1-4 勇者様御一行
「これが、見張り台……!」
ライクとユラと別れたヨミは、この村の防衛戦へ向かう為、見張り台の下へと来ていた。
「遠目からでもなんとなく分かってたけど、見張り台ってよりは見張り塔だな。」
そこにそびえていたのは、五メートルは優に越えるだろうという高さの、しっかりとしたレンガ造りの塔だった。
「これ、梯子で上までいくの結構辛いんじゃねーの。」
「でも、早く行かないと魔物が迫ってくるかもしれませんし。急ぎましょう。」
「頼もしい姉御だこと。とりあえず、上に何がいるかも分からんからな。俺がすぱぱっと見てくるよ。何かあったら大声、さんはい。」
「な、何かあったら大声。」
「大声大声。」
「おっと、テトル。いざ魔物が目の前来たら声も出せなくなるかもしんねぇぜ? ま、気を付けろよ。」
そう言い残して、梯子に手をかける。
彼らを守る、と言ったからには心配もかけられない。だからしっかりとした声で喋っている。つもりだ。
だが、ヨミ自身も気付いている。ヨミの身体も僅かに震えていた。当然だ、今まで会ったことのない未知と戦うのだ。この世界に来てからずっと、この震えは止まっていなかった。それが、梯子に手をかけた途端に振動が伝わり跳ね返ってくる。
「だめだな。そんなことを考えてる場合じゃない。震えて縮こまってる様な奴に、あの勇者様が託したんじゃあねえ筈だ。」
怖くなんか、ない。震えてなんか、ない。負けたりなんて、有り得ない。そう自分に教え込ませて、手汗の滲む右手にもう一度力を込める。
足を掛け、手を掛け。その繰り返しをただひたすらに続ける。たったそれだけの事に二人の姉弟を背負う、そんな気持ちで。
「さっさと登って、俺らの城を陣取ってやりますか!」
今、危険を侵して戦禍に入る二人の為にも、自分のすべき事を成そう。そう顔を思い浮かべるのだった。
─────
「……にしてもなんつーか、変な奴っすよね。」
「君もそう大概に言えない気もするが。確かに、ヨミには不思議な所があるな。」
ヨミが今まさに思いを馳せている二人は、魔物の軍勢近くの物陰でそう話していた。
「あたし等の時は傷が速く治るとか言ってましたけど、さっきの子達には『良い魔物』なんて紹介してましたよね。」
「ああ、確かに。それはだね、彼はアンデッドなんだよ。彼自身もよく解っていない様だけど。」
「──?」
ユラは目を丸くして、首を傾げる。
「僕の目にはそう映っているんだよ。これまで何代も継がれてきたこの力が魔物を見誤るとも考えにくいからな。」
「じゃ、じゃあ、あたし等はアンデッドと協力してんですか──!?」
「ああ。ヨミは不思議と生きた人間の様に活動しているからな。」
「そんなん、魔族の罠だったらどうするんですか! あの姉弟危ないですよ!?」
「その心配はないだろう。彼はまだ魔物に為って時間が浅い。まだ死後1時間程度と思われる。魔王からの刺客とはとても考え難いものだよ。むしろ、これまでアンデッドにされた人々を救う新たな手立てになるかもしれない。」
「勇者様がそう言うなら、あたしはいくらでも従いますが……。でも、アンデッドな癖に聖魔法が使えるなんて、おかしな話ですね。」
「それが一番の謎と言った所だな。彼の類い稀な聖魔導士の才能が自身のアンデッド化に例の無い変化をもたらしていると考えているが。」
「多分そんなとこっすよねー。しっかしまぁ、今はヨミに頼るしかないっすし。ささっと見張り台の近くまで誘導しないとですね。」
ユラは崩れた家の陰から顔を覗かせる。その先には大勢のアンデッドがいる。
「よくまぁ、あんな集団でじっとしてられますね。そんなアンデッド初めて見ましたよ。」
「怪しくはあるが、誘導をするというのならば今は好都合だろう。問題は、どうやって連れて行くかだ。」
今ライク達がいるのは、魔物が多くさまよう広場の近く。ヨミ達がいる見張り台もこの広場も、テトラ達の家の近所である。つまり、この場所からヨミ達の所まではそれほど遠くない。だが、それでも3か400メートル程は距離があるように見える。
「ある程度でも近付ければ流石にヨミでもやれるんじゃないかとは思いますが、こいつらそう簡単に動く奴っすかね。」
「分からない。まずは物音に反応するか試してみるか。ユラ、頼む。」
