表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
12/20

1-12 鋼は冷めて

 それは、謎の青年がギニルを連れ去って間もない時刻───


 「勇者様、こちらで何か事件でも───」


 この都市の衛兵が数名、駆け寄って来ていた。


 「ああ、少し、魔物が暴れていっただけだ。」


 「ようそんな少しだなんて言えたもんだな……ぶげっ!?」


 「勇者様はあなたと違って数多の戦場をくぐり抜けてきてるんですよ。あなたの価値観とは全く別物です。」


 「そりゃ、そーっすか。」


 こそっとライクの大小感に違和感を言ったまでなのだが、そこそこの勢いでユラの杖が脇腹に刺さる。


 「せやかて、ど突く事もねぇだろ。それにここにもそこそこの被害あるだろし。……ライクの激戦の話も若干気になるけど。」


 「あたしと勇者様の、五年間の愛の旅を全て語ってあげてもいいですが、今はそれどころじゃないですしね。」


 「お前、オンとオフがはっきりしてると言うか、なんつーか……なぁ?」


 ユラの『勇者様語りスイッチ』がイマイチ掴みきれない。それはもう戦闘中のユラとはまるで別人の様に饒舌になっている。なんであれば、ライクと話しているとたまに『やれやれ系丁寧お姉さん口調』から『騒がしくて面倒くさい後輩口調』に話し方まで変化したりもする。


 「───でも、危ないのも事実だろ?」


 「ええ、あの魔人が言うには──明日、魔物が攻めてくる。って話でしたね。」


  魔人──ギニルは、ライクの感知した魔物が「明日まで来ない」と語った。それはつまり、明日には計り知れない程の魔物がこの都市に攻め入ってくる事を事前に知らされた訳だ。

 

 「いつ現れてもおかしくない以上、なるべく早くに護りを固めておきたい。それには貴方達の助力も必要になるだろう。だから、周囲にこの事を伝えて欲しい。」


 「はっ。承知しました!」


 数名の衛兵は、寸分の狂いもない見事な敬礼を贈り、駆け足で去っていった。


 「……大丈夫、なんですか?」


 それは、衛兵が去り、他の誰にも聞こえない小さな心配を口にしたものだ。たった三人の囲う場の中で、その言葉が反響する。

 襲撃への、不安。衛兵や都市にまで被害が及びかねない、不安。──自身が生きる為の、不安。そんな、『大丈夫』だ。


 「そもそも、明日まで来ないなんて言ったのも魔人です。あれが適当な事を話した可能性だってありますし、勝手な行動で予定変更、なんて事だって有り得ます。」


 それこそ、今日中に来られては、万全でない状態で迎え撃たねばならない。そうなった時には、かなりの苦戦を強いられるだろう。


 「───今は、早急に準備をする他にない。」


 「瞬間移動っぽい事も出来る様なヤツもいるみたいだしな。なるはやで用意だ。」


 ギニルを一瞬にして連れ去り、跡形も無く消えていったあの青年。彼が現れた場合、情報があまりに少ない。ユラの魔方陣術式ですら傷一つ付けられないどころか、ギニルの抵抗すらも無効化してしまう能力。そして───


 「魔物じゃない、ねぇ……」


 ライクの能力、そして彼自身の口から出た言葉だ。それが魔物側にいて、敵として戦う筈で、『ヨミの仲間』である。青年の存在は、ヨミ達にとってこの上ない憂いとなっていた。


 「ま、こっちに死んでる奴がいる以上、あいつがどうこうとは言えませんけど。でも、敵は敵です。」


 「……相手が人間だろうと、魔物に介する者は倒さなければならない。」


 「──はい。勇者様は、そう在るべきですから。」


 それは、ライクの持っていた考えとは真逆の、使命による思考だ。味方、と本人が言ったから手を取り合えるなどと都合の良い未来は考え難い。それでも、何処かで希望に縋ろうとしてしまう様な表情もきっと仕方のない事なのだと。


