二話 アマテラス王国・最終将軍テンドウ
龍宮島の入口にある広場にて、二十歳前後の若い男は表紙に太陽と剣の紋様が書かれた絵本を読み終えた。その孤島へ行く陸路である、長い橋は多くの観光客が渡っている。島の左右には大渦が船の侵入を拒んでおり、この龍宮大橋を通る以外の道は無さそうだ。
「……今日のお天道様は機嫌が良さそうだ」
紫のフードマントを着た黒髪の男は、青い瞳で天の太陽を見つつ立ち上がる。男はマントの下に鎧を着ているのか、少し身体が大きく見える。周囲にいた大勢の子供達はその話の続きを聞きたいらしく、男の青い瞳を見つめるとそれぞれに言葉を放つ。
その子供達の言葉を遮るように、一人の白い巫女装束の栗色の長い髪の女が歩いて来た。
「あらあら皆さん。何をしているのです?」
聖女のような品のある巫女が現れると、子供達は我こそ先にと抱きついて行く。子供達は絵本を読んでもらっていたと話すと、巫女はおやつの時間ですよと言い子供達を島の高台にある巫女の社へと向かわせる。龍宮大橋を渡り到着する旅人や旅行者達は、広場にいる二人を横目に歩いて行く。
「絵本を読んで頂きありがとうございます。私はこの龍宮島の巫女フィトームでございます」
「貴女が龍宮島の巫女フィトームか。俺は他の観光客同様、この龍宮島の一年に一度の龍宮祭に来たのさ。神の酒ゴッドロックンロールの製造者である貴女に出会えたのは、お天道様が俺に味方してる証拠だろう」
「フフフ。面白い事を言うお方ですわ。明後日から始まる一年に一度の龍宮祭を是非楽しんで下さいまし。和の鎧を着た本読みさん」
黒髪の男の紫のフードマントは全身を隠すように包まれているが、龍宮の巫女は前の隙間から見える和風の鎧を見逃さなかった。
「この和の鎧は先祖の伝統さ。今は仲間と待ち合わせをしている。そんなに警戒しなくても、俺は夢の不夜城とされる海底の龍宮城へは侵入しないよ」
「……龍宮城はあくまで噂ですわ。龍宮祭になると困った人が増えて大変ですのよ。貴方様もくれぐれもおかしな行動はなさいませぬように」
すると、龍宮の巫女はその場を立ち去ろうとする。男の冷たく光る青い瞳は龍宮島の警備隊らしき連中を見据えていた。
「魔の五風十雨が海底の龍宮城の主という話があるが知らないか?」
「……」
その男の言葉で龍宮の巫女は立ち止まる。道ゆく旅人や観光客に微笑みながら手を振りつつも、全ての意識を振り返った先にいる青い瞳の男に集中させていた。僅かに口元を笑わせた男は話す。
「この龍宮大橋に到着して二時間近く経過するが、この龍宮島の海底にあるとされる龍宮城へ侵入を試みようとした連中がいるようだな。ここの警備隊に連行されていたよ。この島にモンスターが多くないのは魔族の筆頭である魔の五風十雨が存在するからじゃないのか? という噂話もある。それが龍宮城の主として君臨してるという話さ」
噂話をあくまでも続ける男に龍宮の巫女はやや顔色を変えた。それはまるで図星を突かれているかのような顔である。
「こんな噂もありますわ。龍宮城は地上と時間軸が異なっている。魔族の頂点にいる魔の五風十雨でさえも龍宮城の時間経過には勝てないのでしょう。今は廃れた浦島太郎のお伽話を知っている方ならわかると思いますが」
「くっくっくっ。なるほど。やはり千年前は絵本の主流だった浦島太郎の話で合ってるのか。いやいや、結構、結構。これもお天道様のおかげだぜ」
手に持つ絵本を天にかざす男は笑っていた。
「それにしても、この島は近くの都市から離れているけど人口は多い。衣食住全てが高水準でもある。なのに貿易をしていない」
「神の島であるこの龍宮島では必要以上のお金は不要なのです。貿易をするにしても、海路は島の左右にある大渦により船の通行は不可能。この島にたどり着くには龍宮大橋を通るしか方法は無いのです」
