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魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
15/20

1-15 陽隠し

 そこにはまだ、穏やかで暖かい時の流れが続いていた。

 太陽も真上に近い、正しく正午と取れる時間だろうか、それより少しは傾いている程度だった。


 「──風、気持ちいいっすねぇ。」


 「ああ、そうだな。」


 辺りの家々の屋根すら見下ろせるその場所に二人、そよぐ風に身を当てていた。


 「……このまま、なーんにも来なければ、ずっとこうしていられるんですかね。」


 「どう、だろうな。誰とも戦わずに済む道が見えるなら、それなら──」


 「ふふっ、やっぱり勇者様は真面目っすね。」


 「僕がこうしていられるのも、ユラのお陰さ。」


 互い、空を見ながらも、語る相手の姿、思い出を巡る。視界は透き通った青だけなのに、そこにはこれまで過ごしてきた日々が鮮明に映る様だった。

 見ていなくても、見ているのだと、そう確信し合える存在だからこそ、この二人は五年間の旅を続けてきた。


 ───それでも、未来の遥か遠くにまで目を向けているライクの鮮紅色の瞳が、その腕と自分の腕との十数センチメートルの距離が。ひらすらにもどかしいと感じてしまうのは、罪なのだろうと。


 「──勇者様」


 「なんだ? ユラ。」


 名前を呼ばれただけで、ちょっと頬が綻ぶ。そんな優しくてむず痒い声も、近頃は騒がしい男の加入のせいでゆっくりと聞けなかったのだと、高鳴る鼓動が教えてくれる。緩みそうになる顔を、唇を絞めて抑える。それで表情の変化が隠せるとは思ってもいないし、ライクが見逃す筈もないだろうし、何よりもそれを隠す必要なんかないのだ。それでも、照れを隠す様に口を閉じて、舌を濡らして。



 「ずっと──『死神』のいない世界でも、勇者様じゃなくなっても、ずっと。隣に、居させて下さい。」



 「勿論。その日々の為の──今だ。」



 少しくらい、些細な我儘も許してくれるかと、そんな願いを口にする。それを当然と、ユラの一世一大の声を簡単に肯定するのだ。もっとも、これが初めての事ではないし、ライクがユラの想い通りの意図を汲んでいるとは限らない。

 それが何よりの、己の愛した『勇者』の姿なのだろうと解るのだから、もどかしくて、熱く鼓動に響いていた。


 「ほーんと、ずるいっすよ──勇者様は。」


 「──? 何か、悪い事を言ってしまっただろうか。」


 「いぃえ、その全く真逆ですよ。」


 今度は、空を見る為ではなく、ライクの眼から逃げる様に顔を背く。そこに映る記憶の影が、そのユラの思考をいつまでも揺るがせていた。


 「……ほんとに、なーんにも来なければ、ずっとこうしていられたら、良かったんですけどね。」


 ユラが何を願おうと、何を想おうと、逃れる事の出来ない道は、目の前にもう広がっているのに。


 「──ユラ」


 「──はい」


 「来る。」


 「解ってます。」


 「──行くぞ。」


 「勇者様の、行く所なら。」


 「手を、貸してくれ。」


 「──何処へでも、っすよ。」


 ライクの差し出した左の手を、右手で乗せる程度に重ね合わせる。普段はユラの方から迫るのに、自分からは寄れない時に限ってライクから手が差し延べられるのだ。一度軽く触れた手を一瞬だけ離し、それからしっかりと握り締める。


