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魔法世界の回復役  作者: Se(セレン)
1章 勇者と魔法使い
10/20

1-10 無傷の古傷

 ヨミの過去。その始まりは、謎の輝きとともに受けた謎の力。


 「それで、その力は勝手に俺の怪我を治してくれる訳なんだけど。」


 生まれ持った、神から授かりし奇跡の異能。


 「俺の故郷じゃ魔法なんて概念は妄想の話でな。無いんだよ、傷が一瞬で消える事なんか。」


 でも、ヨミは違う。


 「だから、俺は特殊だったんだよ。どんな怪我をしてもすぐに治っちまう。」


 きっと、世界どこを見回っても存在しない、ただ一人の特異。


 「そんなのがあったら、好奇心旺盛なガキは当然遊びに使う訳だ。」


 知らないモノに触れて、それで育ってゆくのが子供の本質だ。


 「怪我が一瞬で治るなんて自分達にはない現象、何も考えてなくても十分不思議に満ちた玩具なんだよ。」


 繰り返し試行し、変化を見て、それを楽しむ。普通、こうして子供は、正しさを理解する。


 「それでそいつらがやる事は一つ。俺に傷を付け、そして治るのを見る。」


 蹴り、殴り、それでも尚変化の無いヨミの身体に、血を滲ませようと何度も、何度も。


 「治るったって、痛覚はあるんだぜ?痛いもんは痛いし、辛いもんは辛いんだ。」


 何かが自身の中で変わったのは、初めてカッターナイフの味を知った時だろうか。


 「ま、そういう可哀想な奴らの為の組織があってな。いじめられてるガキを助けようって名目のとこなんだが。」


 ある日、学校で一枚の紙が配られた。気軽にお電話下さい、だそうだ。


 「だから、助けを求めたんだ。電話して、何とかしてくれって。」


 きっと、今の状況は変わってくる。そう信じて。


 「でもな、そいつら言うんだ。『外傷が無いなら対応は難しい』って。」


 何て使えない奴等なのか、電話した自分が馬鹿みたいで、阿呆らしくて。


 「それでも、直接会いに行ってさ、自分の体質を証明する為に、初めて自分自身に傷を付けた。」


 痛かった、でも、他人にされるよりもなんだかずっと楽で、やっぱりずっと辛い気もして。


 「そしたら助けて貰えるって、そう思ったんだよ。」


 それを見た大人達は、きっと憐れんでくれるって。


 「でも、違った。それを見た人達は、まるで羨むみたいに俺を見たんだ。」


 違う、俺の欲しい表情じゃない。何で、あいつらと同じ顔をするのか。


 「そんで、身勝手に俺の手を取ってきた大人が、自分の指を見て、また何か言いやがるんだ。」


 その男には、朝に書類で切った傷があったらしい。


 「あいつらと同じ、玩具を見る目で、『君の力は素晴らしい』なんて。」


 その傷が消えていた。その時に、周囲はヨミの力の真価に気付いた。気付いてしまったのだ。


 「助けを求めた子供なんか知った事も無いみたいに、逆に俺に助けを求めた。」


 人の為になる、そう気付いてしまったが故、ヨミの世界はより一層狭くなっていく。


 「色んなとこに連れてかれたよ。学校に行く時間が短くなったのは良いかもしれないけど、その分学校に来ない事を妬む奴も出てきた。」


 ある日は病院に来いと言われて、ある日はヨミの家に知らない人が押し掛けて来て、ある日は遠い病人の家に、無理矢理連れていかれて。


 「でも、人を助けられる事に気付けば、学校の奴を助ける機会もあった。」


 体育の時間にケガをした人。階段で転んで落ちてしまった人。


 「そん中には良い奴もいてさ、それを切っ掛けに仲良くなったり、仲間になってくれる奴もいた。」


 初めて、自分の力を良いと思った。皆が羨む力だったが、ヨミからしてみればこの時まで、自分に掛けられた呪いだと、そう思っていた。


