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魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
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1-7 聖魔導士は癒されない

 ──広く、暗い洞窟の中。勇者達三人と巨獣──『わんわんお』との戦いが、幕を上げていた。




 「喰らえ! 『ヨミさんビーム』!」


 ヨミの持つ杖から、一直線の光が放たれる。

 しかし、その巨躯からは想像もし難い俊敏さで、見事にヨミの未熟練な技をかわしてくる。全てを浄化する光は、尖った岩に当たり消散してしまった。


 「だあああああっ、当たんねぇ!」


 「落ち着いて、確実に攻撃するんだ!」


 「これ涼しい顔してようが当てらんねぇよ!」


 杖を巨獣に向けながら走る。ライクとユラの援護もあるが、それを上回るヨミの不慣れと巨獣の大きさに見合わぬ脚力だ。


 否、正しく言うのならば、ヨミの魔法自体は何度か命中している。しているのだが、一部だけに当たっては消えた部分を再生させる。という流れを延々と繰り返していた。

 今まで異様に大きな標的と出会った事も無かったが、どうやら身体の全体に一度に当てなければアンデッドらしくしぶとく生き残るらしい。死に残る、の方が正しいだろうか。


 「溜め撃ちでもしてみるか、ってもそんな隙もありゃしねぇ。」


 巨獣はヨミの魔法をかわすだけに集中して走り回っている訳でもない。無論、血に飢えた獣が保守的になるものか。それに、十分に魔力を溜められたとしても、当てられる自信も有りはしない。


 「頭に浮かんだんなら一回やってみりゃいいんすよ!」


 叫びながら杖を地面に垂直に打ち付ける。直後、ユラが立っている周りの地面や壁が、轟音を立てて引き剥がされる。その間、気付けばユラは杖を巨獣へと向けていた。周囲には、辺りにあった無数の岩が浮かんでいる。


 「勇者様の邪魔は、させません。」


 小さく、ぽそりと吐き捨て、杖を握る手に力を籠める。

 めくり上げられた岩が一つ一つ、目標に向けて放たれていく。どれも鋭利で重量もある。それを風を切る程の音を鳴らして飛ばしているのだ。

 だが、巨獣はユラの魔力を感じ取った瞬間、素早く飛び退いてユラに距離を詰めていく。


 「ふっ、はあっ──!」


 杖を何度も振りかざし、足下から離別させた岩々を一直線に、たまに曲線状に放っていく。

 大半は巨獣の身体に突き刺さり、確かに傷を増やしている。だが、既に命の失われた身体だ。痛みを感じる素振りもなく、ただひたすらに突進を続けてくる。

 鈍い岩の打撃では止まらない。そのままユラの手の届くと言った所まで迫ってきたが、それでも焦燥を見せずに不敵に笑みを浮かべていた。


 完全に眼前の獲物に視界を奪われていた巨獣の横から、頸を目掛けて刀身が立てられる。それを解っていた為だ。


 「──勇者様!」


 「すまない、間一髪だった。わんわんおとやら、やはり足が速いな。」


 「ぷふっ、確かに勇者様の口から『わんわんお』なんて聞くと面白いかもしれません。」


 ヨミの言う感想に同感しつつ、ライクの作った隙から巨獣の眼下から身を避ける。それと同時に、巨獣の頭上に配置されていた岩が打ち落とされた。


 「ついでにも一発、牽制です。」


 「ヨミ! 今だ!」


 「ローファー、走りづれぇなぁ!」


 八つ当たりに満ちた掛け声と共に、激しく頭部を強打された巨獣に向けてヨミの杖が輝きを放つ。巨獣の身躯を覆うには十分な魔力だ。杖の耐えられるだけの魔力を籠め、その魔法は放たれる。