 「一に、『嵐』」


 立っていた地面の上に、魔方陣が輝き出す。二人、手と手で繋がれたその身体は、重りの外れた風船の様にゆっくりと浮かび上がった。


 「二に、『焔』」


 空に浮かぶ二人の影の背中に、新しく魔方陣が顕れる。それは瞬間、爆発的に火を灯して動き出した。


 「さぁ、どっちに向かいましょうか。」


 「オブザーブの、中心だ。あの気配、恐らくはギニルだろう。近くにヨミも居る筈だ。」


 「……っと、そうも行かないみたいですね。」


 その魔方陣が、音を立てて割れる。



 それを『割った』一閃が、続けざまに攻撃を仕掛けていた。



 「おいおい、いないじゃないか、『賢者』。あの方角は──ギニルのとこか、また采配しくっちまったな。失態失態」


 斬り付け、ライクがすかさず抜刀してそれを受ける。しかし、その剣の力は想像を超えて凄まじく、地面まで落とされてしまった。


 「あの木偶が勝手に死ぬのは差して問題じゃないんだが……指揮をやらされてる以上、そうもいかないんだよな。」


 そこに居たのは、何の変哲も無い体格に、何の変哲も無い剣を持った男だった。それが一層、その男の異常性を際立たせる。

 一瞬の攻防──その隙に、その場所は気付けば戦火の中心へと揺れていた。


 「すみませんが、──その木偶の所へ行かせてもらいたいんですがね!」


 杖を『顕現』し、氷柱を生み出して敵へと放つ。


 それを払い退けたのは、踏み鳴らした足音の一つだ。


 「一体、何を──!?」


 「ギニルみたいに行くと思うなよ。俺は馬鹿らしく突っ込みなんかしないからな。」


 ライクが、剣を持って踊り出る。その剣が、細身の男に届こうとしたが、その弧はほんの僅かに届かぬ所で躱されていた。


 「あんたの剣、魔族が喰らうとめっちゃ痛いんだっけ。まあ、当たらなきゃ良いんだけど。」


 「く──!」


 「それより、回復役が居なくて大丈夫か? 一回バッサリいけば終わりだろう。」


 避けられた、そう感じて次の行動への移行をする為の思考が巡る。その隙すらもこの男の剣の前では首を差し出すのと同じ行為だった。


 「じゃ、俺は行かしてもらうよ。」


 こちらに目も向けず放った言葉には、最早この一撃で殺せぬなど有り得ぬと考え切って出たものだ。


 スッと、美しささえも例えにならない剣が輝きを持って降り掛かる。音も無く揺れるその一撃は、ライクの命を確実に狙っていた。ユラも間に合わない。刃が斬り込めば痛みも理解せぬ間に死んでしまうだろう。