 「それから、俺はこの力に悲観は無くなった。すげぇ、良いもんだよ。ケガなんて気にせずに生きていける。」


 この頃から治療へ赴く回数が増え、逆にヨミに傷を付けようとする人は殆どいなくなっていた。


 「だから、普段は学校ってとこで勉強して、何か連絡があれば患者の元に行く。そんな生活をしてたよ。」


 そんな生活も、嫌いでは無くなった。高校生らしく暮らして、救世主みたいに赴いて。


 「でもそれじゃ、一人でやりくりするのは難しいからさ。他の人に手伝って貰ったりして、沢山の人を助けて。」


 変な先輩に巻き込まれて、勝手に部活に入れられて、その活動であちこちを癒して回った。


 「そうやって、風呂敷を広げ過ぎたんだよ。」


 だが、それが世界にとって救いになるとは限らない。


 「俺は一人しかいねぇのに、あちこちから請けすぎたんだ。それで間に合う訳も無いのにな。」


 助からない人を助けようとして、助かる人を助けられなくて。


 「目の前で助からなかった人もいて、血深泥で縋ってくる人もいて。そんな人達に希望を与えておいて、見殺しにした。」


 元々、正体の知れぬ自身の力。それを自在に操る事が出来るでもなく、間に合わなかった事も少なくはない。


 「でも、それを一々気にしてたら、また次に響く。」


 人の治療をしている時に、嫌な想像がヨミの心を掻き毟る。その度、どこか何となく治療に影響がある様な気がしてならなかった。


 「だから、何も考えない様にしたんだよ。誰かが死んでも、血塗れになってても。」


 考えてはいけない。考えてしまえば、それはいずれヨミの足を止めさせる。


 「何も、感じない様に──」


 そうだ。一つひとつの命に拘っていては、次の命が救えない。


 「考えない様に、さぁ……!」


 そんな事、解っているだろう。解っているのだ。


 「ああ、解ってる、解ってるよ。解ってんだ……」


 解る。


 などと、何を──



 「解って………」



 一つの命に、特別な価値など無い。


 何を、言っているのか。



 「解って……ねぇよ。」



 ユラからライクの話を聞いて、解っているフリが崩れていく。


 そんな事は、許されない。



 「何を、知った気になって──」



 自分が、許せない。



 自分が正しくない事など、とうに気付いていた。


 それでも、自分を肯定するのに、気付くべきではなかった。


 だから、解っているフリをして、何も解らないフリをして。



 「良い訳、ねぇだろうが……」



 ライクの思想に、ヨミの過去が重ねられていく。


 それは、自分を苦しめると解っていて、嫌だと思っていても、重ねられていく。


 『正しさ』がヨミに重ねられ、ヨミの『過ち』が浮き彫りになっていく。



 「ない、だろうが……!」



 捨てた自分が、浮かび上がってくる。ヨミの持つべきでない想いが、ヨミの心を包んでいく。ライクの『愛』は、ヨミの『傷』を見逃さない。



 「そう、ですか──」


 ずっと隣で語らず話を聞いていたユラが、口を開けた。


 きっと、幻滅しただろう。見損なっただろう。そうだ、そんな人間だ。人の命なんかどうでも良くて、自分が良い事をしている気になって、そうやって人を見捨てられる、そんな人間だ。

 それに気付かないで、自分に見合わない力を振るって、自分の事の様に誇る。その全てが、ライクのせいで、自分の過去を回想したせいで、はっきりと目に映っていく。


 「俺は、あいつの隣には、似合わねぇよ──」


 ライクの意志はきっと、ヨミにはずっと程遠い。その後ろに付いて行った所で、必ずいつか限界は来るだろう。そうなった時、ライクは自分を見捨てない。その優しさが、確信が持てる事が何よりも重たかった。


