共謀者
突如としてシャーリーは目覚めた。
ベッドからゆっくりと体を起こし、寝ぼけた様子で左右を見て、一度首をかしげてからベッドから跳ね出る。部屋の俺とは対極の角に着地し、厳しい目で俺をしばらく見た後、昨日のことを思い出したようで、警戒を解いた。
「・・・おはよう」
ぶっきらぼうながらも挨拶をするシャーリー。しかし窓の外は赤く染まっている。もう夕方だ。
迷いつつも、俺も「・・・おはよう」と返しておく。
「今の動きを見る限り、元気そうだな」
「ええ、おかげさまで」
「何か食うか?昨日と同じようなものならあるが」
くう、とシャーリーの腹が鳴る。無理もない。半日以上寝ていたのだ。シャーリーは顔を赤く染めながら「・・・いただくわ」と言った。
食事を終えると、シャーリーは真面目な顔で俺を見つめる。どうやら昨日のことについて話すらしい。
「とりあえず、礼を言っておくわ。・・・二度も助けてもらっちゃったわね」
「それは構わない。こっちにも事情があったしな」
「事情・・・?あ、いや、深くは聞かないわ。ともかく、ありがとう。それで、私は何をすればいいの?」
流石、話が早い。
しかし、何をしてもらう・・・か。正直特に決めていなかった。とりあえずこの世界について教えてほしいが・・・
「とりあえずは、自己紹介かな」
「自己紹介って・・・ええと、昨日も言ったけれど、シャーリー・デ・グレイプニルよ。元亜人の国の王女で、今は・・・ただの浮浪者ね」
「その耳と尻尾は?」
「虎のものよ。私たち王族は全員虎の亜人なの。まあ、見た目には猫とそんなに変わらないんだけど・・・あの、あまりじろじろ見られると・・・」
「あ、すまない」
どうにも不思議な気分だ。人間に動物の耳と尻尾が生えているとは・・・この世界では当たり前の光景なのだろうが、さすがに違和感がすごい。
「じゃあ、俺か・・・リヴァ・コードだ。ええーーーーーと・・・・・・旅人をしている」
「・・・」
嘘なんだろうな、と気づきつつもあえて言及はしない、という目だ。どうやら恩義を重んじる性格らしい。
さて、ここで考える。俺は彼女にどこまで情報を開示すべきか。
『仲間』の枠はあと4つあるが、彼女が使えるという保証も、俺に着いてくるという保証もない。というか、亜人の国の王女という立場上この世界から離れなさそうだ。
とはいえ、俺は彼女をそこそこ信用している。誇り高く、恩を忘れない。王の器というやつだろう。・・・俺自身も王子だったが故の同族意識ということもあるかもしれない。
そうなると、俺が開示できる限界は・・・
「目的は、ギル・ヴァイスを殺し、亜人をどうにか以前のような地位に押し上げることだ」
「っ!」
一気にシャーリーの顔が強張った。目が血走り、青筋が立つ。・・・王女がしていい顔でも、少女がしていい顔でもない。
それほどまでのことだったのか。
「・・・人間の貴方が、何故?」
震えながらも、辛うじて絞り出した質問。
「何というか・・・詳しくは言えないが、使命であり、俺のようにしないという善意でもありーーー八つ当たりでもある」
「なら何故ッ!あの時点で止めてはくれなかったのっ!」
恐ろしいほどの轟音と共に、シャーリーの拳が床板にめりこんだ。慌てて店の主人が駆け付けたが、金を渡して帰らせる。言うまでもなく口止め料と修繕費だ。
主人が帰る頃にはシャーリーも多少落ち着いたようで、息を切らしながらも先ほどのような殺気は放っていなかった。
「・・・ごめんなさい」
「いや・・・気持ちは分かるつもりだ」
ギリッ、と拳を握る音が聞こえた。分かるなんて言ってほしくないのだろう。
それでも、分かる。
そして、俺の気持ちも彼女には分かるのだろう。
「・・・俺の国は戦争で滅んだ」
彼女は怪訝な顔をした。当然だ。この世界には二つの国しかないのだから。ほぼ滅んだといえる国も亜人の国で、人間の俺には縁遠い。
「体感で三日ほど前だ。父も死に、母も死に、親しい者達も、俺たちのために戦う兵士達も、みんな死んだ。・・・もはや俺のことなど、一か月もすれば誰も覚えていないだろう」
いや、一か月後には世界そのものが無いのかもしれない。
「原因は祖父だった。だから俺は・・・だから、本当に君の気持ちは分かるつもりなんだ」
「あなた、いったい・・・」
「さっきの質問だけど、答えられないんだ。すまない。
ただ、亜人の差別は気に入らないし、できるなら助けたいと思う。だから俺は戦うつもりだ。君はどうする?」
国も世界も失った俺と、国を失い、長い時間を過ごしてきたシャーリー。
二人の違いは、きっと行動だ。
俺はもう失いたくない。この痛みは俺で最後にしたい。
だから、戦う。
「・・・お願いがあるの」
「・・・聞こう」
「私を一緒に戦わせて。あいつを殺せるなら・・・なんでもするわ」
この日。俺たちは共謀者になった。
罪状は、英雄の暗殺。