 「──使命感に浸ってるとこ悪いけど、俺達も備えくらいはしなくちゃだろ? あの衛兵さん達のとこに行った方が良いんじゃねぇの?」


 「そうだな。彼等との協力は必要不可欠だ。僕達も持てる限りの情報は出しておくべきだろう。」


 良くばあの青年に対話の機会を得られたら、と。そんな考えも、きっとどうしようもなく浮かんでしまうのだろう。






 ─────






 そこに建っていたのは、周りと比べてしまえば大きいとも小さいともない建造物だった。

 とは言え、そもそも都市の中心部であるこの場所は大きな建物が多い。その為に、普通の民家と比較すればこの建物は『大きい』部類に入るだろう。


 「ここが衛兵団の本丸ってとこか……」


 「多分、ちょっと違うんじゃないですかね。」


 又は、ヨミの先入観からして『兵士』は貴族の次くらいには偉い職というイメージがあっただけかもしれない。だから、辺りでも一番高い建物にでもなっているのではと思っていたのだが──


 「スーパーなマーケットを、さっくり半分に割ったみたいな広さ、かな?」


 「だから、ちょっと違うんじゃないですかね。」


 実際の所、ヨミの知識からしては何ら間違っていないのだが、訂正も面倒なのでそのままにしておく。

 ともかく、ヨミの想像していた建物よりは意外とこぢんまりしているのだ。


 「何つか、もっと高層な施設でわちゃわちゃしてるイメージだったんだが……」


 「たまに出てくる野良の魔物退治に屋内での仕事は要りませんし、どこもこんなもんじゃないっすか。」


 「仕事、そんだけなのか……」


 実際、もっと内側の経営やら何やらはあると思うのだが、事件事故などに関しては別の役場的なものがあるのだろうか。ユラの言葉からするに、魔物関連の討伐がメインなのだろう。

 それもともかく、今やって来ているのは先程現れた衛兵達の本拠地──衛兵団の施設。つまりはここに魔物と戦う仲間となる者達がいる場所だ。


 「まぁまぁ、バトル専の集まりなら間違いねぇだろしな。んじゃあお邪魔しますか。」


 そう言いつつ、扉の近くにまで歩み寄って──ドアノブが存在しない事に気付く。その変わりに目を見張ったのは、地面に敷かれていた絨毯、正しく言えば『魔法陣的な模様』の敷物である。

 それを踏んだ途端に、微かな光に合わせて扉が開かれる。そういった用途の魔法らしい。


 「ほほう、ここにも自動ドアは存在するってか。」


 「なんです、こんな初歩の初歩みたいな術式で感動する程の田舎に住んでたんですか?」


 「都会ってのはすんげえなぁ……じゃねえんだよ。近所のコンビニも自動ドア付きの最先端仕様だったよ!」


 それにドヤれる要素があったのかと考えるとそこまで希少なものでもないのだが、そもそもコンビニという概念がなさそうなのだからきっと元の世界の方がハイテクなのだ。


 「そう、コンビニ……あれは我が国に誇るべきものだった……暫くお別れになるとは、悲しいもんだよ……」


 「その独り言の癖、治したほうが良いですよ。」


 「そこ、立っているだけで絨毯の魔力が消費されていくから早く退いた方が良い。」


 拳を固めて悲嘆に暮れるヨミの横を、それぞれの忠告と共に過ぎ去っていく。一人は多分、罵倒。一人はきっとこの施設への優しさで、それはともかく置いていかれそうな勢いで進んでいく二人の後を追ってヨミも小走りに中へと進んだ。

 そのままライクは、受付の様な場所で話し始める。一言、二言ライクが話すと、受付にいた女性は小走りで奥へと駆けていった。


 そこは、何やら書類や印などが置かれていて、見たところ討伐依頼などもそこで行っているらしい。視線を逸らせば、屈強そうな男や剣を携えた戦士が張り紙を前に目を凝らせていた。ここの仕組みは、ヨミの中で分かりやすく言えば『ギルド』などであろうか。弱い者が集って依頼をし、強い者が集って討伐する、というやりくりのようだった。


