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魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
11/20

1-11 開戦

 薄暗い洞窟の中で、刃を振るい血潮が飛ぶ。


 こんな景色も、一昨日見慣れてしまったものの筈だった。


 それでも、その本音を聞いてしまった後では、まるで違う、酷く切ないものに見えるのだから不思議である。


 「……やっぱ、すげぇよ。」


 「──? どうかしたのか?」


 「いんや、何でもねぇ。」


 ライクの剣には、魔物の血がこびり付いている。それはそのまま、刻んだ『命』を表していた。


 「さっさと進もうぜ。こないだ来た時も結構時間掛かったし、そもそもこの薄暗いのが苦手なんだよ。」


 気付けば、早く進みたいと促していた。それが何を思っての事なのか、それとも言葉の通りの理由なのかもヨミ本人すら解らなかった。


 「昨日の今日で、そんな気にしない方がいいですよ。今まで通り頭悪そうに喋ってれば大丈夫ですから。」


 「頭悪そう、ねぇ……」


 それはそれは変わらないユラの態度が、ヨミに振る舞いを教えている様にも感じていた。


 「それとも、他の事で悩んでるんでしょうか?」


 「───。あぁ、そういや昨日は夢見が悪かったな。」


 夢見、というよりも自分の過去を見せつけられた形だ。それも、特段に失敗を重ねた日の記憶だった。


 自分の力も完全ではなく、救えない命も幾つもあった。意図的に忘れようとしていた、嫌な記憶だ。


 「……あんな話、したせいかな。」


 「そーっすか。どんなの見たかなんか知りやしませんが、勇者様の事だけ考えてりゃいいんですよ。」


 「お前、ライクが視界にいると強引さ増えねぇ……?」


 ひっそりと話している二人の前では、ライクが魔物と戦っている。



 三人は、再び龍の番所に来ていた。前回と同じく実戦での慣れと、大きな魔力を有した『わんわんお』討伐の影響を確認する為だ。


 道すがらの魔物は殆ど倒した筈なのに、何故か今日来てみればまた大量に魔物が湧いているのだから不思議な所だ。ライクが斬り、ユラが焼き、ヨミがたまにアンデッドに対処する、といった流れも慣れてきつつあった。

 それにつき『ヨミさんビーム』を含めた多種多様な技が生まれつつあり、対アンデッドの戦闘は難なく進んでいく。


 「つか、もう結構歩っただろ。そろそろ奥まで着いてもいい頃だと思うんだが。」


 体感では、前回よりは進みが早いと思っている。それを加味してそこそこの時間が経っているのだが、中々最深部に辿り着く気配が無かった。


 「大丈夫だ。御視様の気配もかなり近づいてきている。きっともうすぐだと思うぞ。」


 「御視様、なんかカーナビみたいな扱いになってる気がする……」


 「カーナビってのはお友達か何かですか?」


 「俺がかなり虚しい走り屋だったらそうかもな。」


 かなり噛み合わない、噛み合わせる気の無い会話が続いている。

 ともかく、ライクが言うのだからあの大部屋までもう近くまで来ているのだろう。しかしここから帰りに同じ道を辿る事になるのがヨミの気を滅入らせる。


 「ほら、そうこう言ってる合間に見えてきましたよ。」


 だんだんと、道が広く、高くなっていく。この先で待ち構える巨大な存在が迎える様に、細かった洞窟が一気に拓けた。


 やはりまず目に付くのは、豪壮な扉だ。どうやっても全く開かない、重く硬い二枚扉。


 「こういうのって、見ると一回は押したくなるよな。」


 「既にもう押してますけどね。」


 周囲の気配に集中を寄せているライクそっちのけで、扉に全体重で飛び付いていた。やれやれ顔で歩み寄る様に見えて、ユラも全力で風魔法をぶち撒けている。


 「ほんと、びくともしないっすね。どこの誰が閉めたんでしょ。」


 「瓶の蓋に似た感慨を感じるな……」


 ジャムなんかが開かない時に「最後に閉めた奴誰だよ!」と言いたくなるのが性であるが、実際の所は冷蔵庫に冷やされた等々のせいであったりするのを誰か他の人間のせいにしたいのが本音というのがオチなのである。