 白光が輝き、莫大な魔力は一瞬にして杖から形を現す。それが巨獣目掛けて延び──




 ──爆音が、鳴り響いた。




 「なっ……!?」


 ユラが、帽子ごと耳を塞ぎながら踞る。

 何か、爆発音、罠、魔法、洞窟の崩壊、違う。魔力は感じなかった。岩を剥がす時も崩れないよう調整した。硬い岩、崩れる筈もない。


 そもそも、音の中心は、


 「この、犬……っ!」


 犬、とは随分と可愛げのある呼び方だ。が、その喉から響く咆哮は、生物の域を越えていた。

 低く、重く唸る声。本来であれば高音よりもずっと突き刺さらないものだ。だというのに、この獣の雄叫びは空気を動かし、ヨミ達の体を内側から掻き乱してくる。


 何より、この巨獣が一度叫んだだけのことで、ヨミの魔力を限界まで溜めて放った魔法が、相殺されてしまっている。


 「クソ、どうしろってんだぁぁぁ!」


 「っ、来るぞ、ユラ! 備えろ!」


 そう言い切る前から、巨獣は再び爪を立てて動きだす。ユラが最後に叩き込んだ脳天も、ライクが突き刺した頸も完全に元の形に戻っている。


 「くっ、『焔』!」


 杖を横に大振りし、唸る横っ面に火球を叩き込む。それも強靭な牙によって簡単に噛み殺されてしまう。


 「やば──」


 「ざっ、けんなぁぁぁぁっ!」


 炎を噛んだその牙で、ユラを噛み千切ろうとする。それを後ろから、ヨミが魔法で貫いた。

 だが、溜めもなく打ち出した魔力は、大した威力はない。それでも、ヨミには十分だった。


 「こっち見てくれりゃ、万々歳……!」


 まるで年頃の恋する乙女の様な言い回しだが、ヨミの狙いは巨獣の注目をユラからずらす事。少しでも集中にほつれが見えれば──


 「カモン! ヘルプ、ミー!」


 「助けて貰ったと思えば、すぐさまこれですか!」


 ヨミに向けられた牙を、生まれた隙の内にユラが叩く。そのままヨミを抱え、巨獣にある程度の距離を取ってから体勢を立て直した。


 「少女の危機に身を投じ、その少女に抱えられて逃げる男。これ如何に。」


 「知りませんよ! んなどうでも良い事言ってるんじゃなくて、アレどうするか考えて下さい!」


 「ふむ、戦術といえば使い古された古き良きテンプレ戦法があるが、聞くか?」


 「どうも宛てにならない気がぷんぷんですけど、一応聞きます。」


 「おうおう、心して聞きやがれ。」






 「────、───。」


 「それ、上手くいくんすかね。」


 「何事もトライ&アウェイのヒット&エラーだ。当たって砕けろ。」


 「アレの場合、砕けたらひとたまりもないっすけど。」


 「後ろを見んなよ、バーカ。俺等が見るのは、常に輝かしい未来だ。」


 「最早ありえないくらいに乱雑な精神論になってますよ。まぁ、間違ってはいません。」


 「ほら。もう来てんぜ、トライせずにアウトしたら大損だ。」


 「あぁもう! いきます、『雫』!」


 ユラが杖を振り回す。杖がなぞる先から、大量の水がどぼどぼと溢れ出した。人為的に起こされた急流に巨獣は四足の均衡を僅かに崩した。

 離れていた為に会話に参加していなかったライクもついでに水流を受け、後ろに引いている。


 「すっ、飛べえぇぇ!」


 「っしゃああああ!」


 微かな隙に、ヨミは高く跳ね上がる。ユラの風魔法によるものだ。

 普通、2つ以上の魔法の同時使用は高度な技術。しかしユラは大規模な水魔法の傍らにそれをやってのける。


 高く飛び、足元に意識を置く巨獣の真上にまで通った所で、ヨミの指先から光が生じる。

 ヨミの短い吐息の直後、指の内側から溢れる輝きが膨張する。巨獣の身体に向けて、蓄えた力が一気に突き刺される。

 そうなれば、威力は弱かろうと巨獣はヨミに意識を向けなければいけない。つまり、荒波が思考の内から外れかけるのだ。


 「ダメだ、ヨミ! まだ足りない!」


 「んな事ぁ解ってらぁ!ユラぁ!」


 「はいなー。『霰』、くれてやりますよ!」


 ヨミを傷の付いた目で睨み、水柱を立てて交戦の姿勢を見せる。その場の水全てが、瞬時に氷へと変わった。巨獣の身体を包み込んでいた水流は、敵の動きを封じる巨大な檻となる。


