滅びゆく国家
「お茶も出せませんが・・・」
「いや、構わない」
通された部屋にあった机に座らされたところで、俺はシャーリーへの『誤認魔法』を解いた。シャーリーは辺りをきょろきょろと見回し、目の前の亜人に気が付くと、彼に飛びついた。
「ムガル!」
「シャーリー様・・・よくぞご無事で・・・!」
二人は抱き合ったまましばし泣き続ける。俺は手持ち無沙汰ながらも、邪魔はできないのでしばし待っていた。
結局、二人が落ち着くまでには数分かかった。
「・・・リヴァ様、ありがとうございます。シャーリー様を守ってくれて」
「大したことはしていない。出会ったのも数日前だしな」
俺に礼を言うと、ムガルは俺たちと同様に椅子に座った。
・・・驚くべきことに、ムガルに通された部屋には誰一人居なかった。---いや、むしろこの城自体に人の気配が感じられない。
「まずは聞きたい。ここで何があったのか」
「・・・そうですね。ではシャーリー様、しばし・・・」
「駄目よ、聞かせてムガル」
「しかし・・・」
「私は王女なんだから」
涙を拭きつつ、毅然と告げるシャーリーに、ムガルは驚きつつも頷いた。
「・・・では、まずは自己紹介へと致しましょう。私はムガル。王家に仕えてきた執事長です」
ムガルは語りだす。この国の今と昔を。
「ある日突然、人間軍が宣戦布告もなく亜人の国に攻め込んできました。兵力はたった一人。・・・おそらく強硬派の人間が暴走したのだろうと王家はそう重く捉えはしませんでした。
・・・しかし、彼はただの人間ではありませんでした。
男の名はギル・ヴァイス。彼は圧倒的な力をもって亜人族を蹂躙し、我が国は大きな損害を受け、民の大半は死ぬか奴隷になりました。・・・ちなみに、リヴァ様は・・・」
「俺は・・・」
そうか、今の俺は亜人だと思われているのか。
正体を明かしてもいいが、しかしムガルがどう出るかもわからない。誤魔化しておくことにした。
「・・・奴隷になったが、逃げだしてきた」
「・・・なるほど」
ムガルは何かに感づいたようだったが、しかし話を続けた。
「その後、集落を大きな壁で囲うことでどうにか安全を確保しましたが、周り全てが人間族の土地であり、食料を得ることができず、民は飢えに苦しみ始めました・・・そして、次第に人間に向いていた民の怒りは、何も抵抗ができなかった王族に向き始めました。王達はたちまち指名手配され、逃げましたが壁に囲まれた小さな集落ですので・・・すぐに捕まり、処刑されました」
「・・・!」
シャーリーは息を呑む。覚悟していても辛いことだろう。・・・俺にもわかる。
「・・・リヴァが、予想していた通りね」
「まあ、そうだな」
ただ、ここまで荒廃しているとは思っていなかった。新たな王が擁立されて多少安定しているものだと思っていた。だからこそクーデターが起きることを警戒していたのだが・・・クーデターの対象になる政府が存在しない。
「・・・そして、王族が処刑された後も当然苦しみは変わりません。それどころか、憎しみの矛先を失った民は次第におかしくなっていき・・・最初におかしくなったのは、肉食達でした。
極端な話、道端の草でも生きていける草食達とは違い、肉を食わねば死んでしまう肉食達は、ついに草食動物達を・・・」
「・・・まるで、動物じゃない」
動物の特徴を持ちつつも、人間に近い技術と知能を持つ亜人。
ルールと平和、体制によって抑え込まれていた野性はーーーそれらを失い、目覚める。
「そこからは本当に早かったです。初めは草食を食べていた肉食達は、草食の取り合いを通して共食いを重ね、いつしか人口は減り、政府もルールも無い地獄に成り下がりました。・・・これが、現状です。おそらく私たちは、いずれ滅びるでしょう」
「そんな・・・いくら飢えたからといって同族を食べるなんて・・・」
「・・・・・・・しかし、現実です」
ムガルの発言に少し不自然な間が生まれた。
・・・。
「・・・悪い、トイレに行きたいんだが、ムガル、案内してくれないか?」
「トイレ・・・一応、私がそのように使っている場所はありますが・・・」
「それで構わない。シャーリー、自衛くらいできるな?」
「もちろんよ。でも手早くね」
「どうだかな。下痢かもしれない」
「早く行ってきなさい!」
俺はムガルと共に部屋を出た。
補足・・・亜人には『動物度』の高さがあります。シャーリーはあまり高くないので虎の耳と尻尾が生えている程度ですが、ムガルさんなんかは顔がほぼチーターです。・・・チーターの亜人って言ったっけ?
リヴァも人間の国で既に見ているので『動物度』についてはなんとなく理解しています。
『動物度』が高いと別の問題が出てきたり・・・おそらく次の話で軽く触れるので、そっちで解説を。