三話 龍宮城の秘宝・天魔文書
その日の夜――。
宿屋に宿泊したテンドウ達は龍宮島における情報の全てを開示し、仲間と共有していた。大きな机の前にいるテンドウの左右にドクター、侍、忍者がいる。まだ十代半ばぐらいの小柄な忍者に青い瞳を向けたテンドウは言う。
「……おそらくあの二人はこの島には来れないだろう。大渦のせいで船も近寄れないし、欲のある人も多過ぎる。個々の判断で発見した魔の五風十雨・ガムシロン追跡をしているはずだ。ガムシロンは知っての通り、酒と女にしか興味の無いバカだ。だから先に五人でフィトームを討つ」
「ん? 五人? それは誰だい? まだ紹介してもらってないけど?」
ドクターであるオイトールの言葉に侍と忍者も同意する。すかさずテンドウは答えた。
「過去のテンドウが作り出した切り札だ。性格に問題はあるが、性能に問題は無い。それは明日紹介する。まずは過去のテンドウが調べた情報と、お前達が得た情報を照らし合わせる。サギリいいか?」
「はいな将軍」
口元を布で隠すツインテールの忍者少女が、情報が書かれた巻物を机の上に広げる。すると、巻物のホコリに全員がむせた。白いハンカチで口元を抑えるドクターは言う。
「テンドウ君。僕達が部屋の換気をしてる間に情報を確認してくれ。それとサギリ。巻物を開く前にホコリは払おうね?」
「はいはーい」
「オイトール。相変わらず仕事が早いな」
「それがドクターとしての僕の役目だから。ほらカゲマツもホコリが付いた刀の手入れより窓を開けてくれ」
「拙者、愛刀を愛している故……」
『はいはい』
侍のカゲマツもオイトールとサギリに背中を押されて部屋の換気とホコリ取り作業をする。その間、サギリの広げた巻物をテンドウは読み込んで行く。歴代のテンドウ達と仲間達が集めた情報を精査すると、確実な情報が見えて来た。
まず、龍宮島の深海にある龍宮城の人々は地上の人間を受け入れる。不健康な者や老人ほど好まれ、若返りや健康回復の効果があり、一年ほどで安らかに死に至る。
龍宮城へは海底からでは入れない。一年に一度の龍宮祭の時のみ龍宮人は新たなる人間達を受け入れる為にその門を解放する。
そして、巨大な力を持つ魔王の臣下である魔の五風十雨でも龍宮城に力ずくで入れない理由があった。それは龍宮城内に入れば全盛期の若さに戻るが、人間社会に戻ると一気に老化が進んでしまう。かつてお伽話としてあった浦島太郎の話と似ている。
最後に、わざわざこの辺鄙な土地で魔の五風十雨が龍宮の巫女をしていたのは、人間を利用してアンデットにする為であった。不死のモンスターとなったアンデット達は龍宮城への出入りが自由となる。入ったら出られない龍宮城への足掛かりとして、周りくどい作戦を立てて実行していた。
「……皆が集めた情報と歴代テンドウが集めた情報の精査は取れた。そして、この龍宮島に魔の五風十雨が存在するのも確認している。魔王復活を目論む魔の五風十雨。その中の一人……悩殺のフィトームだ」
『……』
その場の全員は龍宮の巫女が魔の五風十雨の一人、悩殺のフィトームと断定した。その魔の五風十雨についてドクターであるオイトールが話す。
「魔の五風十雨。この魔の五風十雨は風のように現れ五日で都市を滅ぼし、十日で一国に血の雨を降らせる。それも過去の話になっているね。今は魔の五風十雨はこの世界に馴染み、人間のように生活している。ここが厄介なんだよねぇ。魔の五風十雨は人間社会の核になってしまっている」
やれやれという顔のオイトールに侍のカゲマツが口を挟む。
「故に斬らねばならん。かつての奴等ならば自分の手を汚し、人間達に向かって来た。それがいつの頃から奴等は人間を使い、一切自分の手を汚さず甘い蜜のみを吸うようになった。拙者は何もせず我が国を乗っ取った奴等を生かしてはおけぬ」
「人間社会のパワーバランスを崩せば戦争勃発だよ? それでもやるの?」
瞬間、カゲマツの右手は愛刀の夢精紅龍に手をかけ刀の鯉口を切った――。同時にオイトールの右手の人差し指はカゲマツの眉間に狙いを定めた。
『……』
しかし、両者は止まったままだ。それもそのはず。二人の首筋には鋭い刃の切っ先が突きつけやれていたからである。テンドウは無言のままこのやり取りを見つめていた。そして、小太刀とクナイを両手に持つ忍者は言う。