 「おねんねの時間だ、犬っころ──!」


 牽制に魔法を放っていた右手を引っ込め、左手に隠しながら魔力を溜めていた杖を構える。


 「今度は、吠えさせませんよ!」


 口を開きかける巨獣の口を、鼻から顎まで氷柱で打ち込む。巨大魔法をも打ち消す咆哮を放たれては、またヨミの攻撃は不発に終わってしまう。


 爪も牙も喉も、ユラによって封じ込まれている。この巨獣を倒す、これまでで最大のチャンスだ。

 ヨミは杖の輝きを強めながら、巨獣の元へと降下してくる。最高潮まで達した魔力は、一筋の線を描き獲物を狙いつける。


 「トドメ、だ──!」




 ──下へ向けて伸ばされる左手、左の二の腕に、何かが激突する。


 「ヨミ──!」


 「───ぁ?」


 目を向ければ、地面から氷を破って硬い岩が空間を切り裂いている。かすった左腕からは鮮血が吹き出し、溜めた魔力は消散してしまった。


 「か、はっ……」


 「あいつ、土魔法まで……っ!」


 高く、遠く宙を舞ったヨミの身体は、重力に叩きつけられる。全身が痛い。どこかしこも骨がやられている。

 骨の痛みは、体質上さほど問題にはならなかった。だが、左腕の傷は深い。まだ出血が治まらないのだ。


 「づっ……がぁぁぁっ!」


 激痛に耐えながら、上半身を持ち上げる。座っている場合ではない。この瞬間にも巨獣は追い討ちで仕留めにかかってくる。


 「魔法魔法魔法──っ!」


 ヨミは急いで右手を当て、魔力を流し込む。瞬時に痛みは引いていく。患部を見れば、引き裂かれた制服の繊維一本一本までもが自らを繋ぎ合わせていた。


 「ヨミ! 無事か?!」


 「あぁ、大丈夫だ。魔法ってのはすげぇな。随分と身体が軽くなった感じするぜ。」


 右手を付いて軽く立ち上がるヨミ。身体中の痛みも殆ど引いてきた。何気に自分に故意に魔法を使うのは初めてだった気がする。


 本当に身体が軽い。なんでこれまでしなかったのかと思う程に。まるで夢でも見たかの様に。左肩から翼でも生えたかの様に。


 「いや、ヨミ、それは──」




 ───それは、不自然な程に。






 ─────それは、






 ───残酷な程に。






 「は───」




 ヨミは、左の袖を肩近くから握り締める。




 そこには、何も無かった。


 無かったのだ。


 血の気が遠退く。手、腕、肩、無い。何処にも、左腕が見当たらない。


 「ぁ、あぁ………?」


 左腕の在るべき場所に顔を向ける。しかしそこには、からっぽに垂れ下がる潰れた布以外は無い。


 視界の先に、袖口から見えるべきモノが、視界の先に捉えられる。


 それは、遠くに。すぐ側に在るべきそれは、足先よりも遠くに転がっていた。


 「───っ!」


 状況を理解する。遅すぎだ。


 ヨミの左腕は、地に落ちている。


 ただそれだけの事を理解するのに、かなりの時間を喰ってしまった。


 「あ、ぅ、うで、うでが、どうなって、は、なんなんだ、よ、これ。」


 動揺するヨミの頭に、一昨日の記憶がフラッシュバックする。


