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魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
13/20

1-13 折れ曲がる光

 その日、オブザーブには放送が流れ、都市の民が皆警戒を払っていた。オブザーブ防衛戦線──鋼が如き灰色の鱗を纏う伝説の龍を彷彿とする戦士達が、都市を護らんと体を成している。


 その裏方、オブザーブ正門を入ってそこそこの所の見張り台から、ヨミは都市を見回していた。


 「これは、デジャヴだな。見張り台って、そういう職じゃなきゃこんなハイペースで登るもんじゃない。」


 「そう言えば、この間のアンデッドの軍の時もあなた上からちまちましてましたね。」


 「ちまちま言うなっつの。立派な作戦だよ。」


 異世界召喚六日目にして、何故か二度目の見張り台である。戦に於いては要となるものに間違いはないのだが、魔王討伐を目指す身としてはファンタジーに欠けていると感じていた。そんな考えも今更な気がするが。


 「俺の読んでたラノベは、大群に一人で突っ込んで無双してたんだが……」


 「やりますか? ギニルぐらいの奴がどれだけいるか、解りませんがね。」


 日に日に強くなるユラの当たりは何なのだろう。もしかしたら、これが元々のユラの性格なのかも知れない。これまで閉じ込めていた素が出てきているのなら、それは多分良い事である。


