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ムガルの秘密

お食事中の方、グロテスクな表現に弱い方はブラウザバック推奨!

今回は書きながら吐き気を催すほどの描写をしています。しかし、大事な話ですのでどうか読み飛ばさず、気分を悪くしながらお付き合いください。

「こちらがお手洗いとして使用している場所です」


 そう案内された場所は、一見普通の畑のような場所で、よく耕された土と大きなスコップだけがある、屋外の一角だった。


「ここは・・・」

「元々は、城に仕える草食の亜人のための野菜を栽培していた畑です。では私は先に戻りますので、終わったらそのスコップで埋めておいて下さい」

「いや、待て」


 場所の用途が用途なので、足早に去っていこうとするムガルの腕をつかんで止める。


「何か?ペーパーはありませんので土を使用していただきたく・・・」

「トイレは方便だ。お前をに話が聞きたい」

「・・・ほう」


 縦に長い瞳孔をした目をすっと細め、ムガルは微妙に警戒の色を出した。


「何が聞きたいのでしょうか?」

「痩せてはいるもののそれなりに元気で、一人ここに留まっていられる程度の力を持っている。そのことが多少疑問だったんだが・・・さっきの話の時に確信したよ。あんた、何を食った?」

「何を・・・とは?」

誰を喰った?・・・・・あんた、肉食だろう?」


 ぴきん、と空気が固まるような感覚がした。ムガルの手入れが感じられる良い毛並みから一滴の汗が滴り落ちた。


「私がーーー同族を喰った、と?」

「そうだ」

「仮に、喰っていたら何だというんです?肉食の民は大抵亜人を喰っています。今更一人多いからといってどうということはないでしょう」

「俺たちは亜人の地位向上を目指している。民は極論直接上と絡むことはないが、あんたは確実に俺たちに関わってくる。後ろから刺されるのは御免なんだ」

「たとえ食べていても、再犯も貴方たちを選ぶとも限らないでしょう」


「限るね。一度禁忌に手を染めれば、もう抵抗なんてできないのが人だ」


 しばしの睨み合い。ぎらりという双眸の輝きが俺を捉える。それは俺に恐怖と、仮説の裏付けを与えた。

 睨み合いの果て、剣に手をかけると、ムガルはため息をついて話し始めた。


「一度だけです。もうしません・・・できません」

「・・・何故だ?」

心的外傷トラウマですよ。恐らく、次に誰かを食べようとしても彼女の顔が私の目に浮かぶのでしょう」

「彼女・・・?」


「ええ。私は妻を食べました」


 殊の外あっさりとしたムガルの告白は、しかし妙な真実味を帯びていた。



ーーーーーーーーーーーー


「私たちは二人で王家に仕えていました。もう三十年ほどでしょうか」


 ムガルは語りだす。先ほどの血塗られた歴史の裏の、臓物に塗れた過去を。


「こんなことになって、同僚や部下たちがおかしくなっても、私たちは王家の帰還を待ちました。・・・王たちが処刑された後も、シャーリー様だけを待ち続けました」

「待て、その間の食料はどうした?」

「王家が乗るための馬を加工して、保存が効くようにしていました。どうせ食糧不足で死んでしまいますので」


 まあ実際、シャーリーもそれを不敬だと咎めはしないだろう。俺だって似たような経験がある。


「しかし食料も底をつき、私たちはみるみる衰弱していきました。見ての通り老体ゆえ、ろくに動けなくなるのには時間もかかりませんでした」


 見ての通り、と言われても俺にはわからない。というか個体認識も厳しい気がする。ムガルはシャーリーと違い、二足歩行するスーツを着たネコ的な何かなのだ。

 とはいえ話の腰を折ることもできず、聞き流しておく。


「飢餓の苦しみでおかしくなりそうな精神に耐えるため、私たちはいつまでも語り続けました。夜になれば気を失うように寝て、不思議と同じ時間に目覚める・・・妻が居たから耐えられましたし、彼女からしてもそうでしょう。