 きっとこの扉も長年放置されていて錆が付いただけなのだろうが、しかしこうも大きいと閉めた人物が気になるのはヨミにとっても同じだった。


 「鍵穴でもありゃ、まだ考えようがあるんだけどな。引っ張るとこも無いし、押すくらいしか出来ないし。」


 「魔力とかも、この扉自体にはなさそうですし、やっぱ難しそうですね。」


 錆取りスプレー、なんてものがあればもしかしたら開くかもしれない、などと考えたがそもそも存在するのかすら怪しい。ならば解錠の呪文、或いは『さいごのかぎ』なんかが要るのかもしれない。


 「ま、開けたとこで御視様と会ってもすることないですしね。何もなさそうならさっさと帰りましょう。」


 「何もなければ、ってまたそうやってフラグを立てる訳だ?」


 「勇者様ー、何かありましたかー?」


 「ん? あ、ああ。この周辺に『わんわんお』程の気配は感じないが……」


 「もう、ツッコまねぇぞ。俺。」


 「ただ、上の方に大量に魔物がいる。帰り道も気を付けた方が良さそうだ。」


 「うえー、また湧いてんすか。一体この洞窟どうなってんすかね。」


 「いやだから、いちいちちょっとフラグっぽいのやめてや。」


 「だが、僕達は帰る他にない訳だし、早く戻ろうか。」


 ヨミ達はまた、狭い道を引き返していく。


 ───その間、魔物には殆ど出会わなかった。






 ─────






 「上……もっと上……?」


 ライクは、嫌な予感を感じていた。


 上に、魔物が群れている。それだけは解るのだ。ただ──


 「結構歩いてますけど、あんまり魔物いませんでしたねー。」


 「一昨日の帰りとそんなに変わらんな。いっぱいいるっつぅから構えてたけど。」


 行きの時に残った魔物か、既に帰りの時点で増え始めているのか。それは定かではないが、それでも遭遇した魔物の数は指折りで数えられる程のものだ。

 ライクの感覚は大量の魔物を感じ取っている。だが、その場所までが中々どうして遠いのだった。


 「違う、もっと上……? おかしい、遠すぎる。何かが───」


 上、もっと上。上に行けば、洞窟の出口がある。転移用の魔法陣が敷かれている。それは、そんなに遠かっただろうか。もうすぐ着いても良い頃合いの筈だ。


 「もっと、上……まさか……」


 「どーしたんすか? そろそろ魔物ゾーンっすかね。」


 まだ、遠い。出口はすぐの筈なのに、気配が、遠い。洞窟の、何処に──




 「違う、地上だ!」




 「──え?」


 「地上に、魔物がいる! 早く戻るぞ!」


 「──はぁぁぁ!?」




 洞窟の、最高層の、更に上。土の隔たりをも超えた、青空の下で───




 「あー、どこだぁ? 『付き魔法使い』ぃ。」




 大男が、背に諸刃を下げて『捜し物』をしていた。






 ─────






  白い階段を駆け上がり、青空の下へと戻ったヨミ達の視界は、隅から隅まで何の変わり映えも無い街だった。


 「魔物っぽいのは、なんもいねぇけど……?」


 「ああ、まだ間に合ったらしいな。だが、確かに遠くには魔物の気配がある、直にこの場所へと来るだろう。」


 「んじゃ、やべぇじゃねぇか。どーすんだよ。」


 「いつ襲撃されるか分からないからな。まずはこの街の兵士達に伝えるべきだろう。」


 数十、もしくは数百だろうか。はっきりとは解らなかったが、ある程度の距離はある様だった。素早く伝達すれば、守りを固めておく余裕は出来るだろう。誰も侵入していない、今の内に──