 自分が手から放った光線が、アンデッド達を無に還していく姿。そして、今目の前にいる巨獣と戦う自分の姿。


 そして───




 『──死者で有りながら、何故そうやって正気を保てている。』


 『君はアンデッドに殺された筈だ。そして、アンデッドに殺された者は死後、自らもアンデッドとなり人を襲う。』




 ───ライクの言葉が、ここに繋がる。


 『それは、僕が魔物を感知する力を持っているからだ。』


 この言葉に、あまり現実味を感じてはいなかった。

 自分はどうみても今までのまま。自分は本当にアンデッドなのか。それをどこかで受け止められなかったのかもしれない。


 だからこそ、目の前に見せつけられると全てが冷たい現実に突き落とされる。


 ──だからこそ、落ち着いて、深呼吸をして。


 「あぁ、そうだ。俺は、死んでんだよ。」


 巨獣が牙を向けてヨミに飛び掛かる。


 「アンデッドなんだよ。俺は、もう。解ってる。」


 もう目の前だ。巨獣の荒々しい吐息が顔にかかる。


 「ヨミ! 危な──」


 大量に突き出た岩に、ライクの叫びも反射し散っていく。手も、勿論届かない。巨獣は、ヨミの頭部を確実に刈り取ろうとする。




 「そうさ、アンデッド───お前と、一緒でなぁ!」




 叫ぶと同時、ヨミの左の袖口から傷ひとつ無い新たな手先が現れる。


 突如として生えてきたそれは、大きくうねりながら巨獣の顔面に魔力を握り締めた拳を放つ。頬から塵となって首元まで消し飛ばし、しかしすぐに再生する。


 「お前が何度再生しようとも、俺が何度だって消し去ってやる。」


 巨獣が顔を再生する最中、気配だけで闇雲に爪を振るう。それを強引に右手で押し飛ばし、そこからひしゃげた音が鳴り響いた。

 それでも、ヨミは止まらない。激痛の走る右手に魔法をかけ、痛みを根本から除外し、霧と化す。


 「俺を何度切り裂こうとも、俺は何度だって立ち上がってやる。」


 ふらふらと、安定のしない足取りのまま、巨獣へ魔法を飛ばし続ける。ぼこぼこと、生まれ変わった右手から、容赦なく魔法が放たれ続ける。


 「そうだろう、(ヨミ)。てめぇはついこないだまでの(よみ)じゃねぇんだ。」


 巨獣が吠える。地面が迫り上がる。牙がこちらを覗く。そんなもの、傷を消せばどうにだってなる。

 消しきれなかった左手が遠くに見えた。気にする事はない。今自分にはきちんと両手が付いているのだ。傷一つない、いつもの掌。


 「俺は怪我なんかしてやらねぇし、させねぇ男だからな!」


 「ヨミ、パスです!」


 「ありがとよ、ユラ! もう接近戦でいける、任しとけよ!」


 投げ渡された杖を頭上に持ち上げ、反対の手の親指を真っ直ぐ上に立てる。


 「さぁ来いよ、犬っころ。ダメージ覚悟になった俺のプレイングは、ゲーマーのダチもびっくりだぜ?」


 そのびっくりと言うのが現実の話かゲームの話か、そして凄いという意味か酷いという意味かも謎の叫び。それでも煽られたのを本納で察したか、喉を怒りに震わせて突進してくる。その牙を魔法で吹き消し、次に流れてくる爪を脚で蹴飛ばしながら横に回り込む。