 そんな、どこか血気の漂う空間に足を踏み入れてから数十秒。受付の隣の扉から、中高年の男がこちらへと姿を見せてくる。

 その風貌は細く、薄弱にも見える長身だった。だが、その姿を見て尚、これ程の特徴を見取るのには一時の空白が掛かった。それは、この痩せ細った骨肉からは考える術もない、圧倒的な威圧感。その正体は、一挙手一投足の立振舞も、目に宿る眼光もを後押しにした、超常の魔力流だ。


 「──どうも、勇者様。お待ちしておりました。」


 その男が口を開く。一片の振れもない口調に、その空間に緩んだ糸が一瞬で張り詰めていた。


 「私は、この『鋼の龍』の副団長を務めております、ラーズ・オブザーブ、と申します。是非とも、ラーズと御呼び頂ければ。」


 薄く白髪の混じった、流れる様な黒髪を形崩さず礼をする。それは男──ラーズの姿形からは想像も──否、寧ろここに至るまでの年月がそれを可能にしているのだと、すぐに感じ取れた。


 「このおじさん、オブザーブってーと……」


 「多分、ずっと昔から御視様の元で継がれてきた一族でしょうね。」


 ラーズ・オブザーブ──その家名は、龍護都市『オブザーブ』の名のままであり、それは恐らくこの都市の最高位に位置する人物なのだろうと見える。


 「見た感じ魔力の流れも半端じゃないですし、相当の人っぽいです。」


 かなりの魔法の腕を持つユラでさえ、称賛せざるを得ない絶対の気配。これがこのオブザーブの『副団長』の気迫だ。


 「では、ラーズ卿。──早速ですが、明日の事を。」


 「ええ。どうぞ、奥の部屋へ。」


 そう言うと、ラーズはライク達を導く様に歩き始める。そのまま受付の横を通り、そこにいた女性の一礼を受け取りながら四人は廊下を進んで行った。






 ─────






 「──なぁ、ギニル。」


 「……何だ。」


 「何だ……とはまたご尊大な口だな。」


 暗い、森の更に奥地。もう一段も暗い洞窟の奥で、ぽつりぽつりと人為的な灯火が揺らいでいた。


 「今回の襲撃──オブザーブの陥落に於いて、誰が指揮を預かっていると?」


 「……ローグだ。」


 「そうだよな? そう、俺なんだ。」


 小柄──と言うには、正面の男が大柄すぎる故、相対的にそう見えてしまうが為の印象だ。つまりは平凡、どこにでもいる様な体格の男が、その大男を見下す位置に座り、現に見下しながら語りかけている。


 「で、その俺は何て言ったっけな。」


 「───」


 一瞬、その場に停滞が生まれた。その静寂を打ち破ったのは、岩に打たれた硬い音だ。その男──ローグが、側に置かれた剣を持ち上げた拍子の空気の振動。岩と鞘の重なり合いが岩壁を伝って何度も反響した。