 「衛兵団の本部は多分近くにあるでしょうし、急ぎますか。」


 「──いや、一人いる。既に街に入った魔物がいる! 急ぐぞ!」


 「おいおい、何ではぐれてやがんだよ! さっさと行かねぇと……」


 状況が切迫してきていた。伝えるにもオブザーブの地図が頭に入っている訳ではない。ただ、中心施設の集まるこの周辺から探し出そうとする。

 高い建物が並んでいる。場所が分かりやすくなってはいるが、地上からでは見通しの悪さが仇となってもいた。


 「ったく、何でもでかくすりゃ良いんじゃねぇんだよ!」


 「重要な建物は勝手に大きくなってくもんっすよ。そんな事ぐちぐち言ってる場合じゃないんです。」



 「──っ、来るぞ!」



 先頭を走っていたライクが足を止める。


 その声の反響の様に、爆音が轟いていた。

 三人の前には、剛鉄を背負った巨漢が立ちはだかる。背丈はヨミよりも頭一つ二つ大きく、背の剣に負けよらぬ豪腕がその空気を凪ぎ斬った。


 「あー、見つけたぜぇ。」


 二つの目玉が、嘲る様に三人を順に見回す。その後、男はヨミを指して口を開けた。


 「んー、お前さんが、『賢者』の方のヤツだろう?」


 ヨミに向かって、『賢者』と呼ぶ。それは、昔の戦争で戦った英雄の内、『回復役』についた異名だ。そしてそれは、現在ヨミの役割であり、男が呼ぶ者そのものだった。


 「お前は、何をしに来た。一人ではないだろう、魔物の軍勢の気配がある。」


 「あー、あいつらか。ありゃ、明日まで来ねぇよ。」


 「なら尚更だ。お前一人で来た理由にならない。」


 街から離れた場所にいる隊。あれが来るのは明日の予定らしい。であれば、この男は偵察か、牽制か──


 「あー、挨拶みてぇなモンだ。」


 「余計に、意味が解らないな。」


 「そりゃ、悪かったな。あー、じゃ、解り易く言ってやる。」


 巨大な剣に手を掛け、それを軽々しく引き抜く。見えた黒の刀身は、地面に斬られて高く火花を散らした。


 「あー、『宣戦布告』だ。」


 ライクが剣に手を置く。それに合わせて、ヨミとユラも杖を『顕現』させる。


 「いつまでも、質問に答えないな。何故、一人で来た。」


 「あー、そんなん、決まってんだろうが。」


 剣を持ち上げ、その刀身にライクの顎を乗せる様に突きつける。その瞬間は、目にも留まらずにライクの命を握っていた。


 「お前さん達なんぞ、オレ一人で十分だってこった。」


 その剣を引き、構える。その様は、そのまま流麗な剣士だ。


 「あー、オレは、ギニルってんだ。覚えとけや。」


 「──ライク・グランツェル、魔王を討つ、『勇者』だ。」


 名乗る。と同刻、ギニルの手が風を滑る。


 カン、と音が鳴ったのはそれからすぐだった。

 剣と剣が打ち合う、高い音と低い音だ。それが、ライクの身体を大きく跳ね飛ばしていた。


 「勇者様───っ!」


 跳ねたライクは、剣を突き立ててその場を留める。敷かれた煉瓦は剥ぎ飛ばされ、下から土が繰り出された。


 「軽い、軽いなぁ。まー、そんなんじゃ『死神様』なんかにゃ叶わんだろうな。」


 「余所見だなんて、随分と酷いじゃありませんか!」


 ユラの杖には、既に魔力が募りきっている。その魔法が、ギニルの身体を包み込んだ。


 「ほ、む、らぁぁぁ───!!」


 爆炎が射出され、巨躯が完全に覆われる。


 「やったか?!」


 「だからお前はさぁ! なんでそうフラグというフラグを──」