「ふふー。分かったっす。ちょっと遠くに落としてみますねー。」
そう言ってユラは少し先の地面を睨み、持っていた杖をその方向に向ける。
「んー、音がでるやつ、音がでるやつー。いくっすよー。いーかーづちーっ!」
ユラが唱えた瞬間、杖の先から雷光が放たれる。
──その光が見えた時には、すでに大地から轟音が響いていた。村全体が揺れる。まるで巨大な稲妻が目の前に落ちたかの様な衝撃だった。
「確かに音を出せとは言ったが、これは物音の域を明らかに凌駕しすぎだろう。」
そう耳を塞ぎながらライクが言う。
「そーっすかねぇ。多分この音なら全員気付いてる筈ですよ。」
「それもそうだが……」
まだ若干チカチカする視界に瞬きしながら、ライクは広場の方に目を向ける。アンデッド達になにか動きがあれば、これで少しずつ誘導が出来るかもしれない。
結果、魔物は広場から出てきて見回りを始めた。だが──、
「一体だけ、か。」
「やーっぱ、妙っすよねぇ。ヨミの例もありますし、もしかしたら知性据え置きでアンデッド化とかあるんじゃないですか?」
「どうだろうな。先程まで相対していた者等には知性が残っている様子は無かったが、確かにこの動き。それに、剣だけ持ったアンデットの軍団にこれだけの惨状が作れるかも気になる。」
今回の村の襲撃には、不可思議な点があまりにも多かった。今の事も、まるで一人だけを見回りに行かせる様な動きをしているのだ。
しかし、それにじっくり考える時間は費やせない。
「どーします。一体一体連れてくのも重労働っすよ。」
「いや、そう落ち込むのも早いんじゃないか?」
ライクはそう言って、顎で広場の方を指す。
「残った者達、今の雷から離れる様に集まっている。あの調子なら、まとめて移動させることも可能じゃないか?」
「なーるほど、要は後ろから魔法打って追い込み漁ですか。それなら一気にあいつ等を連れてけるかもしれませんね。それなら、早く後ろに回らないとです。」
「その必要は無いさ。」
そう言いながら、ライクはユラの右腕を優しく持ち上げ、自身の左腕をユラの左肩に添える。
「僕が照準を合わせる。ユラは合図をしたら魔法を放ってくれ。」
「……ふふ、至福の一時っす。」
「何を言っているんだ、こんな時に。」
「いーえ、皆の憧れ勇者様に抱き寄せられるだなんて、こんな貴重な事中々無いもんっすよ。」
「抱き寄せているつもりは無いんだがな。」
そう素気なくあしらわれる。しかし、ユラの体に触れる両手は動かない。
ライクからしてみればなんの気もないのだろうが、ユラは肩に乗った左手に頬を寄せている。
「少しこそばゆいのだが。とにかく、魔法を放つ用意ができているかだ。」
「そりゃあもう、あたしはいつでもオッケーっすよ。」
「なら、方向が定まったら指で叩く。頼むぞ。」
ライクは自身の持つ力と足元に置いた地図を照らし合わせながら、ユラの杖を握りしめる手を調整している。
「いくぞ。」
ユラの手を支えるライクの人差し指が、軽く杖に響く。
その響きに応え、杖の先端が輝きを放つ。集められた魔力は、空に向かう雷撃となって現れる。
「いっ、けぇぇぇっ!」
ふわり、と見た目にはそぐわない緩やかな放物線が空に描かれる。それが落ちると同時に遠くで大きな轟音が鳴った。
「動きが見えた、続けていくぞ!」
「はいっす!」
少し手を前に引いて、位置を動かす。そしてライクが合図すると同時に幾つもの雷撃が放たれる。
「ユラ、まだ魔力は大丈夫か?」
「全然、まだまだっすよ。勇者様が元気を補充してくれてますから。」
「そうか、ならいい。もう少しだ、頑張ってくれ。」
ライクは、自分達が見つからない道を選んで、ヨミのいる見張り台の近くまで誘導している。
今アンデッド達は見張り台が見える所まで雷撃から避け続けていた。
「どーっすか、あいつらの動きは。漏れ無く連れてけてますか?」
「ああ、ユラの魔法の威力も最適だ。広場に残った魔物の気配は無い。」
ライクが感知する限りは、先程広場にいた大量のアンデッドは全て完璧に誘導出来ていた。
それをユラにも共有しようと話していた所で、感覚に変化が生じる。
「──消えた。」
「今、ヨミのと思われる魔力の放出がありました。多分、射程範囲に入ったっぽいっす。」
