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『イヴァンス』

 ---痛い。

 ぼろきれをまとわせた傷だらけの体を引きずって、私は歩く。過去の自分とは比べ物にならないほどに痩せ切った足は思うようには動いてくれない。ずっと軽くなったはずの体は今までのいつより重く感じられて、また私の心を蝕む。


 それでも私は止まれない。生きるために、明日の飯を得るために。

 ある程度の生活を保障されるとしても、奴隷に身を落とすことは私の誇りが許さない。

 ---亜人の国の王女として。



ーーーーー



 転移してきた先は人間の国の街中。とりあえずここが情報収集や修行に最適だろうと判断してのことだ。

 情報収集するにはやっぱ酒場かな。

 そう思って近くの人に酒場の位置を尋ねる。そう遠くはないところに一軒、割と大きな店があるようだ。俺は礼を言ってそちらへ向かった。


「えーっと、そこを右か・・・」


 教えてもらった通りに角を曲がる。と、そこはどうも陰気臭い裏通り。本当にこんなところに酒場があるのか・・・?

 そう思いつつ路地を進んで行くと、どうもいい匂いがする店があった。・・・しかし、明らかに入り口はそこにはない。あるのは質素な裏口らしい扉だけ。

 ・・・もう一つ向こうの角だったか。


 面倒に思いながらも踵を返そうとしたそのとき、何か重いものが地に落ちたような音がした。思わず音の方向を見ると、ガリガリにやせ細った少女が伏せっていた。慌ててそちらに行って「大丈夫か!?」と声をかけ、抱きかかえる。

 そして気付いた。


「お前・・・ひどい傷じゃないか」


 手に血がべっとりと付いている。妙にぼろいマントを引っぺがして見てみると、脇腹のあたりに獣に噛まれたような傷があった。筋肉も脂肪もほぼ無い身体が災いしてか、傷は骨まで達している。

 これほどの傷、いったいいつから・・・!

 ともかく少女を背負い、走って表通りに出ようとしたとき、その衝撃で少女が目を覚ました。


「・・・にん、げんの・・・ほどこしは・・・」


 掠れた声を聞いて俺はようやく思い至る。傷のせいで目が行かなかったが、改めて見ると獣のような耳と尻尾がついている。・・・どれだけ焦っているんだ、俺は。


「いいからしばらく静かにしてろ」


 そうぶっきらぼうに言うと、背中にちくりと痛みが走った。どうやら噛まれているらしい・・・が、傷のせいか、あるいは痩せ切った体のせいか、俺にダメージを与えるには及ばなかった。

 それっきり何も言わず、少女は俺におぶられている。


 表通りに出て一番近い場所に居る男に声をかける。


「悪い、医者を知らないか?こいつ、今にも死にそうなんだ!」

「ほお、良いことじゃないか」

「は?」


 男が当然の調子で言ったことが呑み込めない。思わず素っ頓狂な声を出してしまう。


「は?って・・・そいつは俺たちの敵、亜人だろう?見たところ奴隷ってわけでもないようだし、別にいいだろう。・・・というか兄ちゃん、医者ってまさかあんた・・・」

「おっと、間違えた!死体安置所だ!」

「どういう間違いだよ・・・それならあっちだ」


 当然のように死体安置所があることにも驚いたが、俺が驚いたのは男の表情だ。

 男の調子は本当に、当然のことを言っているようだった。あたかも剣が折れた男に「思い入れがあるのはわかるが、買い替えればどうだ?」なんて言うような調子に似ている。

 人間だぞ・・・!

 だが、少女のことを考えればここで怒っている場合でもない。拳を握り締めつつ男に礼を言う。


 俺は別の人を探して今度はこう尋ねた。


「奴隷が壊れた。医者はどこにいるか知らないか?」


 そう尋ねると、背中から荒い息と共に先ほどよりも鋭い痛みが走った。血くらいは出ているかもしれない。


「ああ、それなら向こうだ」


 そう快く教えてくれた方向に走る。

 これが、『イヴァンス』か・・・!


 俺は背中の少女に声をかける。


「悪い、ああするしかなかったんだ。すぐに医者に診てもらおう」


 それきり少女は黙った。もしかすると意識を失ったのかもしれない。もはや医者は目の前だ。


「すまない、緊急なんだ!頼む、こいつを診てくれ、金なら出す!」

「な・・・!」


 そう言ったものの他に誰か患者が居るわけではなさそうだ。すぐに診てもらえそうなことに安堵して少女を背中から降ろす。


「ひどい傷なんだ。頼む・・・!」

「わ、分かった。診ようじゃないか」


 髭をたくわえた医者が少女のマントを剥ぎ、傷を見て顔をしかめた。


「治せるか?」

せんことはないが・・・これならおそらく買い替えたほうが安いぞ」

「・・・!」


 怒りがこみ上げる。俺の世界での戦争ですらここまでひどくはなかったぞ・・・!


「・・・こいつは特別なんだ」

「特別?どういうことだ」

「それは・・・」

「私、は・・・」


 少女がかすかに声を出した。意識が戻ったようだ。


「シャーリー・デ・グレイプニル・・・」

「!」


 医者が目を見開く。少女が続けた言葉は俺にとっても衝撃的な言葉だった。


「亜人の国の、王女よ・・・」

少々投稿遅れて申し訳ありません。私生活が忙しくて・・・

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