 「杖は殴るもの、ユラセンパイの教えだ!」


 「そんなこと教えました!?」


 先程の雑魚戦で炎を纏った杖で殴りにかかったユラ。それを真似て、聖魔力に満ちた杖を逆手に持ち、巨獣の右目に深く差し込んだ。


 「名付けて『スタブヨミさん』! かーらーのー、『ヨミバ』! 喰らっとけ!」


 顔面の内部に入り込んだ杖の先から、全方位に魔力が弾け飛ぶ。ヨミバ──『ヨミさんバースト』に内側からじわじわと、巨獣の身体が掻き消されていく。


 「なんすか、そのダサい呼び方!」


 「略称だよ略称。熟語を日々利用する日本人、舐めんなよ?」


 「日本、人……」


 苦しむ巨獣を横目に軽口を交わす余裕のヨミ。そういえば自分の出生などは話した事が無かった気がする。ライクが籠る様な声で『日本人』の単語を復唱したのが気にかかった。


 「流石に後ろの方までは、消せねぇなぁ……!」


 差し込まれた杖に両手を添え、そのまま尻尾の方へ向かって横に身体を切り裂いていく。最後まで突き抜けた所で、足をターンさせて消えかけの巨獣に顔を向ける。


 「でも、これで終いだ! 『ヨミさんビーム』!」


 なんともしぶとい魔物だ。殆どを消されて尚、脚の先から元の姿を取り戻さんとする。


 「ヨミ、今両手の魔力を出し切ったばかりでしょう! それじゃ、足りないです!」


 ユラが再生を抑える為に、『霰』の準備に掛かる。だが、それにヨミは「はん」と笑って応える。


 「んはほほ、わはっへるっふーの。」


 「「は?」」


 ──ヨミは、杖を咥えていた。


 それも、魔力をとびきりに溜めて。


 その杖から、いわば縁日などでよく見掛ける『吹き戻し』の感覚で、息を吸って──


 「ふ───」


 口内で隠し溜め続けていた魔力が、とてつもない威力を発揮して洞窟を照らす。それは巨獣の姿どころか、視界を全て白く染めるような力。その場の全てを浄化する聖の力。


 時間と共に落ち着いてゆく眩しさの後、そこに魔物の姿は前から居なかったかの様に静かになっていた。


 「ふぃー、ひゃっはひゃっは。」


 杖を口に加え込んだまま、軽い勝利の宣言を吐く。


 「両手から十分以上の魔法を使いながら口ん中に力溜めとくとか、どんな魔力量モンスターっすか。」


 「あれで力入れにくいから歯ぎしり結構凄かったんだぜ? あとベロにも割と溜めてた。」


 「おっかねぇ奴っすねぇ、こいつ。」


 ユラが呆れた様に首を振る。恐らく、この男に関して綠に考えては、それこそ綠な事が無いと思ったのだろう。


 「ヨミ、腕は大丈夫なのか?」


 「んあー、大丈夫だろ。あの犬もいくらでも頭生やしてたし。」


 「それもそうか。確かに、わんわんおには攻撃にも俊敏さにも驚かされたが、あの再生能力は特に目を見張る。並のアンデッドでは、ああはいかない筈だ。」


 「その呼び方、まだ続いてん?」


 ユラと二人で、くすりと笑う。ライクからしてみればヨミが初めにそう言った訳だから、ヨミに笑われる様な事はしていないと思っているのだが。


 「ま、兎に角、これでやっと帰れそうじゃねぇか?」


 「そーっすね。ホント、疲れに疲れを重ねちゃいましたよ。」


 「そうだな。僕も、今は早く休みたい気分だ。」


 「決まりっすね。さっさと戻ってゴハンっすよ!」


 戦場となった大部屋から、巨大な扉に背を向けて、三人は出口を目指す。


 ──巨獣、『わんわんお』との戦いは、こうして終わりを告げた。




 ─────




 「外の空気、うまいっすねぇ。」


 「結構長い時間いたんだな。来た時ゃ朝だった気がするけど。」


 洞窟を出た一行を出迎えたのは、赤みの深い空だった。


 「予定外の戦闘もあったからな。まあ、わんわんお自体とは30分程度の戦いだったが。」


 「時間より中身っすよ。あんなんいるとかおっかないにも程があるっす。」


 「いーじゃねーか。俺の決死の覚悟と努力で打ち勝ったんだ。これでまた、レベルアップだよ。」


 「またその得体も知れない効果音歌わないで下さいよ。突っ込む気力もないです。」


 「俺、ボケ役か何かだと思ってる!?」


 その言葉に、前言通り返される言葉はない。この場合、無言の肯定というやつかもしれないが。


 「二人は相変わらずだな。もう宿に着くぞ。」