「魔物の反応が少しずつ減ってきている。向こうも手筈通りにやっているらしいな。」
─────
「で、結局何事も無く上がってきた訳だけども。」
「結局、誰も居ませんでしたね。見張り台に人がいないのも問題かもしれませんが。」
──場面はまた舞い戻って、見張り台の上になる。
「それもそうかもな。つか、外から見てても思ったけど、これちょっとばかし広くねぇ?」
「そうでしょうか。見張りは長時間やることになるので、狭いと苦しいのでは?」
「見張り台に快適を求めちゃうかぁ。」
「あ、何か光った。」
ここまで会話に入っていなかったテトルは、外の方を見てそう言った。
「お? どうした、雷でも──」
と、ヨミが言い切る前に、どこかで雷鳴が鳴り響いた。ユラが試しに打った魔法『雷』の音である。
それが、ある程度離れた見張り台までも届いていたのだ。
「何だ今の、あの二人がやったのか?!」
「恐らく、そういう事でしょう。私達も外を見ていないと。」
きっとこの中ならば一番しっかり者であろうテトラが、外を見渡し始める。それに続いて、ヨミとテトルも遠くに目を凝らす。
しかし、まだ一度雷を打っただけの為、まだアンデッド達が来る訳でもない。
「まだ、流石に来ませんね。」
「あの二人がそんなに仕事が早くても困るし、ゆっくり待とうや。」
早くもリラックスモードに入るヨミ。それを見てテトルも低い壁に寄りかかって座り込む。
平然として座っているテトルも、姉であるテトラも、隠そうとはしているが怯えているのは確かだった。やはりまだ子供なのだ。子供だけでこの惨状に平然としているのは当然厳しいのだろう。
「あれ、お前ら親とか一緒に居なかったのか?」
「あ、お父さんは今丁度都の方に出ていまして。お母さんは買い物に行くと言っていましたから、きっと今頃は避難所にいると思います。」
「そんなら、さっさと終わらせて迎えに行ってやらんとな。」
親もいない時に魔物に襲撃を受けて、どれだけの恐怖だっただろうか。すぐにでも親に会わせてやりたいが、やはり早く村中に広がる不安のタネを除かなくてはならない。
「あ、また光が見えました。」
「よっしゃ、そろそろこっちも準備しときますかね。」
ヨミは拳を握りしめて立ち上がる。ユラの魔法の振動が見張り台まで届き、一度足を崩したが。とにかく立ち上がる。
広く空いた壁から外を見ると、何発もの電流の弾の様なものが発射されている。
「あれ、ユラの魔法かよ。すげーなあいつ。」
使える魔力には限界があるっていう話だが、ユラはどれだけ使い続けられるんだろうか。そうは思うが、見る限り全く衰えない雷の威力にその心配も感じさせない。
「私は後ろの方を見ていますので、ヨミさんは勇者様方の方からの魔物をお願いします。」
「おけ。危なそうならはよ言ってくれよー。」
というか、二人いないと後ろの方まで見えない程の広さは要らないと思う。設計ミスだな。
そんな顔も知らない設計士を蔑んでいると、雷に追われてきたアンデッドの姿が見えた。
「きたきたっ。見下す様な立ち位置で悪いけど、バチは当てないでなっ!」
塔の上から、純白の一筋が放たれる。光は確実に死者を天へと送る。
しかし、一人をしてもまだ次々と現れるアンデッド達。一発一発魔力を溜めて、着実に魔法を放っていく。
「割と順調だな。範囲攻撃が欲しいとこだけど。」
ヨミはだんだんスナイパー気分になってきている。だが沢山の命が懸かる事だ。軽く済ませるつもりの訳でもない。
「これでめっちゃ人の命扱ってるってすげぇ怖い話だな。やるっきゃないからやるけどさ。」
どんどん目の届く距離に現れるアンデッド。現れる度に魔法を放ち続けるヨミ。
この繰り返しはさほど時を要さなかった。
─────
「これでこの村にいたアンデッドは全て片付いた。ヨミ、お疲れ様だ。」
「思ってたより2.6倍くらい数多くて大変だったぜ。」
「なんつーか微妙な数字っすね。ま、多かったのに異議は無いっすけど。」
今ヨミ達は村人達が隠れていた避難所にいた。
『ヨミさんは安全圏でちまちま狙撃してるから勇者様方は危ないとこで頑張ってね作戦』を完遂し、残った魔物をヨミとライクで自分の足で駆け回って倒した後の事だ。