 だからいっそ、ここでユラに───




 「なんだ、安心しましたよ。」



 「な──」



 なんで。



 「なんで──」



 「勇者様の気持ちを、きっとあなたは誰よりも解ってくれる。──あたしよりも、あなたの方が、命を近くで見れるみたいですから。」



 「────」


 見れない。見えない。


 「解る訳──」


 「あたしは、勇者様程に命に泣ける人を───誰でもない『命』そのものの為に生きられる人は見たことありませんでしたけどね。」


 「────っ」


 ぽろぽろと伝う涙が、それを証明してくれる。自分への否定を、何もかも否定してしまう。

 違う、これは自分が弱いだけだ。ただ自分が情けないだけだ。人の為に泣ける程、自分は温情ではない。


 「でも、あなたは───」


 「俺、は───そんな──」


 「勇者様と、同じです。皆の為に無理して、自分を苦しめて、それでも絶対、人を助けてしまう。それがたとえ、自分を失くしてしまうと知っていても。」


 何を、知っているのか。たった今、自分の過去を少し話しただけだ。それも、数分前には短剣を突きつけてきた奴が。

 何で、自分を見透かしているのか。


 「その気持ちは、まだあたしには解りません。だから、勇者様の付き魔法使いにはあなたが必要なんです。あの人のことを理解してくれると信じている、あなたが。」


 「無理だ、無理だよ。俺にそんな事、出来やしない。」



 「──至極至高の付き魔法使いになってくれるんじゃ、ないんですか?」



 「───っ」


 自分が言った言葉だ。ライクの仲間として、自分の生きる道として決意した言葉。ほんの少し、話す前に言った言葉。言ったばかりの言葉が、逃げ道を塞ぐ。


 「なれる、なんて──俺が……?」


 「なれるかじゃないですよ。あなたがなるって言ったんです。」


 痛く、耳に刺さる。もう、自分の道はここにしか無いのだと、優しく、冷たく諭される。


 「そもそも、あたしもなるんですよ。あたし達、二人で。あなたが抜ける事なんか、許しません。」


 「お前と、俺で……」


 「あなたは大丈夫ですよ。勇者様が選んで、あたしが認めて、皆が見ているんです。それに、あなたは──」


 「───」


 責任は、重く伸し掛かる。それはもう、ライクだけのものではない。

 他人事では、なくなっているのだ。ヨミ自身も、世界の為に戦う一人だ。それが今の世間の理解であり、希望となってしまっている。


 だから、ヨミは逃げられない。世界に巻き込まれたヨミは、立たなければならない。


 この戦争の中心に、ヨミは既に立っているのだ。


 ここに立つヨミは、『ヨミ』という人間の、命運は。



 「傷付かないし、傷付かない。何一つとして怪我なんか見捨てない、この世界で賢者に変わる、一番の回復役。あなたは、その道を選んだんです。」



 「この、世界──」



 この世界を、光で満たす。魔法で満ちた、この世界を。


 それが、『ヨミ』の、万を癒やす『聖魔導士』の、『回復役』としての命運だ。



 「この、魔法の世界で──」



 「──ええ、この世界で。」



 「俺の、力で──っ」



 「あなたの、その魔法で。」



 魔法の様な言葉だ。自分の魔力より、きっとずっと強い、言葉の魔力。



 「俺は、怪我なんかしねぇ────」



 何故だか、力が込み上げてくる。一言放つごとに、失った矜持が取り戻されていく。



 「俺は、怪我なんかさせねぇ────!」



 何度も、自分を指してきた言葉。この世界に訪れるよりもずっと前、この文句が生まれたのはいつだっただろう。気付けばこれが自分の証明にすらなっていた。


 それが、ヨミの全てだ。それだけが、自分の存在なのだ。



 「いいじゃないですか、それで。あなたは、その生き方があるんですから。弱音ばっかり吐いてるよりも明快なものが。」


 「───ああ」


 「あなたも、勇者様も。願うのなら魔族だって、誰も怪我しない様な。そんな世界をもし望むんだったら、そうすればいい。それだけです。」


 「そう、だな。」



 それが、ヨミの魔法だ。その力の使い方だ。



 「俺の魔法は、癒すだけの、それしか出来ない魔法だ。だから、俺は、この力で──」



 これまでだって、ずっとそうしてきた。だから、これからも。



 「世界中を、癒し尽くす。例えここが魔法世界だとしても、やれる事は変わらない。」



 そうするより他に無い、なんて解っている。でも、何よりも。



 「俺は、世界を救う。そう、決めたんだ。したいんだよ。」



 そんな決意、とっくにしていた筈だ。何度も、していた筈だ。でも、今のこの瞬間に一番、この世界の立つ『ヨミ』の人生の始まりを実感する。決別してもしきれない、『甦』との離別は叶わない。それを理解した気がする。どれだけ逃げようとも、生きた過去は消す事は出来ないのだと。


