だろう。
「ほんとは勇者様をお呼びしたいのを我慢して入れてるんですからね。全くもう。」
「いやあいつ来ねぇだろ……」
ここ数日のライクとユラの絡みを見るに、部屋に呼んでも来るのやら怪しいとは思う。取り敢えず来客足り得るのかも不透明な勇者様は一旦我慢して頂いて、ベッドに座り込んだ。
「ユラのお誘いの有効性はほっといて。」
「言い草なんとかなりません?」
「ライクの影響力っての? すげぇよな。新入りの俺の情報まで街に貼り出される位だし。」
昨日街を出歩いていたところ見かけた張り紙。メディアがこぞって情報を張り出す辺りライクの地位も大変である。
「そりゃあそーっすよ、割と世界の命運が掛けられてるんですから。それに、二人目の付き魔法使いについては数年前から騒がれてた訳ですし。あなた、出てくんのが遅すぎですよ。」
「あれ? なんで今俺に当たられたん?」
まるで自分に全責任があるが如き言い様。そりゃ自分を勝手に召喚しやがった誰かさんに聞いてほしい。
「その張り紙と言えば、俺等の集合写真ぽいのも載ってたんだが。撮った記憶無いぞ?」
「ああ、多分トルニアスのおじさんが描いたやつっすね。あなたの杖、おじさんから貰ったって聞きましたし、その時に顔覚えたんじゃないですかね。」
「まさかの多才?!」
気品溢れる優しいおじさん的な印象が一気に、多岐に渡って道を極める年の功おじさんへと様変わり。あまり変わってない気も、する。
と、ここまで他愛も無い世間話をしたところで話題に詰まった。
もとい、話題にすべき事はある。というよりも、それを本題として話がしたいが為にここに足を運んだのだ。
しかし、話を入れるタイミングを逃してしまった。どう切り込むか、そう考えていて───
「んで、何が聞きたいんです?」
「やっぱ、お見通しか……」
問いただされる。しかし、ユラの勘は正しかった。
ライクについて、世界について。ヨミは多くを知らない。それは本人に聞けば良い気もするが、
「なーんか、吹っ掛けづらいしな。」
魔法が使えない、それを本人が気にしているかは定かではないが、もしそうであった場合の空気感に耐えられるとも思えない為、最も近しい者に聞こうという訳だ。
「要件は始めに言った通り、勇者様の話だよ。」
「勇者様の事なら幾らでも語れますけど。誰よりも語れますけど。」
「そこ強調しなくても良いと思うんだ。そんな難しいこっちゃねぇよ。──あいつ、魔法からっきしらしいじゃん?」
「───ええ、そうですね。」
単刀直入に話を切り出す。すると存外、落ち着いた声で返答された。
「いや、オズから聞いてな。」
「勇者様の魔力量に関してはそんなに内密な話じゃありませんし。むしろ魔法使いの癖して気付かない方が問題ですよ。」
「そーすか。」
この世界で魔法の扱いに長けた人は、周りの魔力を感じ取る感覚も高くなる。ユラの話ではヨミには膨大な魔力があるらしいが、魔法そのものに慣れていないヨミは周囲の魔力に鈍感だった。
「それはまあ良いんだけど、もうちょい気になる事言いやがってさ。」
魔法がダメ、それよりももっと、ずっと重く引っ掛かっていた事。まるで公で発言するのも憚られる様な。この世界で、この相手にしか聞けない話。無意識にヨミはそう感じていた。
「まーあれだ。その──」
「──勇者様は、弱いですから。」
「────」
言葉が、出せなかった。詰まっている内に、先に言葉を突かれる。意外だった。ユラは平然と言う。それとも、これも周知の事実なのか。
ただ、勇者様は弱いと──蔑む言葉だった。
「ライクが、弱いって……」
「ええ、そうですよ。あの方は、本当に──弱すぎる。」
──それは、勇者を憫笑する言葉。
「でも、あんな頑張って戦ってるんだ。それなのに、何で──」
「頑張っている、勇者様は頑張っていますよ。でもそれは、強くなれる努力じゃありません。」
──それは、勇者を否定する言葉。
「じゃあ、何だって…あいつは何を……」
「魔物を殺すのに、生きた物を殺める事に。慣れようと──いや、怖いのを必死に押さえつけているんですよ。感情を押し殺す為の努力は、強さ何かにはなりません。」
──それは、勇者に失望する言葉。
否定的に聞こえたその言葉達に反感を抱く。でも、どこかで気付いていた。ヨミには、ユラの言葉はそんな意味では無いと。それは───
「だから、あたしは勇者様といるんです。そんな勇者様だから、信じられるんですよ。」
『愛』だった。ユラが抱いているのはただ純粋に、『愛』を。