 ・・・しかし、やはり人には限界というものがあります。ついに私は声を発することもできなくなりました」


 ムガルの目からは涙が零れ落ちた。雫は毛を伝って地面にーーー土に落ち、染みわたっていく。


「光すら失いそうになった時、私の口には旨味が広がりました。筋張っている上に臭みがある。決して上質とは言えない肉の、芳醇な旨味。

 その瞬間、捨てたはずの野性が溢れ出しました。

 私はその肉を夢中で食べました。骨まで味わい、血を飲み干し、よく噛んでーーー縋るように食べました。

 そして、ある程度腹が満たされたとき、気付きました。


 私が食べていたモノは、妻の右腕・・・・だったことに。

 死にゆく体を、力を振り絞って彼女は私に差し出したのだということに。

 ーーーそして、私が夢中になって彼女を食べている間に、隣で寝ていたはずの彼女は息絶えていたことに。


 こみ上げる吐き気を全力で抑えていると、代わりに目から涙がとめどなく溢れました。吐き気が止まった後は、彼女の腕から滴る血を飲み、地面すら舐めました。---1滴たりとも、彼女を無駄にしたくなかったから。


 ーーー彼女は笑っていました。きっと私も逆なら同じことをして、笑ったでしょう。

 今回はたまたま、私の方が先に限界を迎えただけでした。

 そして、私はその『たまたま』を許すことができませんでした」


 彼の顔には怒りが滲んでいた。それは自分への怒りか、人間への怒りか。

 それとも、自分を一人にした妻への怒りか。


「だから私は、何としても生き永らえなければなりませんでした。きっと彼女が私に望むのはたった一つのことだけだから」

「・・・王家の、シャーリーの帰還を待つこと」

「はい。だから少しずつ彼女を食べました。不思議と彼女の死体は腐りませんでしたので、どうにかあなた達が来るまでもってくれました・・・」


 そこまで言うと、ムガルはついに嗚咽を上げて泣き出してしまった。

 たった一人で待ち続ける・・・いつ来るとも、生きているともつかない相手を、飢餓と戦いながら、一人で。

 きっと長くはない時間だったと思う。しかしそれはムガルにとっては永遠だったとも思う。

 そんな末に、俺たちが来た。


「・・・先ほどの話ですが、私は他の亜人をもはや食べられません。妻を私の唯一の人にしたいのです。責務を全うする夫のため、己を投げだした気高い女性ーーー私は彼女だけをそう認めたまま、私が逝くときにその土産話をしてやりたいのです」

「・・・わかった」


 俺はムガルの目を見据える。


「ムガル。お前が守ったものは俺たちが復活させる。・・・だから、俺たちを手伝ってくれ」

「はい、喜んで」


 ムガルは本当に嬉しそうに笑った。

 ---シャーリーはこんな家臣に仕えられて幸せだな。

 そう思うと、俺はケジメをつけたくなった。頭の、シャーリー手製の耳に手を伸ばす。


「先に言っておく。分かっていたかもしれないが、俺はーーー」

「いけません」


 外してムガルに俺の種族を伝えよう。

 そう思ったとき、ムガルに手を掴まれた。


「あなたはこれから、いつまでかは分かりませんが、亜人の上に立つのでしょう?ならばあなたは亜人です。耳も尻尾も無くとも、亜人なのです」

「・・・そうか」


 上に立つ者の責務。

 ---久しく忘れていた責任。


「ありがとう、ムガル」

「いえ。・・・いつか、あなたに仕えることになるかもしれませんので」

「どういうことだ?」

「いえ、なんでもありませんよ」


 そう茶目っ気たっぷりに、ムガルは笑った。


補足

『動物度』についての話をしましたが、これは『肌の露出』という部分で区別されます。毛皮ではなく、肌に覆われている人間に近い連中は食も人間に近く、肉食でも果物などを食べられます(草食も同様に肉を食べられます)。しかし、毛皮に覆われている連中は食が動物に近く、肉食は肉しか食べられません。

ちなみに、かなり人間に近いシャーリーはおそらく豚肉を生で食べたらお腹を下します。また、草食動物の亜人は自分に特徴が出ている動物を食べることには忌避感を覚えるそうです。

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