 或いは、ヨミがこの場に居れば助かる可能性もあるだろうか──




 「──お待ち、頂きます。」




 しかし、そこに現れたのは、ヨミではなかった。


 「あんた──誰だ?」


 「私、ラーズと申します。名だけでも覚えて頂ければ。」


 剣、ではなく、右手に渾身の魔法を落とす。風か何かの魔法によって為されたらしきそれは、男の腕から剣を弾き飛ばしていた。


 「へぇ──めんどくさいな、あんた。」


 「ご聡明で──残念です。」


 ラーズに落とされた剣に目も繰れず、今度は脚で回し蹴りを放つ。それを受け止めたのは、ラーズの身体ではなく透明な空気の壁だった。


 「でも、めんどくさくて助かったよ。さっきの今で首だって落とせたろうに。」


 「──貴方が、それで逝って頂けるのであれば、ですね。」


 「質問の答えとしちゃ正しくないだろ。何か、俺に用でも?」


 「ええ、一つ、お聞きしたい事が。」


 その間、両者は動かない。それは余裕か、それとも動いた瞬間に戦闘が開始されるのを感じてか。しっかりと両足で踏み締め、相手の顔を見合っていた。

 その静寂を先に割ったのは、謎の男だ。


 「じゃ、その一つを賭けて、競争でもしようじゃないか。」


 名案とばかりに男が語った内容は、この状況に於いて場違いを感じさせるものだった。


 「競争、ですか。」


 「そ。どっちが先に『賢者』のとこに行けるか、単純なかけっこさ。あんたらの方が速ければ、答えられる範囲で何でも答えてやるよ。」


 「遅れを取れば、ヨミ様を討たれる、と?」


 「そ。──ま、着くまでに生きてるかはあんた次第だけどな。」


 男が、指を鳴らす。それと同時に、轟音が響き視界が真っ白に覆われる。


 「俺はローグ。こっちの名前も覚えてくれよ。」


 その正体は、雷鳴だった。ラーズに吸い寄せられる様に落ちた雷を、ラーズは腕で振り払って返す。


 「そうそう、あんたらが外に張ってた戦線、そろそろ限界みたいだぜ? 戻るなら、今の内さ。」


 「そんな言葉、私が鵜呑みにするとは心外ですね。」


 男──ローグは、高く飛び上がってオブザーブの中心へと進み出していた。そのローグの右腕には、既に剣が戻っている。


 「追います。アレは危険過ぎる。」


 「ラーズ卿から見ても、やはり手熟れですか。──急ぎましょう。」


 「飛びますよ、勇者様。」


 魔方陣から火を吹いて、ライク達はローグの後を追う。


 その頃、ヨミは───






 ─────






 「があぁぁぁ───ッ!」


 血を流し、左目を押さえつけて唸る。しかし流血は治まらず、頬を伝って顎から滴り落ちていた。


 「は、はは……感触最悪だな。豚肉切るのの比じゃねぇや。」


 「クソ……お前さん、やってくれやがってよぉ──!」


 剣の腕に関しては千万程も差のあるヨミに、顔に傷を付けられた。その腕前がかえって刃を垂直に入れる事をせず、一層抉られる様な傷痕をギニルに残していた。


 「あー、吐きそう。気分わっる。お前良く人斬れんなぁ……」


 「ちぃ──舐めやがって、オレに剣で勝てると──!」


 大剣を構え、血を垂らしながら斬り掛かって来る。事実を言ってしまえば、ギニルに本気で斬られては只では済まないだろう。それを受ける技能もヨミには持ち合わせが無いのだから。


 「片目だけで、距離感も掴めてねぇんじゃねぇか?!」


 ハッタリ、言葉を使った錯乱だ。ギニルは確実に距離を詰めている。だからその間合いを惑わせる為の出鱈目だった。


 「悪いが、オレぁ目ぇ閉じてても相手の気配位わかんだよ!」


 「ぎぃ──っ」


 後ろに躱しながらギニルとの距離を開けていたのだが、それすらも一気に詰められ、間一髪で剣で防ぐのが精一杯だった。


 「受け身が、為ってねぇ!」


 「逆に、何したら剣折れねぇの?!」


 先程ベルクロスが振っていた剣と同じものの筈だが、この細身でギニルの轟剣に敵うビジョンが全く見えない。どうやってこんなのと打ち合っていたのだろうか。

 結果、一撃で簡単に折られてしまった剣先は、弾ける様に地面に転がっていってしまっていた。


 「クソ、剣が──!」


 「良いじゃねぇか、どうせ元通りなんだろう? 何べんでも折ってやらぁ!」


 剣で弾かれた身体ごと、反動も受けながら折れた剣の元へと走り寄る。姿勢を低くし、柄を握る右手と反対の手で刃先だけになった剣を拾い上げた。


 「こっちだってコスパ痛ぇんだよ! 剣一本にどんだけ魔力掛かると思ってんだ! 解んねぇ、教えろ!」


 「オレが聖魔法使えると思ってんのか。知らねぇよ!」


 剣を輝く光と共に元通りにし、ゲームで散々使ってきたキャラの見様見真似の構えをつくる。ビームも出なければ跳び斬りなんて出来もしないが、今ヨミが使える剣はそれしか無かった。


 「被ダメ、承知───!」


 「これだから、お前さんは──」


 左側から、大剣が迫る。それを腕で受け止め、右の手で握った剣を突き出した。


 「両の眼、ぶっ潰したらぁ!」


 「させっかよ! 『礫』!」


 岩が、右手に突き刺さる。突然の衝撃に剣を取り落とし、武器を失った状態で至近距離に『死』が迫っていた。


 「づ……ってぇ! 大和魂見せたろか! ジャパニーズニンジャ、舐めとんとちゃうぞ!」


 「何言ってんのか、解らん!」


 ヨミが持てるのは、一本の剣と聖魔力。それと小賢しい頭に小さなハッタリだけだった。



 「アドレナリン、足りてますかぁぁぁっ!!」



 両腕から血が噴き出す。その痛みも何もかもを全て置き捨てて、口から勢い良く何かを吐き出していた。それは、陽に晒されて一瞬、光った様にも見えた。


 「魔法は口で溜められる。知ってたかよ!」


 「お前さん、まだ──!」


 地下深く──巨獣わんわんおとの戦いに於いて、手に溜めきれない魔力を口の中だけで集める戦法を使った。それが、『顕現』の範囲の対象であると、そう踏んで吐き出したものは──