「底抜けに優しくて、それでも自分の使命を棄てきれない。きっと誰よりも臆病で、ずっと誰よりも勇敢な勇者様が、いいんです。」
ヨミには今、はっきりと伝わっていた。侮蔑していたかの様に思えた言葉の一つひとつは、その根幹がどこまでも深く『愛』で満ちている。
「だって、勇者様は命をみんな対等に思っているんです。それは、魔物でさえも。そんな当たり前の事を、ただ一人だけが気付いていたんです。気付かせてくれたんです。」
その『愛』の、その奥の更に奥。ユラの『敬愛』の先には、勇者の『寵愛』があった。無限に溢れる『愛』の塊が、それを見る人々に『愛』を生ませる。
失われるべき命など何も無いと、それだけで、誰もが解りきっていた筈の事を言葉にしただけで、それは彼の『愛』となる。それは彼女の『愛』の道標となるのだ。
だから、だから────
「だから、あたしは信じているんです。平和な未来に、これからの戦いのその先に辿り着くのは、勇者様だって。勇者様じゃなきゃ、出来ないんだって。」
「────好き、なんだな。」
「ええ、勿論ですとも。皆が憧れ期待する、あの勇者様ですから。」
歯を見せ、睥睨する様に言う。そんなユラの態度に、ヨミも頬を崩してしまう
何か、引っ掛かりが解けた気分だった。少しではあるかも知れないが、仲間の事も理解出来たと思う。
ライクは殺生を嫌う。それは現代日本に住んでいたヨミからしてみれば当然と思える事だ。だが、そこに完全な敵は存在しなかった。果たして自身の害となりうる軍勢がいたとして、それを討つことを躊躇っただろうか。そこに、相手の命の価値を考慮しただろうか。
それは、ライクの持ちうる心の力だ。魔を討つ者の、それ故かの思想である。
「それで、勇者様はあなたに期待しているんですよ。アンデッドでありながら人間の様に生きて、全てを癒す力がある。勇者様にとって、何よりの逸材ですよ。」
「そう言われると、俺の置かれた状況も特殊なもんだな……」
生きながら、死んでいる。人で在りながら、魔族である。聖を操りながら、死を背負っている。それがいかに特異なものかと感じる。そしてそれがライクの求めた形に何よりも近しいただ一人の存在である事が嬉しく思えた。
「でも、聞いたからには頑張らねぇとだな。勇者様のご期待に沿える、至極至高の付き魔法使いになってやろうじゃねぇか。」
「ええ、それで勇者様と今日話していたんですが───あなたの事も、あたし達は全然知らない、って。」
そう言われれば、その通りだ。自身がライクについて知らなかった様に、ライク達も自身の事について知るはずもないだろう。
「あー、そういやあんま話して無かったかな。」
「あなたが何処から来て、何をしてて、何であんなとこにいたのか、全く聞いてませんけど。」
「色々忙しかったからな……そもそも、今の俺の状況は正直全く解らんけど。」
「なるほど、それで自分探しの旅でもしてたら道に迷ったと。」
「俺そんな迷走してる様に見える?!」
ある意味では自分も絶賛模索中ではあるが、そういう事ではない。
「いや、気付いたら知らん村に飛ばされててだな。しかもタイミング最悪な事に魔物で荒れに荒れてて死ぬかと思……もとい、死んだな。」
「そんで勇者様に拾われたと。もうちょいあたしの知らない所から話し始めてくれません? 出生とか、何して生きてたらこう成れるのかが聞きたいんです。」
「どうしたらあなたみたいになれますか、って尊敬以外の念で聞く事あるかよ……」
何処で何をしていたか、といえば日本で高校生を謳歌していたのだが、何から何まで意味が通ずるか怪しい所でもある。強いて言えばヨミの謎の回復力で慈善活動をしていないでもない訳だが、魔法ありありのこの世界でそれが常識と取られるか異常と取られるかも分からない。
つまり、この場の最適解は──
「川越え山超え海越えて、そのまた先の黄金の国から来たんだよ、多分。遥か彼方の人知れぬ魔境、ジパング的な?」
「何も分かりませんけど……?」
適当にそれっぽい言葉を並べ立ててはぐらかす。はぐらかせているかは、気にしない。
「とーにかく、俺はその辺鄙なお国でのこのこ暮らしてたんだよ。以上。」
「───日本、ですか? 昨日自分で日本人って言ってましたけど。」
「あれ、そんなん言ったっけ?」
昨日、と言えば番所で必死こきながら魔法を撃ち続けていた記憶しかない。そんな事は言ったような言ってないような───ユラが言うのだから言ったのだろう。