 その剣を、鞘に納まったままに揺らし、ギニルの頭の上まで運ぶ。


 「確か、『総攻撃で一気に墜とす』とかで、ここで待ってる筈だった、よな?」


 「あー、それは──」


 ギニルが、口を開く。が、その目的は果たされない。


 頭上で揺れる細い剣が、そのまま真下へと振り降ろされた。それはギニルの口を上から強引に閉ざし、その面を不均一で尖った地面に突っ伏される。


 「が……っ」


 「どうせギニルのことだ。一人で首とってきて自慢でもしたかったんだろう。可哀想な承認欲に溺れた子供みたいな話だな。」


 「誰が、そんな事──!」


 再度口を開くが、振った剣を縦にし、脳天に突き立てられる。


 「解るさ。ギニル程単純な奴もそういない。扱いやすいと思ったが、逆に一周してギニルは難しかったな。いやぁ、扱いきれない俺の失態だ。」


 「───」


 「はは、無言は肯定って意味らしいぜ? ま、ギニルが俺の事をどう思ってるか何て関係ないんだがな。勝手な事さえしてくれなけりゃ。」


 手に余った剣の柄をつまみ、くるくると回しながら退屈そうな口調で淡々と喋り続ける。それは外から心情を抉る様に、それでいて当然問われるべき事だろうと語り掛けられる。


 「でさ、そんな勝手な行動に出る位なんだから、余程の自信があるんだろうけど。」


 「何が、言いたい……」


 「わかんないかな。ギニル、お前はそんなに強かないんだよ。」


 だから、それは周知の事実の様に、或いは嘲笑する様にそう言ったのだ。


 「ガキの力比べがしたいんなら、そこそこのモンだろうな。俺には到底勝てやしない。ガキ大将だ、喜べ。」


 何度か、反論を口にしようとするギニルだが、舌が音を鳴らすよりも先に、喋る意思を感じる度に剣に力が籠められる。


 「でもな、殺しってのは腕相撲じゃあ決着しないのさ。俺に幼稚な遊びで勝った所で指揮は任されない、今の状況が見えるだろ?」


 今度は、周りを見ろと言わんばかりに剣を持ち上げ、両手を広げる。それに伴って上がるギニルの顔には、血と鬱憤が混じり合っていた。


 「力任せにでかい剣振り回してたって、まともな剣士にゃ枝の一本であしらわれて終わりさ。」


 「オレの剣がお遊びとでも言いてぇのか、お前さん──!」


 「本人が至って真面目だと思い込んでるタイプが一番厄介なんだ。何なら、今ここで──」


 その手は、鞘に納まったままの剣を携えてギニルの顔面へと向けられる。ここでどちらかが動けば、すぐにでも戦いが始まりそうな空気感の中──



 「まぁまぁ、落ち着いて下さい。折角私が連れ帰った彼をまた傷付けられては、心が痛みます。」



 ──その空気を、たった一言で崩したのは、薄緑の髪をした青年だった。


 「明日はオブザーブに攻め込むのです。それに備える時に、喧嘩なんてしないでください。」


 青年は絶えず笑顔を保ちながら、二人に提案する。その糸目には、如何なる感情が込められているのか読めもしない。


 「……お前さんは、何なんだ。自分は戦わねぇって言いながら、付いて来てやがるのお前さんは何がしてぇんだ。」


 「ただ、下見と言うのでしょうか。元の予定では彼等に──"彼"に会うつもりでは無かったんですけど──でも、貴方は助かったでしょう?」


 「ぐ──」


 「ですから、入念な支度をしましょうと言っているのです。その為の貴方の命、です。」


 指を一指し、ギニルの左胸を指しながら言う。そうして、軽く笑ってからその場を去って行った。


 「命拾いしたな、ギニル。」


 高い岩石の上に座っていたローグも、剣を肩に重ねて飛び降り、ギニルの肩を軽く叩いて去って行く。


 そして唯一、その場に座り込んで放られたままの大男は地面へと呻いた。



 「絶対に、殺してやらぁ──!」






 ─────






 その部屋には、まず扉の側に達筆に書かれた『会議室』の文字を横目に入室。それはその名の印象通り、部屋の中心を囲う様にテーブルが並び、更にそれを囲う様に椅子が並べられている。四面ある内の一面にはホワイトボードのらしき板が張り付いていて、左上の隅にでかでかと『鋼の龍』活動予定、などとヨミの親しむ日本語で書かれている。