 「──渋ったな、お前さん。」



 「──っ!」


 炎の中から、真っ二つに風を斬る刃が延びる。その一太刀の一瞬で全てを無に還す。


 「人ん家を護る魔力があんだったらよ、それも全部オレにぶつけやがれ。あー、それでオレが死ぬかは別だがな。」


 ギニルは、自身の背後に張られた氷の帳を、見ることなく叩き割る。ぱらぱらと崩れた壁はすぐに消えてしまった。

 顕になった民家の壁は、先程と変わらぬ古ぼけた煉瓦造りの状態のままだ。そこに、ユラの魔法の傷跡の一つも付けられてはいなかった。


 「さー、次はお前さんか? 『賢者』よぉ。」


 息を呑む。呑んで、それから、落ち着ける。

 魔物耐性付きのライクが一瞬で吹き飛び、手練のユラの魔法が簡単にかき消された。そのうえ、自分は『回復役』だ。


 これまでヨミが相手にしてきたのは『死者』だ。癒しを放つ輝きが、魂の在るべき場所まで道を拓く。それが通用するのは『死者』のみなのだ。


 「お前、実はアンデッドだったり……しない?」


 「あー? オレは見ての通りの魔人だ。あんな能無しの骨に見えるってか?」


 「でっすよねー、あはは。」


 となれば当然、ヨミの魔法は通用しないどころか相手を癒す形になる。


 「どうした、こねぇのか。」


 「……ぽっと出のキャラは出落ちするって相場が決まってんだよ。とっとと負けやがれ!」


 「ほー、──なら、やってみやがれ。」


 懐に向かって突っ走る。剣が振り落とされるよりも早く、拳の射程に潜り込む。


 「ら、あぁ───!!」


 「何だ、お前さん。死にてぇのか?」


 背中に、重い衝撃が走る。背骨を砕かれる激痛に一瞬身体が硬直した。


 「悪ぃが、もう死んでやれねぇよ!」


 手を高く掲げ、その指先の更に先に、杖を『顕現』する。木で出来たそれは既に、魔力の補填が完了していた。


 「刮目しやがれ、『ヨミさんバースト』!」


 ギニルの目の高さまで掲げられた杖から、光が爆発する。明滅する。過剰な光に射止められた瞳孔が、更なる光源から身を隠さんとした。


 「───ッッ! こんなんで、オレが怯むとでも──」


 「やっべ、俺が見えない! どこ!?」


 「何やってんですか。それ以前に、貴方自体が消えますよ?」


 視界に、ユラの声音の鳴る方向から新しい光が突き刺さった。それは音を立ててギニルの全身を回る。


 「多分ナイス魔法! 見えねぇけど!」


 「ごちゃごちゃ言う前に、離れて下さい。そこ、叩き潰されますよ。」


 「───え? あ、うおおぉぉっ!?」


 目が慣れてきて、周りが視認出来る様になった途端、すぐ上には剣が振り落とされる寸前の所だ。

 咄嗟、もう死んでいたとしても、頭部を守ろうとする生物の本能は16年間の人生で癖になっていた。頭を屈め、両腕を無意識に固めてその鉄槌を受ける。


 鈍い、音が鳴る。皮を破り、筋を千切り、骨を砕く音がした。声にならない悲鳴も耳に響かない程の痛みが両腕に落ちる。

 それでも、奥歯を噛んでその場に立つ。腕の一本や二本、すぐにでも戻る。腕の痛みの一瞬で全身の破砕を防いだのだから安いものだ。それが出来たのだ、ヨミの可能な行動が、まだ残された。


 「痛ぇじゃねぇか、こんにゃろう!」


 「はー、面白ぇヤツだ。想像以上だぜ、お前さん。」


 痛みを伴う自分の腕を、魔法を使って消し飛ばす。まるで二の腕から先が綿詰めの人形になった様な感覚はまだ気味が悪い。だが、痛みと流血はその判断を厭わせない程の魔性があった。

