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魔王と出会い、復讐鬼は目覚めた

作者: 思海 希

 夕暮れ時の冒険者ギルドは、冒険を終えて魔物の素材を換金しに来た冒険者たちで騒々しい。しかし、一組の冒険者パーティが現れると彼らは全員口を閉じて壁際に身を寄せた。

 やって来た冒険者パーティは他の者たちなど虫けら同然といった態度でカウンターまで進んでいき、パーティリーダーの少年は口を開いた。

「グレートドラゴン10匹とヒュドラ1匹の換金を頼む」

「はい、分かりました!」

 五人の美少女を侍らせる少年ウロナは、今日も他の冒険者が狩れないような凶悪な魔物を換金していく。他の冒険者たちはそれを羨むことすらなく、死んだ魚のような目で見ていた。

 初めは嫉妬や羨望からウロナに喧嘩を売る者もいたが、全てウロナに瞬殺され牙をへし折られていた。それだけではなくウロナは美女を見ると相手に恋人が居ようと関係なく口説き、片っ端から奪ってしまう。

 他の冒険者たちはその才能の差に絶望し、もはや住む世界が違うのだと諦観の境地に入っていた。彼らに出来ることと言えばウロナの機嫌を損ねないように息を潜めておくことだけだった。

「「ウロナ様、早く宿に戻って昨日の続きをしましょう!」」

 換金を終えると美少女たちはウロナに肢体を押し付けながら誘惑する。顔も体も百点満点の女たちが心の底からウロナを求めているのだ。

「ああ、スイートルームで皆相手してやるぜ」

 異世界人の魂をもつ才能の化け物、剣聖と聖女のハイブリッド、箱庭の主人公、それがウロナ・トーチだった。




「ああ、才能や生まれで全てが決まる世の中なんて狂ってる」

 ウロナが去った後、顔を包帯でグルグル巻きにした少年が呟いた。

「生まれた時から常人の千倍の魔力が有るとか、異世界人だけが使える強力な武器とか、息を吸うように剣を扱える才能とか……全部死ねば良いのに」

 少年の名前はディスパー。顔に包帯を巻いているのは、幼い頃に継母から熱した油を掛けられて火傷したからだ。人は生まれを選べない。なのに、物事の大半は生まれで決まっている。

 美少女ハーレムを築いているウロナとは違って、ディスパーは女性とまともに話したことすらなかった。

「……オーク5匹の換金をお願いします」

「ひっ、近寄らないでください!」

 何故なら、他の人たちは顔の火傷を気味悪がってディスパーと接することを嫌うからだ。拒絶される度にディスパーの心に昏い感情が溜まっていく。

「換金終わりました。銀貨40枚です」

「おい、オーク5匹の相場は銀貨50枚だろう。ふざけるな!」

 相場よりも遥かに安い換金額にディスパーは激怒する。包帯の下は真っ赤だった。

「ひっ、銀貨10枚分は迷惑料です。他のお客様の迷惑になるような顔の方は、換金額の2割を手数料として差し引くことがギルド会議で決まったんです。文句ならギルドマスターに言ってください」

 ギルド長はウロナを除けばこの街で最も強い存在だ。文句など言える筈がない。

「……チッ、銀貨40枚で良い」

 結局、嫌われ者のディスパーが泣き寝入りするしか無かった。換金が終わるとディスパーは家への道を憎々しげに歩き始めた。ディスパーの家は街外れにある荒屋で、周囲は沼地という最悪の物件だった。差別のせいで、そこしか住むことを許してもらえなかったのだ。


 家に帰ったディスパーは夕食として山菜とオークの肉を粛々と喰らい始める。魔物喰いは忌み嫌われる行為だが、元より嫌われているディスパーには全く関係なかった。

「くそっ、どいつもこいつも上っ面で人を判断しやがって。こんな世界なんて滅んでしまえ!」

 母親はディスパーを産み落として死に、父親はディスパーに無関心。父親の再婚相手は財産目当ての毒婦で、ディスパーを追い出すまで虐待の限りを尽くした。家を追い出された後も、数え切れないほどの悪意に晒された。