 「──『轟』」




 ヨミとギニル、互いの顔面の前に爆発は起こった。

 それは二人の間にあった空間を切り裂き、赤い光の明滅と共に両者共々を吹き飛ばした。


 「遅かったじゃねぇかよ──ベル」


 「悪いな。お前の好みが解らなかったんだ──ヨミ」


 真っ黒に焦げた顔で、唇を震わせて軽口を投げ掛ける。それに応えたのは、ベルクロスだった。


 「良いものをやろう。──二人共、な。」


 ベルクロスはギニルへ向けて手を構え、そこから一枚の紙を『顕現』する。それはかなり古ぼけていて、開かれた紙面には赤く魔法陣が刻まれていた。


 「面白いモノを見付けた──まずは、貴様にだ!」


 ベルクロスの手の中で、魔法陣が光り輝く。天を突く光が見えたと同時、その魔法陣はその力を発揮した。

 ギニルの周囲の空気が変わる。明らかに流れの狂った世界の中心で、ギニルは地面に叩き付けられていた。


 「重力、魔法か──!」


 「古い陣書だったが、効果はまともらしいな。──ヨミには、これだ。」


 「お、どんなもんよ?」


 ヨミが結果を期待する。そのヨミの掌の上に、ベルクロスは『顕現』させた杖を乗せた。

 それはヨミが持っている杖の倍は長く、ユラの杖よりは短い程度のものだった。杖の先には数々の装飾があり、それらの中心には真っ白く濁った宝玉が取り付けられている。その玉から持ち手へと繋がる様に、棒の部分には透明な管が通っていた。


 「こりゃ……杖だな。」


 「俺の見聞が正しければ、この先に付いているものは『(から)魔石』と言う。注入した魔力を魔術ではなく、属性を持たない『力』として出力する事が出来る代物だ。」


 「ほん、そんな種類のもあるのか。」


 「お前には桁外れた魔力があるが、それでは敵は倒せん。だから、武器としてヨミには丁度良いだろう。」


 「成程……サンキュだ。──こりゃ、みるみる負けのビジョンが見えねぇな!」


 新しく手に入れた杖を握り、感触を確かめながらギニルの方へと顔を向ける。そこには依然重力魔法が発動していたが、慣れてきたのか剣を地面に突き立てて立ち上がろうとしていた。


 「そろそろこの陣も限界だな。元より話す時間が取れれば十分のつもりだったが。」


 「んじゃ、やりますか──と、そんだけじゃないだろ。」


 「──なるべく多く、だったな。」


 ベルクロスは掌を下に向け、そこから剣を『顕現』させる。それは一本に留まらず、次々に出現する剣の数は十を軽く超えて増え続ける。


 「二十、借りておいた。返すかは知らんがな。」


 「段々、ベルの性根が見えてきたな……」


 「二振りは貰うぞ。他は、上手く使え。」


 「コピペソードが18本、十分だ!」


 ベルクロスはその一つを握り、軽く試す様に振ってから構えをつくる。その横でヨミは、その散らかった剣を魔力へと還元して自分の中に仕舞い込んでいった。


 「術が解ける。その瞬間を狙え。」


 「理解! 突っ込むぜ!」


 「が、あぁぁぁぁ───ッッ!!」


 ギニルが咆哮と共に立ち上がる。そのままの勢いで乱暴に振り上げられた大剣が、空気の重みを切り裂いて一閃。既に弱まっている魔法陣術式の限界が近いのだ。


 「やっと異世界最強モノっぽくなってきたんじゃねぇの!? はじめての魔法っぽい攻撃、俺の時代で超勝つる!」


 「お前さんだけは、ここで仕留める──!」


 杖に、魔力を溜める。溜めて溜めて、持てる限りの魔力を杖に通った管から空魔石へと蓄えられていった。白く濁っていた魔石は、徐々に輝きを帯びて『力』をその内に秘めていく。