 「うんうん。良かったな、ユラ。」


 「せめて受け答えくらいはちゃんとしてくれないんでしょうか?」


 いつもの軽口の投げ合いをしつつ、塔から身を乗り出して空を見上げる。

 そこには、雲一つない快晴と、それを照らす一点の炎が燃えていた。熱い、生を思わせる強い眩さが、ヨミの目を焼き付ける。


 「さぁて、このお天道様が帰っちまう前に終わらせちまおうぜ。」


 「それも、魔物達がいつ来るかに掛かっているんだが……どうやら、まだ動きは無いらしい。かなり距離もあるだろうし、戦いは昼過ぎになるかも知れないな。」


 「じゃあ、何もずっとピリピリしてなくてもいいじゃねぇか。こんな狭いとこにいなくたって、近付いて来たらで間に合うだろ。」


 「そんな事言って、相手がのこのこ歩いて来るとは限りませんよ。こないだのオズだって、同日に全く別の十二カ所で目撃情報があったなんて報道も見たことありますし。」


 「あいつ、何してんだ……って、マジックショーだな。」


 確かに、オズの様に飛行が可能な魔物ばかりの可能性もある。次いで、ヨミの脳内で魔物がオズクラスの変人集団である可能性が浮かび、首を振って情景を払拭する。

 だが、魔物達がこの都市までどれだけの時間で着くかは未知数の為、やはり気は抜けないのだ。


 「ちなみに、そいつらは今どの辺に?」


 「悪いが、遠すぎると正確な距離は掴めないんだ。動きの有無だけなら解るんだが、どれ程の場所にいるかは……」


 「んじゃ、そのライクレーダーはどんくらいの距離感は掴めるんだ?」


 「1キロか、2キロメートル、くらい……かな?」


 「意外と広……いや、狭……? 広くは、無いか……でも……どうなんだ、それ……?」


 私生活に、それ程遠い場所を感知する必要はないのだろうが、戦いになると話は別だ。たかだか1,2キロでも命を左右するのは否めない。


 「正確に感じられる範囲はあまり広くないが、だいたいの距離感や強さなどは僅かだか感じられる。近付いて来る動きがあれば、多少は解る筈だ。」


 「でも、今は動きはねぇんだろ? そんな目凝らしてるとドライアイになっちまうぜ。」


 「あなたは忍耐力ってのは無いんですかねぇ。」


 しかし、朝からここで待機して早二時間は経とうとしている。そこそこに忙しい生活を送っていたと自負するヨミには、退屈と言うのも仕方のない事だった。

 ヨミはこれまで、全国各地で難病の治療に当てられてきた。その為にあちらこちらへと赴いていたので、高校生とは思えないハードスケジュールをこなし続けていたのだ。


 「いや、寧ろ車で待ってる時間の方が長かったか……?」


 「癖って、治らないもんですねぇ。」


 前世、と呼んで良いものか、生前の記憶と呼ぶのが正しいか。何にせよ、日に日に懐かしむ気持ちが増えるが故に独り言の勢いも増していくのだった。


 「そだ、ここにも病院みたいなとこはあるだろ?」


 「行く気か? ヨミ。確かに、その力があれば沢山の人が回復すると思うが……」


 「今は、戦闘の方が大事。でも、怪我してる奴にゃ、魔物とかと戦ってた人もいるんじゃねぇか? 戦力確保は大事な戦略だぜ。」


 「そうか──戦える者は多い方が良い。その通りだな。」


 忙しかった日々を思い返せば、元々何の為に飛び回っていたかも勿論出てくる。それは人々を癒やす為、怪我人の治療の為だ。その役割は今だって変わっていない。どこにだって怪我人はいて、どこにだってそれが集まる場所があるものだ。だからこそヨミは様々な場所へと行っていたのだ。

 そうと決まれば、なるべく早急に行かなくては。とオブザーブの地図を『顕現』する。幸いにも、地理で習った地図記号とかいうヤツはこの世界でも使えるらしい。


 「そんじゃあ、行ってくるぜ。ささっと戻ってくるさ。」


 「ちょ、あなた……」


 ユラが止めようとするが、掛けられた梯子を飛ばし飛ばしに駆け降りてしまった。着地に失敗した音だけが下から響くが、何事も無かったかの様に走るヨミの姿は見張り台からはっきりと見えていた。


 「……ったく、そんなら昨日の内にやっとけって話ですよ。」


 「ヨミは、あれが本来の生き方なんだろう。それを止める理由はないさ。」


 「勇者様がそう言うんなら、っすけど。」


 「それに、微弱だがヨミの位置も見える。合流も難しくないだろうしな。」


 そう言いながら、ライクはヨミの走って行った方向を見る。ヨミは魔物である、という事を忘れた事は一度もない。それがライクの危機になりうる可能性があるのなら、そこに気を抜く要素はなかった。なのに、ヨミと話せば話す程に、彼が魔物である事を忘れてしまいそうになるのだ。


 「……ほんと、勝手ですよ──」


 独り言の様に、まだ肉眼で見える距離にいるヨミに視線を送る。遅い訳ではないが、決して速くはない疾走。その背を目線から突き放し、そっとライクの肩にすり寄っていた。






 ─────






 「病院、遠───っ」


 見張り台は門の近く、重要な施設は中心部。どちらも知っていたにも関わらず、それどころか宿から見張り台まで一度身をもって歩いたにも関わらず、病院までの距離を完全に舐めていた。だが、ヨミは一応疲れ知らずの身体である。体力テストで殆どの種目が6,7点前後の中、シャトルランでのみ全国新記録を叩き出した男はこの程度ではへこたれない。

 10分程疾走して、やっとの事で辿り着いた先には、周りに比べて明らかに大きい建物があった。


 「ここか? 他より随分でかいが……でも、俺の知ってる病院よかはちょっとちっちゃいか。」


 昨日見たギルドよりも、龍の番所の入り口となる建物よりも大きい。大きいのだが、日本の現代病院を幾つも回った身としては、それは病院と言うには少しばかり小さかった。


 「……って、ちょっとした怪我くらいなら魔法で治っちまうのか……そりゃ、病院も縮んじまうな。」


 我が身イコール病院と言って相違ないヨミだが、それ程でないにしろ回復魔法はその有用性から当然普及するだろう。そうなれば、入院するだけの大怪我をする人間も少なくなるというものだ。


 「自動ドア……あるな。腕をしくっても大丈夫。導線は……魔法があると、手術自体あんまないのか……?」


 きょろきょろと病院に入りながらの値踏みを始める。案外、病院の設計とは人命に直結する。沢山の病院を見てきたヨミについた悪い癖である。


 「そもそも、この石だかコンクリだかわからん床はなんだ……? 一応ちゃんと綺麗っぽいが……」


 ととん、とローファーの先で床を小突く。清潔さは第一であるとは思うが、その材質自体に疑問を持ち始めては考えが尽きない。番所の入り口の真っ白に一面貼られたものに似ている様な感触だ。