 「……そう思えるなら、十分です。『1000年目の付き魔法使い』として、あなたは立てる。」


 「相変わらずに重たい呼び名だよ。……ま、あいつ程じゃねぇかな。」


 「勇者様はずっと、子供の時から背負い続けてきましたから。──誰も、あの人の重荷は背負えない。」


 「そこで俺、なんだろ?」


 「あなたが勇者様の心に寄り添えるのなら、ですね。程々に期待させてもらいますよ。」


 「そこは全幅の信頼でも良いと思うけどね。俺の人生のそこそこを理解して頂けたかと思うんだが。」


 未だ少し辛辣な評価は拭えない。が、何も知らない、先程までの関係よりは、ずっと晴れやかだった。


 「いや、その人生がどうして道のど真ん中で死んでる事態に繋がるんだか何にも解ってないですけどね。」


 「そりゃだから、俺も知らねぇんだって……」


 拭えない、疑問。仲間として生きる上で信頼に繋げるに必要な情報だ。ただ、それは今尚謎のままだ。


 召喚の直前、魔法陣の様なものは見た。ただ、あんなものが現代日本で存在する筈も無く、そうなればやはりこの世界から引き寄せられた、と思うのが妥当だろう。

 それであれば、召喚直後のヨミの側に倒れていた女性が召喚士か。あの時は思考が絡みきっていて考える暇も無かったが、恐らくはヨミを喚び出すと共に命が尽きたのか。全身が爆ぜたかの様な赤色で染まっていた景色だけは目に焼き付いていた。


 「こっちから魔法で連れて来られたって線は殆ど確実だと思うんだけど……」


 「では、あれはあなた自身の術式ではなかったんですか?」


 「あれ、ってのは……?」


 「あの日、あなたを見つける前、巨大な魔法の波動を感じました。勇者様でも感じ取れる程の大きさです。」


 「巨大な、魔力────」


 ライクが感じ取れる魔力、というのはヨミには図り知れないが、オズが語った限りは相当のものだろう。

 そのライクが感じた気配。それは余程の術者が使った魔法だと言える。


 「それも光属性の、極限まで練り尽くされた転移魔法です。しかも、あれだけの魔力量を使って、痕跡は見つかりませんでした。」


 「転移、魔法───?」


 転移魔法、召喚直前に通学路に現れたあの魔法陣だろう。あの陣が、ヨミを異世界へと飛ばしたのだ。


 「あんな莫大な規模の魔法なんて、あなたにしか出来ないと思っていたんですが、転移魔法陣なんて緻密で繊細な代物があなたに造れる訳も無いので疑問だったんです。」


 「断定しなくても良くねぇ?」


 「あれはそこらの魔法使いが組める規模ではなかったです。あなた以外であの魔力を扱える様な人はそう居ない筈ですよ。」


 あの魔法陣は余程の強さらしい。世界を跨ぐのも一筋縄ではいかない様だ。


 「そして、そんな術者が他に居れば気配で気付きます。元から組まれていた陣だとしても、転移魔法には相性が悪いし、事前に準備された魔法は跡に残りやすいですから。」


 「要は、全くわからんと。」


 「当の本人が知らないでどうしろってんですか。あなたが禄な情報を持ってないからこうなってるんですよ。」


 「はは……こっちが聞きてぇな。」


 ヨミに解る事など、急に魔法陣が出てきて、異世界にふっとばされたくらいだ。そこに何の収穫も無ければ、先への糸口が見出だせる訳も無い。百歩譲ってヨミの魔力が引き寄せた可能性にしても、あくまで可能性の話だった。


 「もうどーせこれ以上は解らないみたいですし、あたしは寝ますよ。ほら、しっしっ。あたしのベッドで隣は勇者様専用です。」


 「はいはい、俺とっくに隣座ってたけどな……」


 ベッドの上で座っていたユラが、そのまま後ろに倒れ込む。目を閉じて、寝る気満々の状態だ。

 その顔を一瞬、見たか見ていなかったか。ただ自分の前ではっきりと隙を見せたのは、初めての感覚だった様に思う。それだけに、ユラの今までの警戒心が今一度強く思い起こされる。


 「じゃあ、また明日。」


 「───」


 返事は無かった。でも、きっと言葉は届いているだろうと、身勝手な確信は感じているのだった。


 立ち上がり、扉の前まで来て、再び振り返る。ベッドに対して垂直に寝ていた筈の身体は、いつの間にやら枕の上にきちんと頭が乗せられている。


 「いやお前、起きてんだろ……」


 僅かに苦笑して、部屋を出る。何故か空気の味が全く違うかの感覚を覚えていた。同じ建物、室内と廊下の違いだけだというのに、不思議と力が抜けていく。


 「──変に、意識しすぎてただけか。」


 ライクの事も、自分の事も。きっと過敏に感じていただけで、ずっと何も変わらないのだ。ただいつもの生活を続ける中で、ヨミ達は偶然出会った。それだけで、それぞれの生き方は何ら変わらない。