 「弾けろ、俺の最大火力! 『ヨミさんバレット』!」


 ばん、と高らかに音が鳴る。何かが砕けた様な音と共に、そこに『力』は弾けていた。



 ──ただ、それをしたのは管の通る持ち手の方だったが。



 「「あ───?」」


 「粗悪品だったか。管が耐えられなかったらしい。」


 杖、と呼ぶには全く要素が足りない、と言うより必須である棒部分が消え、後には先端にあった空魔石だけが残っていた。


 「は? おい、ベルてめぇ! おま、これどすんだよ!」


 「一度に通せる魔力量にも限度がある。ヨミが一気に魔力を通し過ぎたんだ、すぐ直せるだろう。」


 「お前さん、何だ、虚仮威しかぁ!」


 「あっちょっ待ってまじ待ってやば」


 ギニルの剣が、ヨミに襲いかかる。これはマズいと本能が騒ぎ立て、何とか逃れようと舌を回そうとするが、それを止めたのは突如感じた違和感だった。


 人間の感覚とは人間の思うよりも優れたもので、その時ヨミとギニルは、足裏に感じた小さな感覚にほんの僅かに意識を動かした。

 そこにあったのは、先程砕けた杖の先にあった空魔石だ。空中に弾け飛んだその魔石が、地面に落ちてその場を響く。それは些細な足音程にも満たない音だったのだが──



 そこに溜め込まれた『力』だけは、静かになどしてはいなかった。



 それは、ただ打撃のみを持ったエネルギーの塊だった。

 地面が割れ、土が辺りに舞う。炸裂した衝撃波は真上に噴き出し、飛ぶ鳥すらも凌駕する白の閃光と共にその場の風を掻き乱した。


 その中心近くにいた二人は、足を踏み込む事もする前に『力』に全身を打ち付けられて身体が浮き立ち──


 「ぐぇ──」


 「平気か、ヨミ。誤爆とは言え、アレを諸に喰らうのは危険だ。」


 「じゃ、杖渡す時もうちょい言い様あっただろ! あとキャッチすんなら優しくしてくれ!」


 吹っ飛ぶヨミを見事キャッチ──と言えなくもないが、少しズレれば鳩尾も無事では済まない所にベルクロスの腕がめり込んでいる。しかも、ヨミの上下が逆さの状態で。

 しかし、それだけ衝撃が強かったのだ。顔面至近で爆ぜた『轟』ですら、いくらか後ろにひっくり返る程度だったのだが、今度のものは明らかに身体が浮いていた。心臓の下辺りがふわりと浮き上がる感覚が、ヨミの中で渦巻く程だったのだ。


 それが、ギニルにも叩き付けられ、あの巨体さえも打ち飛ばされる。舞う巨躯は宙を浮き、高い壁に打ち付けられて尚殺せなかった速度が崩れる壁面に良く現れていた。

 左目を潰し、顔面が焼け焦げた姿で、剣を取り落し壁に埋もれるその惨状は──


 「敵ながら、可哀想になってきたな。俺だったら何回か死んでるね。」


 「──ヨミ。敵に慈悲を向けるな。あの『勇者』に足りない部分を補えるのは、『付き魔法使い』だけだ。」


 「──ライクの方が、俺よりずっと戦えるさ。慈悲どうこうってんならライクの方があるだろうけど。」


 「俺はもう、容赦はしない。あの男は、一刻でも早く斬るべき相手だ。」


 ヨミを地へ下ろし、剣を構え直す。もう動かない的だ。などど油断をする思考すら、ベルクロスの脳内には存在しなかった。

 息を吐き、そしてなるべく時間を掛けずに剣の軌道を心中で描く。ギニルに時間を与えてはならない。この瞬間に確実に仕留める為に、ベルクロスは大地を蹴り上げようと──




 「あんたも、大概めんどくさいなぁ──」




 前に進もうとした足が、地面に埋り込んでいる。


 右足が、地面の重みと予想外からの声に勢いを失う。足を引く直後に異変に気付き転倒は避けられたが、その姿勢は簡単に崩されていた。


 「何者──!」


 「何者、って聞かれると、説明難しいかな。まぁ、今日の仕事の班長って言うか、指揮やらされてる係みたいなもんだよ。よろしく。」


 片足の埋められたベルクロスを前に、身構える様子も無く語り始める。それどころか、気だるげに頭を掻きながらベルクロスに背を向けギニルの方に目を向けていた。


 「貴様も、魔人か!」


 「まぁ、そんなとこかなぁ。……て言うか、ギニルはまだ生きてたんだな。もうとっくに潰れてると思ってたけど。」


 ベルクロスの言葉に、そして合わせて放たれる剣撃に存ぜぬ顔で立つ男。その刃は確かに届いた筈なのに、その空間ごとが嘲笑う様に歪んで届かない。


 「で、あんた。確か……ヨミって言ったっけ。それで合ってるか?」


 今まで何も考えない顔でギニルの方を向いていた男が、思い出した様にヨミに振り返って確認をせがむ。その真意は解らないが、それを答えた時にどうなるかは本能で理解していた。