 「ここ世界の高級建材、もしくは魔力を持った石の類、とか。」


 そう言った存在があって、それも建築に利用されるかは不明だが、ここは異世界。ファンタジー。

 と、ヨミはわざわざ病院観光をしに来たのではない。ちゃんとやるべき事があって急ぎで来たのだ。


 「あのー、ここに入院してる人に会いたいんですが……」


 「お見舞いですね。何方に御用でしょうか?」


 「あー、っと、なるたけ強い人、かな? いやでも、出来れば全員かなぁ──」


 「え…えっと……」


 「あ、すいません、なんかこう……」


 「いえ、あの、強い方、ですか……?」


 「あ…はい。取り敢えずは、そんな感じで……?」


 「えっと…承知、しました……?」


 受付が、妙におどおどしている。それに釣られてヨミの何故かキョドった口調になり、末には互いが疑問形になっていく。


 「あ、その、俺あれっすよ。付き魔法使い。人の治療出来たらなーって。そんでそれで戦力確保出来れば一石二鳥、的な?」


 「あ……そうでしたか。急ぎ、手配させて頂きます。」


 微妙な空気を察したところで、自分の素性を明かしブレイク。話がなんとか進んだので、その場にあったベンチに座り込んだ。

 受付の人が居なくなった事で、ようやくこのロビーの静けさが耳に鳴ってくる。病院ではお静かに、それは言うまでもない当然のマナーだが、人がいる場所には必ず何かしらの音がなる。ただ、そもそもその場に2,3人程しかいなければ話は別である。見舞いか診察か、来た目的は定かでないが、人数から見てやはりこの世界における病院という存在の価値は薄いらしい。


 「ヨミ様、ですよね? どうぞ、こちらへ。」


 ぼんやりと思考を巡らしているヨミに、先程の受付が声を掛ける。その人の誘導に従って、ヨミも廊下を歩き始める。


 「えっと……受付、開けちゃっていいんですか?」


 「まぁ、お客様もあまりいらっしゃいませんし。……と言うか、受付をやっていて私に声を掛けられる方も少ないですから。」


 「何の為の受付……?」


 「お見舞いの方は部屋が分かっていらっしゃいますし、診察の際も医師が自ら出向きますからね。」


 「それで回る世界、恐ろし……」


 治療の為に引っ張りだこに遭っていた自分の住む世界に比べてしまうと、何とも平和と呼ぶべきか、それとも真逆か。


 「本日は衛兵さんの放送もあってかほんの少しばかり来られる方も増えていますが、まさか付き魔法使いの方から出向いて下さるとは。入院までされる程の方は、私達にはどうにもなりませんから。」


 「ってーと、魔法の回復にも限度があるのか。その辺、俺にどうにかなるもんすかね?」


 「──? 勿論、ヨミ様は聖魔導師だとお聞きしましたが。」


 「そだけど……それが?」


 「この病院は医学や水魔法による医療に関しては高い技術がありますが、光の魔法にまで精通する者はおりませんので。オブザーブも小さい都市ではないですが、聖魔導師になるだけの方はもっと人の多いところで働かれているか、アンデッドの討伐に派遣されているかが殆どでしょうね。」


 「へぇ……珍しいもんなのか。」


 どうやら、聖魔法とは随分とレアものらしい。これだけの規模の都市にすら居ないとなると、ライクが『賢者』を長い期間決めかねたのもそう言った理由があるのかも知れない。


 「そんで、その水のやつで治せないやつも聖魔法なら治せるって訳だ。」


 「水の魔力は生命の力自身を活性化させるものですから、生物としての回復力を上回る怪我は治せませんからね。聖魔法とでは治療の方式が根本から変わっていきますよ──と、」


 話の区切りの良い所で、重ねる様に天井からベルが鳴り響く。館内放送らしきものの始まりを告げる音階が廊下に伝わっていた。


 『館内におられる皆様に連絡です。聖魔導士の方がいらっしゃっています。患者様は二階、中央棟にお集まり下さい。館内スタッフ、及び医療者の方は重傷者の方の案内をお願いします。繰り返します───』