「それも今日勇者様と話していましたけど。その日本ってとこは大陸から出た海の先の先にあるんですね。」
「お、おうおう、そう、あるぜ、あるとも。多分、きっと。」
「具体的な名前出した途端に何でそんな怪しい挙動するんです?」
こう何と言うか、はっきりと対象を絞られると誤魔化したくなるのが人間の儚い責任逃れの意思なのだ。
「それで、その日本で何をしていたか、です。」
「いやぁ、そんな大した事はしてないでございますけれども、全然、特に何も?」
「やっぱり何かある人の挙動ですね……」
「何でそんな聞いてくるん?! 俺やっぱそんな怪しい訳?!」
「怪しいか怪しくないかで言ったら、あなたは間違い無く怪しいですね。」
「ひどくて!」
その意見はヨミの全てにおいて解らなくも無いのだが、それを本人に向けてばっさりと言っていくのもあんまりにあんまりである。怪しさと善良さは必ずしも比例しない、何なら反比例の例も多々見かける気すらしてくる。
と、脳内で勝手に葛藤を繰り広げているのだが、気づくとその隣にはそんなヨミの横顔をこれまで以上に神妙な目で見詰めるユラの姿がちらと目端に映った。
「えっと、ユラさん? 何か顔にでも───?」
「いや、普通に怪しいってのもそうなんですが、……ただ、あなた、戦いには慣れていないのに、血を見る事に──『傷』に何も感じないんですか?」
「え───」
質問に、唖然として口を開く。それはヨミにとっては全く考えた事もなく、核心を突かれたとも思う考え方だ。
だが、咄嗟の応答が出来なかったのはそれが原因ではない。
ユラの手には、短く鋭い氷の刃が握られていた。ほんの僅かその手を動かせば、ヨミの腕に突き刺さろうという所まで。
「何で、逃げないんです?」
「いやいや、めっちゃ避けてるけど……」
「なら、まずは立ち上がって距離を取るのが普通の反応ですよ。身体を少しよじって正当防衛気取りですか?」
「───」
「あなたは、普通じゃない。自覚が無いのなら尚更、あなたの生き方には必ず何処かに狂いがある。違いますか。」
改めて問い質すと同時に、手を離した氷の短剣は空間へと散っていく。
ヨミにとって、不思議な問だった。自分が普通でない、そんな事はずっと昔から解っている。
でもそれは、自身の特異的な体質の事ばかりであって、心身に及ぼされる影響など無いと感じていた。それが、普通ではない。
確かにヨミの身体に纏わる超常的な力は、直接には精神に関わりは無かったかもしれない。だが、それが直接的でなく、間接的にヨミの心を狂わせている事に気付きもしなかったのだ。
それを、この少女は4日の間の関わりではっきりと見抜いていた。16年間、自身すらも気付かなかった狂いに。
「別にあたしは、あなたの事を疑おうなんて思っている訳ではありませんよ。ただ、勇者様が優しすぎるんです。だから、あたしは勇者様の周りに置かれた不安は、全て取り除く。それが、あたしの生き方です。」
また『愛』だ。散々語った『愛』が今、ヨミへの氷と言葉の刃としてユラの掌にある。
ユラの『愛』は、ライクへ向けて。ずっと、ライクにだけ。それだけだ。
きっと今ここでヨミが悪であると言えば、一瞬で首を穿たれるだろう。例え晩に二人で語った仲であろうと、その夜に簡単に切り落とせるだろう。
それがライクに為になるのなら、ライクに降りかかる悪なら、ユラはそれに容赦をしない。
ユラの『愛』はそう言う意味なのだと、今更にも気付いたのだった。
「全く、お前にゃ参ったよ。」
「では、お話する気に?」
「つっても、面白い話なんかありゃしねぇがな。」
「あたしがこの期に面白い話が聞きたいと思ってるとでも?」
「思わねぇな。」
「じゃあ、さっさと話して下さい。あなたは故郷で──日本で、何をしていたんですか。」
「へいへい。んじゃあちょいと昔の話からになりますがご清聴願おうか。」
ずっと昔、子供の頃。
言った通り、大した事など何もしていない。ただ、その日々を憶えていないかと言われれば、寧ろ忘れる事も出来ない位だった。
ヨミの、そんな物語を──
「俺は産まれたばっかの時、死にかけててな。そん時に神様か何かから貰ったのが、この力だ。」
淡々と、語り始めた。
仲間と語る物語、9話です。
三人それぞれの、三者三様の生き方のお話。みんな必死こいて生きてます。
ライクさんは感情を決して殺さなきゃいけなくて、ユラさんはそれが不安で隣で見守る事を選んで、そんな『残酷』への感覚がズレてしまったヨミさん。そんな愉快な仲間達。
それでは皆さん、おやすみなさい。