 そんなディスパーがどうして世界を愛せようか? 悪意の受け皿となった少年が世界を呪うのは自然の摂理だった。


「ククク、素晴らしい悪意だ。お前こそ我の代行者に相応しい!」

 するとディスパーの願いが叶ったのか、いきなり禍々しい声が聞こえてきた。

「だ、誰だ! 姿を見せろ!」

 ディスパーは正体不明の相手に敵意を向ける。顔が醜いというだけで罵倒の言葉を投げられてきたディスパーにとっては誰もが敵なのだ。

「フッ、我が名はユベル。世界を滅ぼす魔王だ。お前に良い話を持ってきた」

 謎の存在は姿を見せずに千年以上前に討伐された悪魔の名前を語った。もしもそれが本当なら目に見えない存在は完全に神話の領域だ。


(良い話だって! そういう奴は大抵怪しい。きっと魔王の名で脅してお金を騙し取ろうとしているに違いない。僕を騙そうとしたことを後悔させてやる!)


 怒りを覚えたディスパーはぶん殴るためにユベルの気配を探る。この特技は継母の虐待から逃れるために覚えたもので、ディスパーの切り札だった。

「気配を探っても無駄だ。我の実体はここには無い。我の声は直接お前の頭の中に届いておる」

 しかし、ユベルにはまるで効果がなかった。それどころか何故か気配を探ったことまでバレてしまっている。絶対の自信があった切り札を無効化された事実から、ディスパーはユベルの話を信じることにした。

「そうだ、我の言うことを信じよ。お前は我の後継者に選ばれたのだ。どうだ、力が欲しくないか?」

 まさに悪魔の誘惑、ユベルは禍々しい口調から甘い口調に変えて囁く。甘言に魅せられたディスパーは仄昏い笑みを見せ、それから自分の頬を引っ張った。

「夢じゃないんだ。……ユベル、その力が有れば僕を否定した連中に復讐できるのか?」

 憎悪で燃える眼を虚空に向けて、ディスパーは質問する。それを見たユベルは愉快そうに嗤う。

「フフッ、我の力は万能だぞ? 我の力さえ有れば気に入らない奴を殺すことも、殺さずに地獄を見せることも、女を奪うことも簡単だ。それに醜い火傷だって治せるぞ?」

 ユベルはディスパーの復讐心を刺激するために、声だけでなく映像まで送った。憎き継母を殺し、自分を嫌った連中を奴隷にし、ウロナを踏みつけながら取り巻きの美少女たちを性的に屈服していく映像だ。

「ああ、ユベル様。こんな素晴らしい世界が本当に実現できるのですか?」

 有りとあらゆる欲望に火をつけられたディスパーは力を与えてくれるユベルに心酔してしまっていた。


「もちろん可能だ。……ただし、それには私と契約を結ぶ必要がある」

「……契約」

 契約と聞いた瞬間、ディスパーは少し冷静になった。果たしてこんな上手い話が有るのだろうかという疑念が沸いてきたからだ。

「心配する必要はない我とお前の利害は一致している。我の望みは我を封印した憎き人類を滅ぼすことだからな」

 そう言ってユベルは自分が封印された時の映像を送る。それは人間ではないが故に人間から恐れられ、欺かれ封印される悲しい人外の物語だった。


「……僕はユベル様を信じます。契約してください!」

 ユベルに共感したディスパーは彼と契約することに決めた。一度は疑念で揺らいだその目には強い復讐心が宿っている。

「ふふっ、度胸があって宜しい。では、これより継承の儀式を始める。儀式が終わるまでお前は目を瞑って我の魔力を受け容れるのだ」

 ディスパーが目を瞑ると、周囲に少しずつ黒いモヤのようなものが発生し始めた。


(目を閉じていても感じる。何か恐ろしいほど巨大な力が僕の中に流れ込もうとしている!

 これが、ユベル様の力なのか?

 強すぎる余りに受け容れようとしても無意識に恐怖を抱いてしまう!)


 ディスパーは懸命に心の防波堤を下げようとするがなかなか下がらない。生存本能が反射的に拒絶してしまうのだ。

「お前を虐待した継母の顔を思い出せ、ディスパー!」

「!?」


(欲望のままに殺そうとした憎き継母の見下した顔……ギタギタにしてやる!!)