「成る程。観光名所になりそうな龍宮島がありながらも、それを故意に利用せず島民は生活している。素晴らしい事ですな龍宮の巫女さん」
「絵本読みさんは商売にでも来たのですか?」
「俺は商売人ではない。ただの愚者だよ」
すると、龍宮大橋から新たな人間達が龍宮島へと足を踏み入れた。ガラの悪い連中の一団は明らかに祭りで暴れようとしてる集団だった。周囲の人間達はこの集団について話している。
「龍宮舞踏祭の優勝候補だ。ガラは悪いが実力はある」
「荒くれ者をまとめる強さとカリスマのあるリーダー。まだ海賊として新参者だが勢いがあり、強い」
「一見、戦闘になれば烏合の衆になるかと思いきや組織的に動く。個の強さと組織の強さを兼ね合わせてるから並の軍隊じゃイチコロさ。俺は出場しないね」
そんな集団の後に続く二人を見て、来たな……という顔をした男は龍宮大橋へと歩き出す。
一人は白衣を着た長身の男。耳が隠れる長さの白髪頭で肌は褐色。優しげな微笑みで歩いて来ている。
もう一人は紺色の羽織に灰色の袴の侍。髪は総髪で結った髪は背中までの長さだ。無愛想な顔つきで、腰には朱鞘の刀を帯びていた。
仲間と合流した男は龍宮大橋の橋床をブーツでトントンと踏んだ。その床下から返事のような叩く音が聞こえた。と、同時に近寄る龍宮の巫女は言う。
「これはこれは英雄のような四人の使者。龍宮祭もこれにて盛り上がるでしょう。龍宮舞踏祭でのご活躍を期待しています」
相変わらず白衣の男は微笑みを崩さず、侍の男は反応をしない。するとそのリーダーである男が答えた。
「龍宮舞踏祭。モンスターと島民以外の人間が戦う祭りか。視界に入っていないウチの忍者に気付いたなら参加せざるを得ないな。この龍宮島をお天道様の光で炙ってやるさ」
「あら残念ですわ。明日から雨の予感です。女の感は当たるのですよ」
「つれねぇな龍宮の巫女ちゃんよぉ。俺達外道世紀末には挨拶も無しかぁ? 男の予感で今夜は龍宮巫女ちゃんのオマタびちょびちょだな! なぁ野郎共!」
外道世紀末というトサカ頭の袖なし服を着た荒くれ集団のリーダーはそう叫んだ。メンバー連中も卑猥な言葉を連発しつつ、無意味な奇声を上げて周囲の人間を挑発している。しかし、龍宮の巫女も紫のフードコートを着た男も自分達を見向きもしない事にイラつき近寄る。
『最終将軍に近寄るな下郎』
ドクター、侍、そして口元を布で隠すツインテールの黒い忍者少女が外道世紀末の前に立つ。周囲の観光客などはこれから始まる戦いにヒヤヒヤしている。互いに一昨触発状態の中、まだ返事をしてもらっていない龍宮の巫女は答えを求めた。
「答えを聞いてないわよ、愚者の最終将軍」
妖艶な笑みで言う龍宮の巫女に対し、腰にある大海の青のように澄んだ宝剣・セラヴィを抜刀した男は天高く掲げて叫んだ。
「たとえお天道様が味方せずとも、俺はこの仲間達が味方してくれる。さぁ、世界に陽を昇らせに行こう!」
瞬間――ドクターはどこからともなく矢を放ち、侍は凄まじい斬撃の嵐を浴びせ、黒髪ツインテールの忍者少女は無数のクナイを外道世紀末の頭に叩きこんだ。
『……』
目にも止まらぬ神業でやられた外道世紀末達は、全員海の中に素っ裸で丸坊主になり落下していた。圧倒的な実力でつまらぬ者達を倒したが、その騒動の中心にいる将軍は今の騒ぎの一切を振り返らずに進んでいる。龍宮の巫女はその一団の後ろ姿を見ながら呟いていた。
「フールエンペラー……」
こうして、テンドウ七人衆の一部が龍宮島に上陸した。千年前から魔族の頂点にいる魔の五風十雨を倒し、その主である魔王復活を阻止する為、アマテラス王国・最終将軍テンドウの開戦の日が幕を開ける。
オレンジ色の太陽は眩い光で龍宮島を照らしていた。