 素早く身を回し、極太の脚に蹴りを入れる。それはまるで岩石の様で、こちらの脚が寧ろ痺れる位だ。しかしそれはまだ、ヨミを止めるには足りない。


 「だが、そんな蹴りじゃ、痛くも痒くもないぜ?」


 「知るかよ! カムヒア氷柱! 俺の腕ごと!」


 「ほんとにもう、あなた後衛の自覚あるんですか!?」


 ユラが杖を突き立てる。微かに杖の先から冷気が零れ、その魔力が一気に飛び出す。

 後衛の自覚、と言えば回復要員は後ろで援護に専念、が普通の感性なのだろうが、今の状況ではそうも言ってはいられない。

 凍てつく感覚だけが空気を走り、ヨミの右腕に当たった途端に魔力が爆ぜる。と同時に生えかけの腕が氷を纏った。巨大な氷の塊と化したヨミの右拳が、強烈にうねりを飛ばす。


 「凍傷にしてやろうか、オラァ!」


 「オレよか、お前さんの方がよっぽど冷えるだろうがよ。」


 剣と氷が打ち合い、火花と冷気が爆発する。ユラの魔力の籠もった氷は、降り注ぐ大剣に相対して尚その氷結を崩さなかった。

 だが、それはそれぞれの得物の話であり、戦士としての力には圧倒的な差がある。上から強引に押し込まれた力が、ヨミの身体を制圧していた。


 「まだまだ、弱いぜぇ? あー、そいつでオレを刻んでみろや。」


 「お望み通り、刻んでやんよ。ただし、俺じゃねぇけどな!」


 叫び、に合わせる様に、背後から剣が延びる。それがそのまま、ギニルの胴を狙っていた。

 それは直線に軌道を生みながら、筋肉質の背を切り開く。


 そして、その上で広大な背は未だ立ち続けていた。


 「───あー、そうか、なるほどなぁ。」


 鮮血が噴き出し、口から僅かに声が漏れる。


 「まだ立てんのかよ。なら、さっさとぶっ倒してやる。」


 氷を纏った腕をその喉元に向け、その鈍刀を構え直す。


 だが、矛先から続いて僅かに漏れたのは『微笑』だった。


 「『死神様』の言ってる事が、ちったぁ解った気がするぜ。」


 ほんの微かに口角を上げたまま、再び『死神』の名前を出す。



 「あー、『ヒーラーキャラは真っ先に叩け』ってなぁ!」



 「───へ?」


 と、ぽかんと口をあけてあんぐりしているのはヨミだけで、それに疑念を持った───違和感を覚えたのは、他にいなかった。


 「ちょ、ちょまて、何? それがその死神様の御言葉と?」


 「───? そう言ってんだろうがよ。」


 勿論そうだと、肯定を超えて疑問すら滲む大男の顔に気にも留めない程にヨミには何か突っ掛かる部分があった。

 それは、上手く言い難いものなのだが、強いて言うなら───『ゲーム脳』の物言いだった。


 そう、ゲームにも平均男子程度にハマっていたヨミである。それからするに、その『死神』とやらは恐らく深かれ浅かれ『ゲーマー』なのである。


 「──いや、知らんけど。」


 「あー、人に物を聞いといて、何をブツブツ言ってやがんだぁ?」


 「まさか、ここに来たのは俺だけじゃない……? いや、なんならこの世界を創ったヤツも……まさか、ここは誰かが作ったゲームの中?!」


 「おい、本当に何言い出してんだ、今戦ってる最中だぜ、死にてぇのか。」


 「いや、それならVRゲームにログインするのが鉄板か……じゃあやっぱり、ここはちゃんと異世界なのか……?」


 「ちょっと、ほんとに死ぬ気なんですか?! 考え事は後にしてください!」


 「おぁ───」


 下を向いて独り言に勤しむヨミに、大剣が向けられる。それは身体を消し飛ばす程のものではなかったが、ヨミの腕に纏わる氷を粉々に破壊していた。


 「死神様に興味があんなら、あー、お前さんも魔族になるこったな。そしたら大歓迎なんじゃねぇか?」


 「──それで、俺の置かれてる状況も御教授願えるってんなら、良いお誘いだな。でも、そんなつもりはねぇ。」


 「そうかよ。なら、ここで──死ね。」


 剣を素早く返し、構える。やはり重量を感じさせない剣光の揺れがその首を狙った。

 しかし、その揺らぎはその瞬間に止められた。


 「ヨミを殺しはさせない。」


 「雑魚が。勇者様ってのはオレみてぇな魔物に強ぇって聞いてたんだがよ。そりゃ嘘っぱちらしいなぁ!」