 「状況説明が急かつ雑すぎて怪しい放送な気もするが……俺は病室回らなくていいのね?」


 「大怪我をした方が多いとは言え、棟内は専用の転移陣も敷かれていますし。術式の登録がされていないヨミ様が階段で出向かれるよりも、こちらの方が早いかと。」


 そう話している間に、目的地へと到着する。と言っても、ロビーのすぐ真上の為、少しの廊下と階段一階分だけの道のりではあるが。

 廊下に比べて広く採られた空間に、視界の開かれた大きめの窓。幾つか並ぶ椅子と机に、「ここで、座ってお待ち下さい」とだけ言って受付の女性は去っていった。


 開放感のある窓には、ガラスを貫く日照りが差している。鉄の枠組みが光を逸らし、七色に輝いていた。眩しい陽の当たる空間の中で、ヨミは手の中にか細く光を生み出す。強烈に輝く恒星の中で、それでもこの光は人を救えるのだと、ヨミは見当違いの対抗心を抱いていた。


 「……それが、光の魔法ですか。」


 突然の呼び掛けに、渦巻いていた光が一気に消散する。驚きを喉から震わせるよりも先に、目の前の机に一杯のコップが置かれていた。


 「失礼しました。私も外部の方がいらっしゃった時にしか見たことがないもので、つい見入ってしまいましたね。」


 目を落とすと、無色がかえって輝きを放つグラスに、揺らぐ茶色の水面があった。揺らぎが目映い太陽の光を打ち、またもやヨミの心中を鮮明に透かしてくる。


 「──ぁ、どうも。」


 カラカラ、氷が打ち合う音を聞きながら、グラスに口を付ける。その味は想像通り、見た目通りと言うべきか慣れ親しんだ麦の味だ。


 そういえば、ここはどの時期なのだろうか、ヨミにとって過ごしやすい気候から、日本に程近い環境にも思えるが、それが余計にどの季節とも取れる感覚にさせていた。

 元の世界の時期で言うと、今まさに纏っている制服が秋の訪れを感じさせる『冬服移行』を終えた後のブレザーとなっている。その格好でこれまで過ごしてきて、問題のない季節という事だろう。

 ──その思考に、あまりにも冷ややかな己の体温を度外視したものであると、気付く事もなく。


 「あるもんなんだな、麦茶。今考えてみればもう二度と飲めないんじゃないかとも思うけど、異世界の割に異世界感がねぇっつうか……」


 「苦手……でしたでしょうか。でしたら、別のものを用意致しますが。」


 「いえ、何ていうか、まぁちょっとばかし独り言癖があるもんで。気にしないでください。」


 ブツブツと言いながら飲んでいれば、出した方も不安になるだろう。そう言ってからは静かに、噛み締める様に飲んでいた。それでもしかし、麦茶というのは飲みやすさも売りの一つである。そう時間も掛からずに飲み干して、氷だけになったグラスをテーブルの上に戻した。その氷が、また別の角度から光を屈折させ、やはり眩しく虹色を仄めかしていた。




 それから然程は掛からず、その場には人が集まっていた。見た所、人数は十もいるかいないか。未だ集まっていない病人がいる可能性を考えても、病院の外観やロビーの印象通りの規模らしい。

 しかし、魔法での治療が栄えるこの世界で入院するとは想像のまま、かなりの重症を負うものだ。老化によって身体の禄に動かない様な人もいるにしろ、若年層では片足を失い、慣れない松葉杖を使う様子の人間もいた。


 「えーっと、お集まり頂いたところで、ささっと治療しちゃいましょうか。どれくらいの知名度かは知らんですが、今代の付き魔法使いのヨミです。」


 一応、不思議ファンタジーの世界ではあるが、治療した者の名前ぐらいは知っておいた方が良いだろう。先に名乗ってから、治療に取り掛かる。


 「さ、皆さん。順番に、程度の重い方を優先してヨミ様の前へ並んで下さい。」


 受付の女性が、順々に対応をしていく。こういう時には我先にと争う者も出てくる事が多いのだが、人数のせいか、はたまたここの民度が良いのか。それともそれだけはっきりと解る程の重症だったか。

