『スクワイヤ』ブリーフィング
祖父は俺たちの世界の住人ではなかった。
そう聞いてこみあげてくるものは、悲しみより、衝撃より、怒りだった。
---自分の世界でないなら、何をしてもいいとでも思っているのか。
「・・・すごい顔をしているね」
そう言われ、自分が神の御前であることを思い出して我に返る。怒りが消えることはないが、取り繕うことくらいはできるようになった。
「申し訳ありません。お見苦しいところを・・・」
「いいよ、私が煽ったようなものだし、そうなるのもわかってたし」
さて、と神が俺に向き直る。本題、ということだろうか。
「リヴァくん。祖父が憎いかい?自分を殺す原因を作り、世界を滅ぼす元凶となった男が」
「世界を・・・滅ぼす?」
「そうさ。君の世界は滅びる。あの戦争が原因でね」
馬鹿な。
死ぬというのか。父も、母も、勝った叔父でさえも。
民も、兵も、他国の人々も。
死ぬのか。
「世界規模の戦争が起きるんだよ。君の国にはもう英雄が居ないからね」
「そ、んな・・・」
「どうだい?」
脳が正常に動作をしていない、そんな気がする。
そう、これは異常だ。だって。
もはや俺の心には黒い感情しか残っていない。
「---憎い」
「そうかい。いいぶつけ先があるんだ」
「聞かせて、ください」
「まだ手遅れになっていない世界はいくつもある。けれどこのまま放っていたら確実に滅びる。さあ、何をするべきかな?」
決まっている。
こんな思いをする人間をもう作ってはいけない。理不尽に死に絶える人々を作ってはいけない。
「異世界人を・・・殺します」
「よくできました」
神が指を鳴らすと、目の前に地図が出現した。
「これは・・・?」
「君に今から行ってもらう世界、『スクワイヤ』の地図だ。偵察は大切だろう?」
もう一度指を鳴らすと、地図上にマーカーのようなものが現れる。赤いマーカー、数個の青いマーカー、そしてそれらを囲む線が現れた。
「赤いマーカーが異世界人が今居る位置、青いマーカーがその近くで君を転移させられる場所、線は彼が拠点にしている国。まあ基本的にはこの国から出ないと思う。長居はしないだろうし。
異世界人の名前はジョン=ヘンリー・・・名乗ってるだけだけどね」
「偽名ってことですか?」
「そうだね。まあ素性を隠すってよりは世界に合わせようって感じだと思うけど」
なるほど。異世界人もサルじゃない。その辺は考えているってことか・・・いや、考えてない奴も居るだろうけど。
「この世界は何故滅びかかっているんですか?ジョンは何をしたのでしょうか」
「あー・・・君の世界には魔物っているかい?それから冒険者って職業」
「魔物・・・?冒険者とは、未開の地を開拓する者たちでいいのでしょうか」
「居ないか・・・まずはそこから説明しよう。まずこの世界には魔物っていう動物が居る。まあ魔法を使えて強化された動物と考えてくれていい。そしてそれを倒す人たちが居る。ギルドってとこに登録して徒党を組み、魔物を狩る。それが冒険者だ」
「なるほど・・・いやしかし、彼らは冒険をしていないではありませんか」
「不思議なものだよね。この辺の設定は日本人が好きらしくて、今後もよく出てくるだろうから覚えておくといいよ」
なんとも不思議なものだ。それに似通った世界がたくさんあるというのも面白い。俺のそっくりさんとかも探したら居るかもしれない。
「で、ジョンはこの冒険者なんだけど・・・彼が魔物を乱獲しているんだ。魔物の素材は金になるし、狩ると人々から感謝されるからね」
「いけないのですか?感謝されるということは魔物は人に害を及ぼすのでしょう?」
「そうだけどね。このままいくと生態系が狂う。魔物にも色々居て、その中でも食物連鎖は生まれているんだけれど、ジョンはまだ上位のドラゴンとかを安定して倒せるほどの実力はない。結果、ドラゴンとかの強い連中のエサだけがなくなって人里を襲うようになる。世界中でそれが発生したらもう終わりだよ」
つまり、恐ろしく強い生物が襲ってくるようになるということか。そしてそれを食い止めるほどの力をジョンは持っていない。
「分かりました。では次はジョンについて教えてもらっていいですか?」
「異世界人っていうのは大抵神から理不尽なほどの力を貰って転移、あるいは転生する。彼の場合は『絶対障壁』。あらゆる攻撃を無条件で防ぐことができるという能力だ。弱点はこれと言って無いが・・・強いて言うと認識できていない攻撃は防げないということか」
「なるほど・・・仲間などは連れていますか?」
「いや、彼は生粋の戦闘狂だからね。一人で戦うことを好む。・・・随分冷静だね?結構どうにもならない相手だと思うんだけど」
確かに、普通に戦うのではどうしようもない。あらゆる攻撃を防がれて殺されるだけだ。
しかし、弱点が俺とかみ合っている。
「まあ、単独なのならどうにかなるかと。ちなみに、俺は何か神からサポートは受けられませんか?」
「うーむ・・・それなんだよね。過ぎた力を与えて世界をめちゃくちゃにした神の尻拭いのためにまた過ぎた力を与えては意味が無くて・・・まあ、一応可能な限りのサポートはさせてもらうよ。
まずその世界に合った装備と服装。これは転移の時に自動で装着しておいてあげる。武器の希望はある?」
「剣が得意です。それと短剣も持たせてください」
「オッケー。じゃあ剣と短剣を用意しておくよ。
で、次にお金。大した額は用意できないけれど、まあ・・・一週間は普通に過ごせるんじゃないかな。使い方は任せるよ。
それからさっき言ったけど転移の場所。とりあえずジョンの近場だったらこれっていう感じで地図に出してるけどもっと遠くがよければもっといろいろ出せるよ。どこに出るかはお任せするね。どこがいい?」
地図上の青いマーカーを見る。街中に出ればある程度の準備や情報収集をしてから行ける。近場なら・・・うーん、特にメリットは無いな。機を伺える時間が増えるのと時間が巻ける程度か。補給ができないから大して見ていられるわけでもない。やはり街中に転移するのが基本か。
「街中、ですかね」
「わかった。じゃあ最後、『探知魔法』を習得させてあげよう。特殊な魔法で、私が設定した標的の場所が好きな時に分かるようにしておく。今回はジョンを設定しておくよ」
「わかりました」
「それからお金は無理に使い切ろうとしないでね。使えなかった分は次の世界に行くときに持ち越しにしておくから」
「・・・え、そんなのあるんですか?」
「まあ稼いだ分が無駄になるっていうのもひどい話だし装備とかも希望するなら前の世界のものを使いまわしていいよ」
それなら話が変わってくる。
今回の敵であるジョンはおそらく俺なら大した準備をしなくても倒せる。だが、次の相手を倒せる保証はないのだ。
ならば次にできるだけ資金を回した方がいいのではないか。
「神、転移場所を変えてください」
「ん?いいけど、どこに?」
「ジョンから一番近い場所に」