 剣を打ち返す事に精一杯になっていたライクの脇腹に、一瞬の足蹴が刺さる。思わぬ方向からの衝撃に、踏み込む事も出来ずにそのまま倒された。


 「はー、お前さん、まさか一番弱ぇんじゃねぇのか? それで『勇者』なのかよ。」


 「ぐ……っ!」


 「──『霰』!」


 短い詠唱が流れ、空中に無数の氷塊が生まれる。ギニルの巨体を取り囲む様にして飛ぶそれは、魔力が固められた刃だ。


 「勇者様の事を悪く言わないで下さい。今度こそ仕留めます。」


 「この程度で、オレを殺せんのかよ。お前さん。」


 「そんなの、あたしが聞きたいくらいですね!」


 「あー、じゃあ、無理だ。それで答えだ。残念だったな。」


 「別に、あなたに聞いた訳じゃあありませんよ。自意識過剰ってやつですか?」


 次々と飛ばされる氷の刃は、簡単に打ち砕かれていく。僅かに通った氷でも、然程の力にはなっていなかった。

 ギニルの背中には、ライクが付けた傷がある筈だ。だから、そこを重点的に狙い、少しでも傷口を広げ───


 「見え見えなんだよ、狙いがよぉ!」


 そう、見せかけた筈だった。


 ギニルは、飛び交う氷をものともせずに真後ろの煉瓦壁を打ち砕く。粉々に崩れ去った破片からは淡い光が滲み出し、数度、点滅してから色が褪せていった。

 それには、模様が画かれていた。緻密な図形と神妙な記号が並ぶ様な、───『魔法陣』の鱗片が魔力を失い消えていった。


 「あの、魔法陣は───?」


 どくどくと、脈打つ様にその力を無くしていく姿に、ライクを治療していたヨミの思考は奪われていた。

 その隙に、ギニルはユラの氷魔法を粗雑に振り払い、剣圧だけで何もかもがギニルから距離を取る。


 「あー、悪か、ねぇ。悪かねぇよ、お前さん。野郎共よか、よっぽど悪かねぇ。──でも、足りねぇなぁ。」


 ギニルの、深い色をした双眸が『野郎共』を見下す。

 確かに、ギニルの言った事は正しい。殺生を簡単に許容出来ない様な二人は、戦闘に不向きなのは当然だった。だから、この場で『敵』に対して最も力を持つのはユラだ。ライクの魔物に対した力も、ヨミの莫大な聖魔力も、何ら役には立てないのだ。



 「───なんて、冷てぇ事言いやがるなよ。」



 「───あぁ? お前さんに、そこの魔法使いより役に立てるってのかよ。」



 役に立てるか、と言えば、それは大したものではないのかもしれない。──ただ、それでもヨミは、共に戦う仲間だ。そこに優劣など───あるのかも知れないが、それは、それぞれの役割というものがある上で『役』に立つのである。

 ヨミの役割。それは、言わずもがな解っていて、ずっと昔から自分の軸となっていたものですらある。


 ───だが、今はそれだけではない。


 世界が変わって、身体が変わって、周りの全てが元の世界と変わってしまったこの場所で、ヨミのやるべき事は変わらない。と、言えるのだろうか。

 力の使い方は、上手くなった筈。そもそも、元の世界では光として実現する事すら叶わなかった。

 再生能力も、上がった気がする。聖魔法によるものというより、『アンデッド』としての再生力が大きい気もする。

 戦闘能力は、どうだろうか。そもそも、今まで命を狙う程の敵も、護る必要のある仲間もいなかった。そこからすれば、この数日でも動きは変わってきているのではないだろうか。


 「俺がお役立ちの人材かっつったら、さぁどうでしょうとしか言えねぇさ。」


 きっと今も、ヨミは変わり続けているだろう。不変はない、人間はそういう生き物だろう、と薄ぼんやりと思いに馳せる。諸行無常の響きあり、というやつだろうか。考え事がおかしな方向に行くのはヨミの悪い癖だろう、とまた関係の無い事に馳せ始める。


 「でも、俺は役に立てるかとか、お節介だとか、そんなんはどうでも良いんだよ。」


 「あー、そりゃ何だ、諦めってやつか?」


 「いーや、違う。寧ろ逆だよ。」


 或いは、諦めもあるかもしれない。それがヨミを変えるのならば、それは諦めても良いと、そうもどこかで思っている。


 「そうだ、俺が名乗ってなかったな。」


 ギニルとライクの名乗り。あれは、戦う剣士同士の挨拶の様な気がして、少し格好良いとも感じていた。そして、それが本気の戦いの始まりを意味するとも何となく解る。だからこその、名乗り。