 「うひー、やっと休めるっす。」


 「宿に帰るまでが遠足だ。気を抜くなよ?」


 「何のつもりで行ってたんすか?! つか変なフラグ止めて下さいよ!」


 「ふ、俺の勝ちぃ。」


 「──? ………あ、つい突っ込んでしまったぁ……」


 頭を抱えて唸るユラに向かって、歯を見せてピースを繰り出す。


 「すぐそんな言い合いするな、早く宿に入ろう。」


 「流石の勇者様も早くベッドに突っ伏したいらしいぞ、そんな踞ってないで来いよ。」


 「ぐ……っ、ヨミめ……『顕──」


 「杖出そうとしないで!?」


 ──そんな、いつまでたっても騒がしい勇者様御一行は、それぞれの部屋に戻るまでずっと賑やかなのだった。




 「……いや、ホントに部屋入る直前まで元気だな。」


 「だって、勇者様とちょっぴりお喋りしたいだけなのに、『早く寝ろー』だなんて。それで着いてこうとしたら『戻れー』って。談笑のお誘いと取って良い気がしますけど。」


 「そりゃお前の価値観が破綻してんだよ。勇者様もそんだけお疲れなんだ。お前もお疲れなんじゃなかったのか?」


 「勇者様は別腹です。お気になさらず。」


 「何が……?」


 「ま、勇者様も今日は本当に、──疲れたでしょうからね。」


 「───?」


 「もうあたしは寝させて貰いますよ。あなたとお話してもって話ですし。」


 「そりゃ、またひでぇ言い草だよ。」


 ユラの言葉に何か、何かが引っ掛かる気がした。ただ疲れた、そう言っただけなのだが。


 さっさと部屋に入ったライクに遅れて、二人もそれぞれ戻っていった。




 部屋に入るなり直ぐにヨミは仰向けになってベッドに倒れ込む。

 昨日も見た天井が視界に広がる。木の板を張り合わされただけの、何の変哲もないどこにでもある天井。


 「でも、ついこの間まで見たこともなかった天井……」


 実に古風な天井は、西洋の混じった近代建築に包まれた生活には無縁の存在だった。こうして見ると、異世界へとやって来てしまったと感じてしまう。


 「俺も、もう只の人間じゃねぇんだよな。」


 視線の先に、真っ直ぐと左手を伸ばす。何度も何度も見て、それでもやはり普通の手だ。これが二本目の腕と考えると、何とも奇妙な感覚に襲われる。


 「それに、今までより傷の治りが明らかに速くなってる。」


 巨獣に吹き飛ばされ、全身を強く打ち付けたヨミ。身体中の骨がへし折れた様な痛みがあったが、左腕を気にしている内に完全に治ってしまっていた。


 ヨミは左手の小指を立て、右手で魔法をかける。小指は光の粒となって消え去り、ものの数秒で新しい指が生え変わる。


 「自然治癒を待てってか。俺の体質もややこしくなったもんだな。」


 両手を握り、開き、確かめる様にグーとパーを繰り返す。その動きには、何の問題も見当たらない。


 「これを気味悪いと取るか便利と取るか、俺の人間性が物を言うな。」


 ヨミはこう言う時、悪い面に意識を寄せたら負けだと思っている。自分の治りが速い。周りを治すのも速い。そう考えれば良いことずくめなのだ。


 「そうだ、俺はもう普通の日本人とは全然違ぇんだよ。」


 と言えば、『日本人』という言葉に引っ掛かったライクの表情も気になる。こうして考え事をしていると、次から次へと気掛かりが生まれてしょうがない。


 「今日の悩みは全て明日。明日も残れば生涯で解消。そんで悩み無く死ねば完璧だ。寝る時間を潰してまで悩む事はねぇ。」


 最もらしく自分にぽっと出の人生観を押し付け、頭を空にして目を閉じる。


 その意識は、悩みなど無かったかの様に直ぐ深い闇に沈んでいった。

 わんわんおが消される物語、7話です。

 今回のサブタイ『聖魔導士は癒されない』ですが、『魔法世界の回復役』が決まる前の(仮)タイトルでした。ヨミさんの名前も未定の頃です。が、癒されようと話は進むし治癒もちゃんと生きてるので没りました。

 そんな訳で、聖魔法の解説。聖魔法は『正しい状態』まで戻す力があります。傷ついた肌は綺麗な肌に、破けた制服は穴のない制服に、既に魂の無くなった身体は──というのが聖魔法の本質になります。


 長くなりました。それでは皆さん、おやすみなさい。

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