 だから、今までの様に、これからも、ヨミは命の為に足掻き続ける。


 「解ってた、ことの筈だったけどな……」


 『甦』ではない、『ヨミ』の生き方を。






 ─────






 「やっぱり、勇者様と似てる。」


 「命の為に、自分を擦り切って。」


 「それで結局、自分が傷付く。」


 「ヨミも、精神を相当擦り減らしてる。」


 「情緒が、かなり不安定。」



 「やっぱり、勇者様と似てる。」



 「あたしも大概、なのかな───」






 ─────






 その夜、久しぶりにヨミは夢を見た気がする。


 気がする、と言うのも、ヨミの夢は、見知った光景をありありと観せてくる。それを『夢』と呼べるかは、それこそ普通の夢を知らないヨミには図る手段の無いものだ。

 もしかすれば、己の過去を頻繁に夢見る人間もいるかもしれない。だから、ヨミの『夢』は夢と呼びかねるのだ。


 そして、ヨミはこの世界に来てから、或いは命を失ってから。睡魔という概念に襲われなくなっていた。浅い眠りにしかつけない日々が続いていたが、夢が見られるという事は、今日は寝付きが良かったのか、『夢』そのものが別物の何かなのか。

 果たしてこれが夢であるかは、余計に謎が深まる所だ。だから、「気がする」なのだ。


 ヨミがベッドの上に寝転ぶと、一日、一週間、これまでを回想し、その瞼に思い描いてから眠る癖も、これに気が付いてからだった。






 はっと意識が覚醒すると、そこは病室だった。


 ここは、どの辺りだったか。何度も見た記憶が無い為、かなり遠出をしたときの記憶だろう。


 夢とは普通、自身が夢の中にいる事すらも解らないらしい。その点も、ヨミの『夢』は珍しい様だ。


 「死んだ? ふざけるな! 何であの男が助かって、私の妻が死ななくてはならない!」


 思い出した。逆走車との正面衝突があって、緊急で呼び出された時の『夢』だ。


 「事故を起こしたのはあいつだ! 私達には、何の過ちもない!」


 「──当たり所が悪かった、としか。頭を打ち付けるのと胸部を打ち付けるでは、全く違います。」


 「あの男だけが助かるなど、許さない! 早く妻を起こしてくれ!」


 「死んだ人は、どうしようも。」


 「───っ!」


 逆走をしていた男は、数本の骨折。それはヨミの力で簡単に治るのだが──


 「命を取り戻せる程の力は、俺にはありません。」


 その車に当てられた被害者である夫婦の妻が、頭部に致命傷を負っていた。


 「なら! 何故あの男を助けた! あのまま放っておけば死んだだろう!」


 「俺のやる事は人の命を一つでも多く残すだけです。助かる人間は、助ける。」


 ただ、それだけ。それだけしかないから、この男を泣かせたのだろうか。


 今なら、解る気がする。でも、過去に語った言葉を改変する事など不可能だ。『夢』の中でも、言葉を選び直すなんて出来はしない。

 だから、きっとこの『夢』は、ヨミの選び取った過去を反省させる為のものなのだろう。とヨミは捉えていた。ヨミにこの力を授けた神が、ヨミを監視する様な、そんな存在だと。