 「ヨミ───死なれてやんねぇし、死なせてやらない男が、テメェをぶっ倒してやる!」




 「そうか───じゃあ、その名乗りは今日で降板だぜ、ヨミぃ!」




 死が、迫ってくる。そう錯覚する程の、剣撃の雨。

 それが、その瞬間に行われたのだ。その力に、反撃どころか防ぎも避けもする能力を持っていない。ヨミ個人ではこの大男を止められない。──それが解った上での、名乗りだ。


 「突っ込め、ライク!」


 「お、ぉぉ───っ!」


 自傷覚悟で、ギニルの大剣を横から裏拳で殴り飛ばす。剣の重みとギニルの握力では大した影響もないが、それは相手が一人しかいない場合の話だった。


 「あー、邪魔くせぇなぁ!」


 語気が強まっていくギニルに、ヨミの側をくぐりライクが剣を向ける。その剣は、今までで一番速度の乗った、協力な一突きに見えた。

 だが、ギニルの方が僅かに早い。ライクの剣は、直前で圧倒的な質量に止められる。


 しかし、それはヨミがくぐり抜ける道を作るには十分であった。


 「なぁ、ユラ! あの魔法陣っぽいのって何が出来んだ!?」


 「え──? あ、あれは、陣から魔力を爆発させるものです!」


 「そりゃ、あいつにも大ダメージ入るかよ?」


 「相当な魔力を暴発させるんで、結構な威力は出ますが、もう一回組み直すのは───」


 「了解、おっけー! 一か八か、出来れば八だ!」


 訳の解らないまま、駆け寄ってきたヨミの質問に答える。それを聞いて、ヨミは崩れた壁の元に向かっていた。


 「頼むぜ、魔法。何でも出来る、ファンタジーの産物だろ! 『ヨミさんラウンド』!」


 その瓦礫の山に、その『場所』ごと魔法で埋め尽くす。そこに、助けるべき生き物も何もいる訳ではない。ただ、そこには生き物の様に脈打っていた『魔法陣』だけだ。

 それは、ヨミの魔法が効く範疇なのかも不明である。それでも、『一か八か』賭けるのだ。少なくとも、制服の袖が直るのは確認済みだ。それがアンデットとしてか、聖魔導士としてか。質量も性質もそもそも全く以て別物だ。だが、それが今の状況を変えるのに、最も有用な手段なのは間違いないのだ。



 「俺の魔法で、ユラの魔法を───甦れ!」



 瓦礫の山が、声に応じて動き始める。それは、術者本人にすら神秘の様な光景だった。

 崩れた瓦礫が、時を自在に巡るかの様に浮かび上がり、立体のパズルを組み立てる如くぴたりと欠けた部分に破片が収まっていく。


 時間逆行───夢の様な、超常を超える究極の技巧。それを目の当たりにし、それを使ったヨミの魔法は、何事も無かったかの景色を取り戻させた。


 「っし、きたきたぁ! ユラ、魔法の準備だ!」


 「ちょ、あなた、本気で───」


 出来ると、などど不可能を未だ考えていた。その杞憂は、すぐさまに消し飛んでしまう。


 「何、この魔力───」


 ふと、どこかからか魔力が湧き出る感覚があった。それは外部から与えられたものでない、ユラ自身の魔力だと、本人が一番理解する。しかし、突然自身から魔力が湧いて出るなど有り得ない話だ。そして、その理由が今まさに目の前に生まれていっていた。


 「魔法陣が、光って───!」


 自分が組んだ、魔法陣だ。その魔力が甦り、術者自身が供給を止めた事によって魔力が身体に返りつつあった。


 「さぁ、かましたれ! こん中で一番まともに戦えんのは、お前なんだからよ!」


 その言葉に、心底この世のものではないものを見る顔をしてから何も言わずに杖を構え直す。

 その魔法の感覚に、ライクと剣を交えていたギニルが顔を向ける。


 「ちぃ───! テメェ───」


 剣を構えて受けの姿勢を取るが、もう遅い。




 辺りに、爆風が鳴り響いた。




 音は、熱を帯びてその場に立ち込める。


 術式は、対象に一直線に放たれたものだった。が、その力は線上を超えて弾けていた。


 圧倒的な火力を前に、ギニルの影も見えなくなっていた。



 「───二に、『霰』」



 そして、それで終わらせないのがユラだ。


 爆炎を放った魔法陣から円形が一つ減り、青く変色した魔法陣からは氷が押し出されてくる。


 熱された空気に急激に氷が入り込み、氷か、或いはその場全てか。強烈な亀裂音が響き、最早それは生物の生ける環境ではなかった。



 「ユラ……お前、中々おっかねぇな。」


 「あなたが甘すぎるんじゃないですか? あれは、それでも足りないくらいです。」


 当然、と言わんばかりに言い返すユラ。確かに、ギニルはライクの一太刀を受けても平然としている様な男だ。しかし、さしものギニルも陣を使った魔法の連激には耐えきれないだろう。そう、ギニルのいた場所に目を向け──