 復讐心を持ってしてディスパーは生存本能を克服した。心の防波堤を下げたことによって、黒いモヤは物凄い勢いでディスパーの中へと流れ込んでいく。そして、黒いモヤは一つ残らず消えてしまった。

「ユベル様、僕の中に有る力はどう使えば良いのですか!」

 取り込まれた黒いモヤは体内で一つに固まって膨大な力を発している。その力を使って一刻も早くディスパーは復讐を始めたかった。


「ククク、お前がそれを知る必要はない」

 口を開いたユベルはディスパーを嘲笑う。ディスパーは口元を抑えると、驚きのあまりに絶叫しそうになった。何故なら、ユベルの声はディスパーの口から発せられていたのだ。

「な、なんで口が勝手に!?」

「この体はもう我のモノ。今はお前の意識も残っているが、それも時間の問題だ」

 ディスパーの口で恐ろしいことを言うユベル。

「そ、それじゃあ、今までの話は……」

「全て嘘だ。簡単に騙されてくれたお陰でやり易かったぞ?」

 力の授与、己の過去、統べての全てをユベルは否定した。


 ディスパーは全身から血の気が引くのを感じた。そして、この感覚すらも消えてしまうと思うと堪り兼ねて絶叫した。

「ぎゃあああーーーー!」

 慟哭を上げ、ディスパーは恐怖を振り払おうとする。しかし、そんなディスパーを嘲笑うかのようにユベルは身体を弄んでいく。腕や足が自分の意思に反して動く様を見て、ディスパーの顔はますます青くなっていった。

「無駄な足掻きだ、お前の心は既に我に負けている。大人しくその身体を明け渡せ」

 ユベルはディスパーの顔でほくそ笑みながら、邪魔者を消し去ろうとしてくる。

(くっ、ここで終わりなのか。……僕の人生は魔王に奪われるだけの無意味なものだったのか?)

 奥歯を噛み締めてディスパーは悔やむ。

 彼の心は今、底無し沼のような絶望と燃え盛るような憤怒に染まっていた。


 ――この気持ちを良い方向に変えないと。


 ディスパーは目を瞑って深呼吸をする。今大切なのは僕の身に宿った魔王ユベルを出し抜くことだ。その為にはユベルに対する恐怖を調服する必要がある。

 そう思ったディスパーは怒りと畏れをコントロールしようと務める。


 ――怒りは絶望を憎む勇気に、畏れは物事を冷静に対処する思慮深さに変えるんだ。


 ディスパーの燃え上がる反骨精神が絶望的な恐怖を消し飛ばす。だが、積み重なった憤怒の山はびくともしない。


「ぐっ、後退させられたか。だが復讐の焔が消えぬ限り、我は何度でも蘇る。……覚えておけ、ククク」


 そう口を開かされて以来、ディスパーの体の誤作動は止まった。どうやら本当にユベルは消えたようだ。


「……助かったの、か?」


 窓から差し込んでくる陽射しがディスパーを照らす。どうやら、一睡もすることなく夜が明けてしまったらしい。なのに、ディスパーの脳は不思議と冴え渡っていた。




 その日の夕方。ディスパーは何時も通り、倒した魔物を換金するために冒険者ギルドの扉を開ける。ギルド内は一握りの者達の声を除いて沈黙に包まれていた。


「ヒュドラ3匹とハイオーガ8匹の換金を頼む」

「まあ、流石はウロナ様ですね。貴方のような素晴らしい方が居ると冒険者ギルドとしても助かります!」

「ねえ、ウロナ様。早く帰って私とベッドで愛し合いましょう?」

「あ、抜け駆けなんてズルいです!」


 ウロナはその絶対的な力で美少女たちの身も心も独占しており、他の冒険者たちは諦観していた。何も変わらない日常だ。



(ああ、才能や生まれで全てが決まる世の中なんて狂ってる)


 ディスパーの心の中で轟々と燃える憎悪の炎はそう簡単には消えない。


(だけど、そんなの関係ない。俺は俺の幸せを掴むんだ)


 しかし、世界に絶望して他人を妬むだけの少年はもう居なかった。


……To be continued

「血統と才能は魂の中に」に続く

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