 「お前なんぞ、呼ばなければ良かったんだ……」


 「─────」


 「そうすれば、あの男も一緒に死んだんだ!」


 「──俺は、俺の出来る事だけは、絶対にする。」


 「お前の、何が──」


 「─────」


 「何が、『絶対に怪我させない男』だ!」


 その瞬間、世界は崩れ去った。


 視界に亀裂が走り、『夢』の外側が一瞬垣間見える。






 砕けた世界の欠片達が、再び形を取り戻していく。


 「さよなら」


 一言、それだけ言って、少女は柵に足を掛ける。


 気付けば、病室だった場所は歩道橋の下に変わっていた。


 「待て! 落ち着くんだ!」


 歩道橋の直ぐ下で叫ぶ声は警官か、それとも親か。


 「話を、しよう。何があった? 話してくれ!」


 必死に語りかけるその様子からして近しい人間だろう。やはり彼女の父親だろうか。

 その声に、応える様に──否、応える気がないのだ。ないのだと、はっきりと表明し、


 「待てぇぇぇぇ────っ!!」


 宙を、舞った。


 「はぁ。あの女、命を何だと思ってやがる。」


 「まぁまぁ、なるべく死人を増やさないのが君のしたい事なんだろう? ほら、ヨミ君。出番だよ。」


 「解ってますよ。───ま、あの子の気持ちもわからんでもないですけど。」


 隣には、良く見知った女性が立っている。高校に入ってから、毎度こうして付いてくる人だ。

 異世界に来てからほんの数日しか経っていないが、『夢』の中であっても数日ぶりの再会は感慨があった。ただ、『夢』の状況が状況ではあったが。


 少女が、降ってくる。それは、羽でも生やしてゆっくりと舞い降りる様にも、鉛に身を包んで風を引き裂き直下する様にも見えた。

 それを追って、ヨミは歩道橋の真下へと足を速める。遅い方ではなかったのだが、流石に重力を直線に受けた少女には敵わない。


 硬く、柔らかい音と共に、固体か液体かも判別出来ない様な『少女』が飛び散る。


 散った鮮血を浴びた経験も、無い訳ではない。顔面に赤色を浴びながら、その『少女』に手を当てる。

 この世界に魔法なんて概念はないが、それでも意識を集中させると、身体を巡る血液が沸き立つ様な感覚はあった。自分の血潮の高揚は、目の前の『少女』の流れも少しずつ元に戻ろうとしていた。


 「あな、たは……」


 細々と、掠れた声が漏れる。声を出す為の器官も今はヨミの手の中にあった。その微かな響きがヨミの掌から直接『少女』を伝えてくる。


 「何で、そんな事を───」


 何で、そんな事。先程の『夢』でも聞いた内容だ。


 そんなの、目の前の命を消さない為に決まっている。それが、正しい事でない筈がないのだから。


 だと言うのに───


 「貴方に──何が解るっていうんですか!」


 ───どうして、こうも空回るのか。


 「貴方なんかには、私の事なんて解る訳がない! 『絶対に怪我しない男』なんかに───!」


 「───そうか、解らねぇだろうな。」


 「なら、手を放して! 私はもう、こんな所で生きたくないの!」


 「死のうとしても、死にきれない奴の気持ちなんてなぁ。」


 「────ぇ」


 つい、自分語りが入ってしまった。これが少女を助ける訳でもないのに、自分の感情を漏らしてしまう。

 これが少女の目に、一時の迷いを生じさせたのに、『夢』を見て、もう一度この瞬間を生きて今更気付く。


 「……何でもねぇ。」


 「っ! 何で、何でっ!」


 「主語をくれよ。つか、今はあんま喋んな。」


 「死のうとしたなら、解ってよ!」


 右腕の治療の最中だった。身体を中心から治し、その後利き手を治そうとしたのが間違いだったのかも知れない。


 「お前────」


 動かせるようになった右手は、不格好なまま荒治療された胸倉に突き立てられていた。禄に力も入らない様な指で、その全てを籠めて『命』を握り潰す。


 急いで、心臓に手を触れる。握られたそれを治そうとすれば、握る手の力もより一層強くなっていく。


 「ふざけやがって、この───!」


 癒し、それが傷付け、だからもっと癒し、そして心臓はひしゃげていく。


 初めての感覚だった。


 流し続けていたこの力が、突如接続を絶たれた様な、蛇口を締めた様なこの感覚に、初めて本当に目の前で死を見た。


 「────ぁ」


 「死んでしまった、か?」


 「……はい。」


 死ぬ前にヨミの手が届いて、それで死ぬなんて事は無かった。在り得なかったのだ。

 その当然が、今この一瞬で消える。 


 「君がいて、助からないとはね。」


 また、ひび割れる。『夢』の終わりか、また続きか。


 無くなっていく世界の中、ヨミの過去は延々と廻っていく。

 人の為の物語、10話です。

 ライクさん回に続いてヨミさん回です。『解る』という言葉が何度も出てきたので、今回のミソになります。のはずです。現代文で習いました。きっとこの夜で、何か大切な事に『気付いた』んですね。

 あと、『ヨミさんは情緒不安定』案件ですね。読み返してみたら、きっと初っ端から起伏が激しい所があると思います。他でも何度かそんな描写があった気がするので、また読むのも良いかも。その辺周りに見せないライクさんは、やはりライクさん。


 それでは皆さん、おやすみなさい。

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