 「───あ?」




 「……お騒がせして、申し訳ありませんでした。」




 薄緑色の髪をした青年が、そこに立っていた。



 「誰だ、てめ……」


 「名乗る程の者ではありませんよ。私は、勝手な彼を回収しに来たに過ぎませんから。」


 後ろに、肩をすくめて指す。そこには、倒れてこそいるが、はっきりと息のある大男がいた。


 「私がいなければどうするおつもりだったのでしょうか、身勝手な行動は止めて頂く様にお伝えしたつもりでしたが。」


 「誰が、お前さんの言う事など……」


 「……折角、命を十分に残して差し上げたと言うのに。仕方ありませんね、少し、眠っていて下さい。」


 「貴様、待……」


 そこで、突然ギニルの意識が途絶えた。何が起きたのかは解らないが、目の前の青年が任意で操っているのだろう。だとすれば、正体の掴めない攻撃が来る可能性がある。


 「安心して下さい。私は、貴方達に危害を加えるつもりはありません。」


 その考えすら先読みする様な受け答えが、更に不信感を募らせる。


 「お前は……何者なんだ?」


 「先程言った通りですよ。名乗る程の者ではありません。」


 ライクの問に、二度目の同じ回答が返ってくる。



 「違う、そんな事を聞いているんじゃない。……お前は、人間なのか?」



 だから、──そのライクの口から次に放たれた言葉は、あまりに衝撃的なものだった。


 異世界召喚直後、ヨミも似たような質問をされた記憶がある。だが、似ている様で全く違う、ずっと恐ろしいものだ。


 「ええ──私は、魔族ではありません。ですから、私は貴方の敵ではありませんよ。」


 何を語っても余計に疑いが増していく様な感覚があり、それが精神を逆撫でしていき、嫌悪感を抱かせる要因となっている。



 「私は──『ヨミ様』の味方です。」



 それだけ、たったの一言でその忌みが爆増する。


 「──っ、待て、お前は何なんだよ!」


 解らない、解らない事まみれの青年だ。考えも、存在も、全く解らない男だ。だが、それを放っておくのは駄目だと、本能が怯えている。

 そんなヨミの思いとは裏腹に、青年は変わらぬ落ち着いた声で、



 「──ですから、名乗る程ではありません。いつかその時がくれば、共にゆっくりとお話しましょう。」



 それを最後に、青年はギニルと共に姿を消した。最後の最後まで、ヨミの不安を撫で付けて。


 こんな感覚は先日味わったばかりだ。だが、オズとは本格的に、本質的に違う、どこか奥の黒めいた感覚が嫌悪を一層に引き立たせる。


 「ヨミ、今のは一体──?」


 「俺にも、さっぱりだ。あいつは──」


 様付け、などされる様な記憶はない。強いて言うならばトルニアスが『付き魔法使い』相手として使っていたが、あの青年にその意図があったのかは解りにくい。


 だとすれば、何故──そもそも、あのユラの魔法を防ぐ程の力があるのだとすれば、それは強大な障壁になる可能性も十分にある。



 「あいつは、何なんだよ──」



 それは、『1000年戦争』の始まりの、その始まりを告げた一音。それが小さく、確実に鳴り響く頃だった。

 戦が始まる物語、11話です。

 いよいよ一章も後半戦。というか、終盤に差し掛かりかけてます。最後のお兄さんは4話の最後に独り言しゃべってた痛い人ですね。

 ちなみにライクさんと言うかグランツェルの能力で、レベルによる『魔物に対する攻撃防御上昇』がありますが、防御に関して直接ダメージが減るだけで衝撃は何ら吸収してくれないのでライクさんは無傷のまま良く飛びます。それだけ。


 それでは皆さん、おやすみなさい。

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