「最終将軍の前で喧嘩はダメ。カゲマツは侍として士道不覚悟。ヤブ医者オイトールはドクターとして精神病患者の機嫌を損ねちゃダメ。わからないならここでサギリが抉ります」
キラッと鋭い瞳を光らせたサギリに二人は降参した。ニッコリと微笑むサギリは小太刀とクナイを収めた。うぅ……と二人の男は苦悶の表情で崩れ去り、天を仰ぐ。
「士道不覚悟……切腹ものだ……それに精神病……」
「精神病患者の機嫌か……それにヤブ医者……」
サギリの言葉にショックを受ける二人を見つつ、テンドウは場を収めた忍者を褒める。
「よく止めてくれたサギリ。まだ先代ほどの反応速度ではないが、この悩殺のフィトームとの戦いで先の自分へ開門しろ」
「はいです!」
ここで全員一息つく事にした。侍は茶、ドクターは紅茶、サギリはお湯、テンドウは麺つゆを飲んでリラックスする。そしてテンドウは過去のテンドウが耳にした神器に関する話をした。
「魔の五風十雨でも立ち入りが困難な場所を自らのテリトリーにするのは話として納得出来る。自分達の命を脅かす存在から隠れられるからな。しかし、籠城するだけなら別の場所でもいい。なら何故、何百年もかけてフィトームは龍宮の巫女まで演じて龍宮城調査をしていたのか? それは神器があるからだ。おそらくそれはこの千年で誰も発見した事が無いとされる神器「天魔文書」だ」
そう、龍宮島の海底にある龍宮城にはこの世の歴史の道標となる「天魔文書」が存在した。
魔の五風十雨が強い魔力を持っているとは言え、龍宮城の中での特殊な時間経過は生物として危険である。その為、龍宮城へ人間を送り続け、地上に帰還した龍宮城の知識のある人間を死ぬ前にアンデッドにする。
龍宮城に行けばどんな疫病でも老化でも治癒し、一年は極楽の生活が出来る。地上に帰れば老化して死ぬが、人間としてまともに死ねる。
そんな人間達を利用しつつ、悩殺のフィトームは何百年かに渡って龍宮の巫女として龍宮島の神として存在していたようだ。一口茶を飲むカゲマツはこの島について話した。
「魔族が作ったとは思えぬ程にこの龍宮島の風習や歴史は人間が作り出したものとは変わらないでござる」
「魔族も人間が生み出した悪であり、その思考は人間と酷似しているのも当然。奴等はこの人間世界を学び、それぞれの土地で適応した。この平和も所詮は魔王復活までの仮初の平和。魔族が表立って現れて人間を奴隷のように扱う未来は近い。今日の悪を為し、明日の正義を行う。それが我々テンドウ七人衆だ」
一同はテンドウの言葉に納得し、お互いの顔を見合わせた。そして――。
「魔の五風十雨を倒し、神器も手に入れられれば魔王消滅の一手を手にする。二度を追い、二兎を得る。もう覚悟は出来ているだろうが言わせてもらう……明日は決戦だ! 全力で悩殺のフィトームを討つ!」
『おう!』
テンドウ達は夜になるまでに森などに潜んでいた強力なモンスター達はあらかた始末していた。
決戦は明日の夜。龍宮巫女祭前日に行われる龍宮巫女の儀式を狙い、フィトームを利用して龍宮城にある天魔文書を手に入れる。その後、フィトームも撃破する作戦だった。
前夜祭として軽く酒を飲む事になった。忍者のサギリの里は十五で成人であり、すでに準備しているので全員が飲まざるを得ない状況だった。
そして、狂ったように酒を飲むサギリは泣き上戸のオイトールを酔い潰し、カゲマツにターゲットを変更していた。
「拙者、下戸故」
「飲まんかいワレぇ。抉るぞコラぁ。ウィ!」
酒と麺つゆを割って飲んでいたテンドウは先代忍者よりタチが悪いと思い、オイトールのポケットから薬を取り出して無理矢理飲ませて叩き起こす。
「起きたか。飲み出したサギリは止められない。歴代の忍者達は段々と酒癖が悪くなっている。オイトール。全ての何かを戻しそうなマツカゲを頼んだぞ」
「テ、テンドウ君!? そりゃ無いよ……あぁ、二日酔いの薬持って来てて良かった。ん? カゲマツそれ全部飲んだら僕の分も無くなる! って、オイーっ!」
そうして、ぐっすり眠ったテンドウ達は龍宮祭前日に行われる龍宮巫女の儀式の日を迎えた。