「でもこれでこの村の脅威は去ったんだろ?」
「ああ、少なくとも村周辺には魔物は一人たりとも残っていないだろう。」
ライク達は周りを見渡す。避難してきた人々は安堵し、亡くなった者への祈りを捧げていた。
「勇者様方、本当にありがとうございました。村の皆も悪い魔物がいなくなって安心しています。」
三人の輪の中に、一人の少女が入ってくる。
「君も無事で良かったよ。礼に及ばずとも、僕は勇者として魔物の討伐という使命がある。それに、今回の功績は大方彼の物だろう。」
ライクは、ヨミの方へと顔を向ける。突然話を向けられたヨミは少し動揺しているが。
「ええ、ヨミさんも、貴方がいなければこの村は誰一人助かりませんでした。何とお礼を言えば良いか……」
「いやいや、俺適当に魔法撃ってただけだし。ライク達の方がよっぽど頑張ってたよ。」
「そんなこと言っても、今回の件は聖魔法が必須だった訳ですし。ヨミがいなけりゃ勝てなかったのは間違いないっすけどねー。」
横からユラが入れてくる。実際、アンデッドに対するには自分の存在は必要不可欠だった。そう思うと少しでも自信が出てくる。
「そーかい、なら有り難くお礼の言葉を頂いておくよ。んで、お母さんには会えたのか?」
「はい、ケガもなく無事で。今頃テトルが泣いて抱きついているんじゃないでしょうか。」
少女──テトラは、弟と母親の大事無い姿を心の底から嬉しそうにそう語った。その笑顔を見られただけでも、村を駆け回った甲斐があったという物だ。
「そうか──無事で、良かったな。」
ヨミも、少しだけ笑ってそう答えた。
テトラが、ヨミ達と挨拶をして去っていった後。
「それで、ここからが本題なんだが。」
「何。村の魔物を皆やっつけてハッピー、で終わりじゃねぇの。」
「いや、それはもう良いんだが……。」
ライクは、話を『本題』に切り替える。
「ヨミ。単刀直入に言おう。」
「はいよ。」
ライクは、少し溜めてから言葉を吐く。
「──僕達と共に、魔王を倒す気は無いか?」
「いいぜ。」
「ちょ、即答っすか。」
迷わずに答える。実際は少し迷ってはいたが、なんとなくこう言われる事は想像していたので、答えは元から決めていた。
「本当に良いのか? 命賭けの戦いに身を置く事になるが。」
「そんなん言われて断っても、それこそ無一文の命賭け生活だよ。それに、付き魔法使いは二人いるもんなんだろ?」
「ああ、一応そのつもりで頼んではいるが……」
「なら良いじゃねぇか。攻撃魔法と回復魔法。完璧なパーティーだろ。」
「大体あなた、魔王がどんなのとか知らないでしょうに。」
「うぐっ」
ごもっともな話である。魔王どころか、この世界の事を殆ど知らないのが今のヨミだ。
「いや、魔王ってくらいだから王国を脅かす悪の頂点……的な奴だろ?」
ヨミの知っている魔王像を並べてみる。
「まぁ、大体合ってるんすかね。そんで、その魔王を倒す為に900年の間代々に渡って鍛練を続けているのが、勇者様の家系って訳です。」
「900ねぇ、これまた実感の湧かない。」
「ヨミってもしかして、歴史にもめちゃめちゃ疎かったりしますか?」
「おん。なんも知らない。」
「うわぁ……」
「なんで!? 今の快く教えてくれる場面だよね!?」
全力でため息を吐くユラと、全力でため息を吐かれるヨミ。それを見てため息を吐くライク。
「じゃあ、説明しようか。これから魔王の討伐に向けて動くんだ。知っていなくては話にならない。」
そうして、ライクの昔話が始まった。
その頃、村の外れでは──。
─────
まずは、一つ。
また、順にこなしていけばいい。
何度も、何度でも。
それが、『神の意思』なのだから。
僕は、それに従うだけ。
僕は、その為に生きている。
彼を─して、何度も─して。
それで、世界は廻っていく。
それで、世界は終わっていく。
その為に、彼を─して。
──まずは、一つ。
村の外れ、誰も居ない道を往く一人の青年は、少しだけ欠けた月を見上げていた。
更新速度が大変な事になってきた物語、4話です。
台詞から場面が始まる演出やりたかっただけだろ回です。
昔この世界で何があったのか、そして最後に出てきた痛い青年は誰なのか……等々。それは神と僕のみぞ知る……(?)
それでは皆さん、おやすみなさい。