 そのヨミの前にまず最初に現れたのは、車輪に魔法陣らしきものが刻まれた車椅子に乗せられた男だ。顔には、古い傷が深々と鼻の上を切り裂いており、その手足は痺れた様にぴくりともしていなかった。虚ろに、光の薄い紺碧の目をこちらに向け、薄く口を開く。


 「お前が、『賢者』か……?」


 「──えと、そういう役目になってますね。」


 「そうか……」


 声、と言うよりも溜め息に近い音で、ヨミに語り掛ける。今目の前にいる男はあまり体格に優れている訳ではない。が、以前はかなりの強者であったと、そう思わせる何かがあった。


 「ちょっと、仕事でしくじってな。……頼む。」


 「はい。──見た感じ、手足がって言うよりも、内側の方をやっちゃったみたいですね。ちょっと失礼──」


 男に近付き、胸の辺りに手を寄せる。手先の、もっと先にある感触でその状態を探っていく。少し観察した所で、ぼんやりと引っ掛かる感覚を得た。今になると聖魔法が傷に流れ出たタイミング、になるのだろうが、これまでの世界では不思議な勘として扱っていたものだ。


 「やっぱ、大本の部分がやられてるっぽいか。」


 首からその後ろにかけて、意識を集中させて力を籠める。すっと掌から何かが抜けていく感触があり、それが光となって現れる。男の内側へと姿を消していく輝きを見届けてから、手を放した。今までとは違う感触、元の世界でやった時とは別の力の流れ方に、少しの違和感を覚えていながら。


 「──これで、大丈夫だと思いますよ。あ、急に動かすと筋肉ばっつりいく事あるのでゆっくりで。」


 「ああ。──恩に着る。」


 一言、礼を告げてから、車椅子を押されてその場を離れていく。


 「──そうだ。」


 顔だけをこちらへ振り向き、感覚が戻っていく左手で手を振った。


 「お前も、戦うのだろう。──俺の剣を貸そう。どこまで役に立つかは判らんがな。」


 その言葉に、返す間もなく男を乗せた車椅子は影へと消えていく。どうやら、目的の一つであった『増援の確保』は進められたらしい。


 「強ぇ事を願うぜ。数に押されちゃどうしようもないからな。」


 その男の後ろに並んでいた女性が、杖を突きながら前に出てくる。脚を悪くしたらしいそれを治療し、十数人の治療を進めていた。






 ─────






 「もう、増える人はいないですかね。」


 「はい、全員治療は終わりました。」


 それが終わったのはものの十分、二十分程で、片方の肩を外した男を最後に治療は完了していた。


 「さて……戦ってくれそうな人も何人かいたかな。」


 「当院は魔獣討伐の途中で怪我をされる方が多いので、元々衛兵の登録をされている方が殆どですからね。」


 彼女の言う通り、入院患者には体躯に恵まれている者が多かった。老化を理由に入った人の他は、剣か魔法、そういったものに精通しているのだろう。

 そうと言って気になるのは、始めに治療した男だ。顔面に深く刻まれた傷跡が半生を語る様だが、あの男だけは他とは気配が違った。その後も躍起になって魔物と戦う意思を示した者はいたが、彼はもっと強い、何かを持っている様だった。


 「──ベルクロス・カタストロ」


 「……へ?」


 「ヨミ様、覚えていますでしょうか。あの、顔に傷のあった男性の名前です。」


 「あ──ああ、覚えてるけど……」


 覚えているも何も、ヨミの脳内を見透かしたかと思う程のタイミングでその男の名が語られる。


 「あの方、かなり強い剣士だと聞いています。それこそ、『鋼の龍』の団長にも引けを取らない剣技をお持ちだとか。」


 「へぇ……やっぱ、あの人強いんだな。」


 「はい。──ですから、いや、だからこそ、気を付けて下さい。」


 受付の女性はこちらへと向き直り、声を硬くして話す。


 「ベルクロス様でも深手を負う程の魔物、恐らくは魔人がいる可能性があります。と言っても、運ばれてこられたのはもう一月も前ですから、関係があるかは判りませんが……」


 ベルクロス・カタストロ。この世界で家名とは大きな意味を持つらしい。その中で家名があるベルクロスは、かなりの力があると考えるべきだろう。その男が動けない程の傷を受けた。それは言い換えれば、それだけの強さの者が魔物側にもいるという事だ。