 「さ、御座りになって下さい、勇者様方。」


 と言って指された席は、右側のテーブルの一番前だ。ヨミの通っていた学校の教室一つ分だろうかという広さの部屋には、余りある気もしないでもない。


 「感覚で言えば、夏休みの補修の広さ──行ったことねぇけどな!」


 「自慢、ですか? 何となく言ってる事のニュアンスが解る様になってきて凄い嫌なんですが。」


 「嫌……」


 ヒソヒソと話している中で、地味に傷付く評価に一人で胸を痛める。今日何度目かの痛みだが、それをしていると周りに置いて行かれるのも理解済みだ。大人しく席に着く。


 それから話し合いが進み、ラーズとライクが言葉を交わし、たまにユラが横から付け足した話を混ぜるという情景をしばらく眺めながら──


 「ホワイトボードにマジックはあかんやろ、と思ったら直訳魔法の筆(マジックペン)か。」


 などど、ラーズの手元を見ながら関係の無い事柄について無駄に頭を費やしていた。






 ─────






 欠伸を噛み殺しながら耐え忍ぶ時間を終え、そこから更に「勇者様と二人で話させて頂きたいのですが」などとラーズが言った為、ヨミは更に退屈を延ばす事となっていた。


 「なんだか、目一杯忙しい一日を予想してたんだが。案外暇だな。」


 「暇って……あなた、話聞いてなかったでしょうに。」


 「あれ、バレてた?」


 だから、同じ様に追い出されたユラと共に、屋上でもう沈みきったの太陽の先を眺めていた。しかしやはりユラは人を良く見ている、と自分の事など棚に上げつつ黄昏を再開しようとするヨミだが、それを遮るのもやはりユラなのだ。


 「決め顔で空見てる場合じゃないですが? 話の内容覚えてるんでしょうね。」


 「ふ……俺だって国語70点前後をキープし続ける頭持ってんだ。話聞いて要約なんて、屁でも無いな。」


 「じゃ、あたしらは明日どこで待機ですか?」


 「勿、入り口近くの監視塔の中で待ちだろ? ライクレーダーに掛かるデカブツが来たら殴り込みだ。」


 「うわ、なんすかこいつ。」


 「俺を何だと思ってやがる。このツッコミも飽きてきたぞ?」


 完璧な解答で返してやったのに蔑まれる様な目で見られる。呆けてこそいたが、ヨミは話を聞いていない訳ではない。必要な部分だけを暗記しているだけであって、決してただつまらない話とうつらうつらに聞いていたのではないのだ。そう、ないのだ。


 「いや、だって寝てたじゃないですか。その話してたとき、首がこっくりいってましたが。」


 「いいい、いってないし?」


 実のところは起きてからホワイトボードを見たらそう書いてあっただけなので、何とも対抗できないのは事実である。だが、良いではないか。必要な情報は入っているのだから。


 「ま、支障がないなら良いですが……」


 諦めた様にしてユラも柵に身体を寄せる。この建物──『鋼の龍』本部は、決して高層ではない。どころか周りの建物の方が高いくらいなのだが、それでも見上げる夜空は深く、広々としていた。

 気付けば太陽の残した微かな灯りも消えていて、点々と何処かの星が瞬き始める。一つ見えたと思えば、また一つ星が輝く。そんな粒を目で追っていると、他の星々よりも弱々しく、だが存在を大きく誇張する円形が目に留まっていた。


 「──月、か。」


 この空の上で最も大きく、しかし自ずから光を持たない、そういう存在。だがそれでも、ヨミは月が好きだった。

 花鳥風月、なんて言葉をヨミは思い出していた。要するに言ってしまえば、日本人からしてみれば風情トップ4みたいなものだろう。風情順だったとしても全国四位だ。だから、日本人的な感性はヨミも好ましいと思っていたし、自分が日本人である何よりの証明になるとも感じていた。


 そして、異世界に来たヨミの持てる、最大限の里心になるとも、そう思うのだった。


 「ちなみにアレは月って名前で良いんだよな? ちゃんと東から昇るよな?」


 「今度は何なんですか。そんなの当然です。」


 「そうか──そりゃ、良かった。」


 変わらないものがあるというのは、何気に救いになるものだ。とは言え、なんだか見知った物が多すぎるのも奇妙なものだが。


 「なぁ、ユラ。月って、好きかよ。」


 「ほんとに、さっきから急じゃありません?」


 「今まさに月の話してたろうが。ま、お前の風流な心持ちのチェックだよ。」


 その言葉に嘘偽りがある訳ではない。ただ、この中世的な世界観の中に滲み出る日本の香りが僅かばかり気になっていた。それに価値観の共有とは仲間内では大事であると、そう未来を向いた真意もあるかもしれない。