 だから、ヨミが言うべき言葉も決まっている。


 「あー、おほん。そう、俺を殺すのがお前等の仕事。かかってこいや、細男。」


 「俺、そんな細いかなぁ。別にあんたとそこまで変わんないと思うんだけど。」


 男が、手を軽く上げて魔力を編み始める。その手の中には、小さな魔法陣が何重にも積み重ねられていくのが見える。

 掌サイズの、小さな魔法陣だ。だが、そこに感じる気配はラーズに出会った時の衝撃を超えて禍々しさを持っていた。喰らっては今度こそ只では済まない、魔法に慣れの無いヨミの目にもそれが映っている。


 「俺に何したって無駄だ。そんなの喰らっても屁でもねぇぜ?」


 「例えそうなら、死神様がわざわざあんたを殺す為に遣わす訳無いだろ? ま、あんた自体には何もしないけど。」


 「───はぁ?」


 男の言葉を噛み砕いている間に、空気に変化が生じる。何か、周囲の魔力が──などと考えたが、それはもっと解りやすいものだった。


 「暗く、なってる──?」


 「前と後ろに面倒な奴が居るんだ。下手に動けるかよ。」


 辺りが、突然暗くなる。そうは言っても、闇に呑まれるという感じではなく、薄暗い部屋の中に閉じ込められる様な感覚だ。その独特の空気感、匂いにヨミは上を見上げていた。


 その目に、水滴が跳ねる。


 「雨───」


 雨が、降り始めた。異世界で初めて見る雨は、酷く魔法的なものだった。


 「晴れてたってのにいきなり降ってきたって事は……」


 「ちょっとした、複合術式だ。場の有利ってのは大事だからな。」


 場の有利。その一言で緊張が走る。

 広がる雲は果てが見えない。それがオブザーブの全体を覆っているとすれば、既に安全な場所は存在しない可能性もあった。


 「別に、酸性雨降らしたりしてる訳じゃねぇけど……何、考えてやがる。」


 「そんな怖い顔しなくても良いだろ。俺だって下手に動けないんだって。」


 「──逃げる気か、貴様。」


 理解の追い付いていないヨミの隣で、先に答えに辿り着いたベルクロスが声を上げる。


 「思ったよりめんどくさそうな魔導士と剣士が居たんだ。奇襲をドブに捨てんのは勿体無いけど、減るもんなんてそこのでかいボロだけだしな。」


 「は、てめぇ。逃がすと──」


 「──そうそう、さっき『勇者』が居たもんだから墜としておいた。早く行った方が良いんじゃないか?」


 「な───!?」


 「じゃ、また後でな、『賢者』。あんたを殺すのに手を抜きはしない。勿論、その障害もな──不具者。」


 雨が強まる。そのどれかの一滴が男の肩に弾かれた時、そこに人影は無くなっていた。


 「──クソ! ライクのとこに行ってくる。ベルは──」


 「そこの大男を斬る。寝ている内に邪魔は消させて貰う。」


 「いんや、今更何だけど俺死んでる人見んのあんま好きじゃないし──お前って、拘束とか出来るか?」


 「──。殺しは、しないでおく。」


 「それで、頼むよ。」


 土砂降りにまで達した雨の中を、踏み抜く足音が一際響かせる。元々から走りに向かない服装の中、水が染み込んで余計にヨミの身体を重たくさせていた。


 「ライク、ユラ──死んじゃあいねえだろうな──!」


 そもそも、何処だかも解らない。男の言葉の真偽も謎のままだ。でも、それで取り零す命の重さだけは、ヨミは良く知っていた。


 滑る石畳を踏み、ぬかるむ泥を乗り越えて、ライク達が居た筈の場所へと走る。


 広大な都市に、栄えた街並みに、雨が降り注ぐ。






 その道半ば、そこだけはまるで別の景観が広がっていて。



 壁に身体を預けて座り込む勇者と、それを背に庇う様に杖を突いて立つ血塗れの魔女の姿があった。

 雨降る昼の物語、15話です。

 剣の勝負に見せかけて、ただヨミさんとギニルさんが二回爆発で吹っ飛んだだけ。そろそろ不憫になってくるギニルさんです。折角なので後書き位は主役でいきましょう。

 大剣ぶん回す筋肉バカに見えて、中々インテリちゃんなギニルさん。ちょくちょく出る死神様の御言葉は、編:ミコトの『死神言集改訂版』に記されているものです。剣とかも、独学で勉強したり。でも爆発で吹き飛ぶ。剣技どころじゃない。不憫。


 それでは皆さん、おやすみなさい。

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