 「あれは、外傷的なモノじゃなかった。厄介な魔法でも使う奴がいんのか……?」


 「他の方が魔獣にやられた傷とは訳が違いました。水の魔法ではどうにもならない、もっと恐ろしい何かに侵されている様な──」


 そこで女性は言葉を切らす。その先は、ヨミが実際に指先で感じた通りだ。自分の身体の内側から別の身体に魔力が移動する様な感覚は慣れ親しんだと言ってもいいものだが、その更に先まで潜り込む様な流れ方がヨミの中で疑問として募っていっていた。


 「とにかく、そういう事ですから。くれぐれもお気を付けて。」


 「ああ、どうも。ライク達にも伝えときますよ。」


 あの状態がもし、戦闘に参加する大人数の戦士を無差別に陥らせる事が可能ならば、かなり戦況は不利になるだろう。相手の攻撃と自分の回復、どちらが上かという今、少なくとも魔法使いへの警戒があるとないとでも変わってくる筈だ。


 だから、ライクやユラ、『鋼の龍』の人達にも急ぎ伝える必要があるのだが──



 「──あ?」


 横目に大きく開かれた窓の外の景色が、端から発光を見せてその思考を横切っていた。



 ヨミが今居る場所、病院の中央棟はロビーの真上であり、その窓は道に向かって見やすく透き通らせられている。その情景の端、右側の更に奥から瞬く光は直ぐに消失し、その瞬間にだけ静かな元の景観へと戻っていた。

 現在、丁度昼過ぎ。真上よりも僅かに落ちた太陽を横から差す発光。その光源の方向は確か、地図によればヨミも見た覚えがある場所だった。


 「街の──中心?」


 嫌にぞっとする、背筋を伝う感覚は慣れそうもない。ただ決まって、この感覚は確かにヨミに危機を伝える本能が撫で知らせているものなのだ。

 光──ただそれだけ見れば、ヨミも幾度と自分の手から起こしていたのだから、何者かが魔法を使用したと考えて良い。だが、遠くからでも感じられる程の強さのものが、今に街の中心で起こる筈がないのだ。『鋼の龍』の皆々は殆どが街を囲う様に門を護っており、こんなところで無駄な魔力を使うなどと、有り得ない事だった。


 「──見てきます。」


 「え──? ちょっと──!」


 急いで、大きな窓を開いて飛び降りる。決して痛みに慣れたなどとは言いたくもないが、事実としてヨミは自分の感覚が麻痺している事に気付いていないのだ。二階から飛び降りるとは普通は躊躇われる行為だが、今はそれよりも得体の知れない恐怖心の方が勝っていたのである。




 道路から病院の入り口までの多少の敷地に降り、一瞬のうちに衝撃を受け止めた脚の感覚を取り戻す。そうして直ぐに、ヨミは右へとターン、街の中心である『龍の番所』へと足を急いでいた。


 だが、勢いを持って走り出したヨミの足は、それ程の距離を走る事はなかった。病院はそもそもが中心にかなり近く、光源は傍だったのだろう。ただ、それとは別に光源からこちらに向かって歩んでいる者もいたのだ。

 それが、早々と目の前に現れた男が、ヨミの行く手を阻んでいる。



 「──よぉ」



 その姿を語るのに、そう多くは要らないだろう。


 だから、その立ち姿にヨミは息が詰まるのを良く感じていた。



 「あー、第二ラウンド、ってヤツだ。今度はちゃんと仕事で、命令で来てるのさ。手加減はねぇぞ──お前さん。」



 爆ぜる様な音と共に、ヨミはたった一人、振り下ろされる大剣と対峙していた。

 治療が仕事の物語、13話です。

 今回あった事と言えば……ベルクロスさんでしょうか。本文にもありますがこの世界、家名ってかなり重要になっています。今回はカタストロさん家ですね。やっぱりこれも結構大事。

 この世界の家名、一番しょぼいものでも『三世代に渡り100年連続作物の収穫量第一位』で授かったファーマーさん(今考えた)くらいです。つまり皆さんファーマーさん一家よりも凄いことをして授かった家名なんですね。恐らく。


 それでは皆さん、おやすみなさい。

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