 「あたしは、普通に綺麗だと思いますよ。……って言って、あなたが満足するかは知りませんけど。」


 「いーや、十分だよ。きっと全世界共通の感覚なんだろうな。安心だ。」


 二人で、同じ月を見上げながら同じ感覚を感じていると思うと、どこか不思議と嬉しくなってくる。それがユラにとってどうなのかは解らないが。というか十中八九ライクが良いだろう。


 「──二人で夜に語り合うイベント、二日連続だな。」


 「もう、会話に脈略持たせる気ないですね。」


 「いんや、お喋りすんならライクとしたいだろうに、何で俺なんだろうな。運命様もひどいもんだよ。」


 「昨日はあなたが勝手に来たんですが?」


 「まぁそう言うなよ。それにそろそろライクも来るだろうし。三人でゆっくり喋る機会もあんま無かったしよ、ゆっくり夜ふかししようぜ?」


 「明日、何があるか分かってんでしょうね?」


 問い質すユラの言葉に、笑った顔で返答。刹那の沈黙と、そのおでこに氷塊が飛んだ。


 「いってぇ!? もうちょい優しい鞭無かったか?!」


 「あたし、温度変化系が得意なもので、『焔』の方がお好みでした?」


 「氷でいいっす!」


 自分でなければかなり危険な行為だが、何故だかこの時間が楽しく感じられてくるのだった。二人で、口元だけで僅かに笑い合い、また月に面を向けて夜風に浸りだす。

 そうして数秒、ユラの方をちらと向いて──


 「今度は、何なんです?」


 「おっと、まだ何も言ってねぇぞ。」


 この下りの扱いに慣れが生じてきているユラ。そこに面白くないと感じながらも、ユラの耳に口を近づけて囁く様に話し始める。


 「月の話の続きさ。ライクにもちょっとばかし風流チェックだ。俺の故郷で良い言葉があってだな───」


 その会話を、月だけが見届ける中。その屋上にだけ、微かな囁き声が響いていた。






 ─────






 それから程無く、屋上へと通じる扉が開かれ、その美しい金色をたなびかせながらライクが現れる。夜風すらもライクの端麗を後押しするのだから、同性であるヨミにとっては悲しいものだ。


 「よ、何の話してきたんだ?」


 「ちょっとした打ち合わせだよ。魔力の少ない魔物に関しては僕が感知するしかないからね。」


 魔物の位置を知覚して伝える事は、勇者の家系の能力としては大きな役割だ。ヨミの覚えている範囲の作戦でも重要な鍵となっているし、正しい使い方と言えるだろう。


 コツコツと、夜闇を打ち砕く様に靴を鳴らしながら、ヨミとユラの寄り掛かる柵に手を掛けた。


 「勇者様──」


 「何だ? ユラ。明日の事で何か──」


 「いえ、ただ──月が、綺麗ですね、と。」


 一言、ユラがライクに言葉を投げ掛ける。


 そう、何を隠そうか。これはヨミが仕組んだ事である。ライクに、かの有名な愛の告白(訳は伝えていない)を語り、どう返すか。どんな言葉を紡ぎ出すのかを試そうとしているのだ。

 さぁ、何を語る、ライク。ユラもときめく一言を、いとをかしな返歌を。とヨミが隣で待ち望む。──という表情を読んでか、背中に氷の粒が突如発生。変な声を上げそうになるのを何とか堪えていた。


 「……いや、やっぱり何でも──」


 「──ああ、綺麗だ。」


 やっぱり騙されたと、言葉を撤回しようとした寸前、ライクが一言、「綺麗だ」と。


 「こんな景色が、静かに、何にも邪魔されずに望める時間を失わない様に、まずは明日。この戦争を乗り越えなくてはな。」


 月を一心に見つめながら、そう決意を魅せた。それに応えたのか、白く薄れた輝きが一瞬、金色に輝いた様だった。


 「なぁ、ライク。──月と太陽、どっちが好きだよ。」


 問いた時、既にそこにはライクの返答を楽しもうなどと言う考えは掠めてもいなかっただろう。ただ、聞きたかった、聞きたくなったのだ。ライクの言葉を、思う事を。純粋な興味から、ヨミは気付けば一歩、月を背に立つライクに足を寄せていた。


 「そうだね──ヨミは、この暗い夜が好きか?」


 それを、質問で返される。思わぬ返答だった。だが、これに応えなければ望む言葉は得られないと、それも良く解っていた。だから、それは無意識に、きっと心の底から思っていた事なのだろうと、そう感じて。


 「ああ、好きさ。──何もかもが薄暗くて、生も死も、何だって薄くぼかしてくれる。そんな夜が、俺は好きだ。好きだったんだ。」


 「そうか──なら、僕はその夜が嫌いだ。」


 ヨミに、真っ向からぶつかり合うライクの言葉は、背に向けた月を置き去りにする様に陽の沈んだ方へと飛んでいく。


 「空気を冷やす夜が嫌いだ。物寂しさを寄せる時が嫌いだ。世界がぼやけて、煤ける闇が嫌いだ。それはきっと、ヨミにとっては救いになっていたんだろうね。」


 そこに、風が吹き抜ける。


 「無数に輝く星々は好きだ。間近に揺れる月光も好きだ。でも、それでも陽の一つに及ばない。」


 闇が、深みを増す。


 「だから僕は、太陽が好きだ。ただ強く、暖かく、生を感じさせる太陽が好きなんだ。」


 なのに、何故か。


 「冷やかな死と、暖かな生なら、僕は何があろうとも生を選ぶ。それで失われない命があるのなら、僕は太陽の下で生きていく。」


 そこはとても、暖かくて。


 「──鋼は、冷め切って初めて、剣として(ひと)を斬る。人は死んで初めて、熱を溢すんだ。」


 その熱が落ちていく様な、そんな感覚だけが残って。


 「そこに温もりを与えられるのは太陽だけだ。月じゃない。」


 その場、片時に帯びられた熱は姿を消し、在るのは月の見届く冷えた地面だけだった。


 「だから、月は綺麗なんだ──でも、好きには、なれない。」


 気付けば、三人は考えるまでもなく、夜空を見上げていた。否、それは正確ではない。皆、ただ夢中で──『死』を眺めたのだ。美しく浮かぶ、真ん丸のそれを、じっと見つめる時間が続いていった。


 「──らしく、なかったかな。」


 「───ぉ」


 後ろを向いたまま、ライクが声を掛ける。それまで気付かぬ程に、ヨミは月に見惚れてしまっていた。


 「勿論、ヨミの考えを否定する訳じゃない。ただ、死と向き合う時は、必ず来るだろうから。」


 「───」


 そのライクの言葉に、言い返せるものを何も持っていなかった。ただ、今まで自分が逃げてきた価値観を突き付けられた。それだけの事だ。


 「──そう、だな。暗闇に縋り付いて、目を逸らしてたって、何も出来やしねぇんだ。」


 点々と光る星は、その夜を明るく照らす。足下までとはいかずとも、それは確かに明るく、暖かいものだった。


 「明日も、こうやって星が見れるといいな。」


 「ああ。夜空はずっと変わらない。僕達が、変えるだけだ。」


 「なんだそのセリフ、かっけぇな。」


 「でも、そーっすね。明日も、その明日も、きっとこの三人でこの空を見てるんでしょうから。」


 「未来を変えるにゃ、まず明日からだ。次の夜空も、俺達で見られる様に、な。」


 「ヨミも、中々良い言葉だと思うよ。」


 「そりゃ、有言実行してからだ。──勝つぜ。」


 ──ヨミの異世界生活、五日目も、月の昇りが終わりを告げようとする。

 月の瞬く物語、12話です。

 ラーズ・オブザーブさん、オブザーブの盟主兼『鋼の龍』副団長です。魔法を使わせたら、ユラさんより器用。

 鋼の龍というのは元々は御視様の姿を模した名前で、御視様が視た世界の危機に対処すべく派遣される精鋭集団でした。御視様が亡くなってからはその役割も果たせなくなったので、普通の街の衛兵団として名前だけが残っています。


 それでは皆さん、おやすみなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 好き
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