第1章 闇の勇者 3話 戦闘民族もビックリ
よろしくお願いします。
何これ?
頭の中に勝手に流れてくる記憶に幻夜はただ困惑する。
いやいや怖い怖い怖いよぉ〜!
「お久しゅうございます、フェレス様」
「うむ。息災であったかアレクよ。少々くたびれたか?」
「そうでございますなぁ。かれこれあの時より五百年経ちますからな」
「そうか」
どちら様でしょう?
俺の目の前には純白がこの世に顕現したように感じる、妙齢の女性が立っていた。
髪も肌も純白なその女性は、勝気な瞳を大きく見開かせて親しげに言った。
「おお、こうして見えるのは初めてじゃな! ほほう、中々どうして良い男ではないか! まあ、少々おぼこいように見えるが・・・妾にはむしろ御褒美じゃし問題ない!」
「あの〜」
「なんじゃ?」
「俺、あんたみたいな美女の知り合いいないんだけど、どっかで会ったことあるの俺とあんた」
「美女とか本当のことを言っても褒美なんぞでんぞ! はっはっはっ! まあ、褒められて悪い気はせんがのぅ! それに妾と主は知り合いどころの仲ではないじゃろう? あんなに互いに貪り喰らいあった仲ではないか! のぅ? アレクよ」
言って純白美女は、俺から目線を老紳士アレクサンドルへと向ける。
「ええ、まあ。ですが彼は何の情報も無いままこの世界に来ておりますので、仕方がないかと」
「そうなのか?」
言うと、純白美女は俺の全身を舐め回すように見つめる。
その視線のなんとも妖艶な魅力に、俺の下腹部が滾りを感じる。
いやいや、ちょっと待とうか俺。
よく分からなすぎる状況で何なの?
こんなに好戦的だと戦闘民族もビックリだよ!
視線を下げて精一杯のさり気なさを装いつつ、股間に目をやる。
ちょうど、股の辺りに黒い霧のような、液体のような、何とも表現しづらいモノが纏わり付いていた。
何これ?
「しかし、アレクよ。こやつをどうする? 仮にも勇者なのじゃろ? それなのに魔に憑かれるとかないわぁ〜」
辟易とした表情で言う。
「・・・そうですな。私に考えがあります。ですが、一先ずはフェレス様が何者であるのかを、幻夜様にお話しして差し上げるのが良いかと」
グッジョブ、アレクさん!
「ふむ。まあ、そうか」
改めてという感じに、純白美女は俺を上から下まで見て言う。
「妾の真名はメフィストフェレス。悪魔じゃ」
この人何言ってるの?
メフィストフェレスと名乗る純白美女は、一歩俺へと近づく。
パキッ。
パキッ?
音がした方向に視線をやる。
どこだここ?
朽ち果ててはいるが、以前は教会だったのだろうと思える風景が眼前に広がっている。
かつては荘厳だったであろうと簡単に想像できるパイプオルガンは、今や見る影もなく朽ちている。
女性が描かれているステンドグラスは所々欠けてはいるが、まだ辛うじて残っている。
目の当たりが欠けたそれは、美しいと感じるよりも、むしろ不気味に映って仕方がない。
「山神幻夜よ。妾と共に世界を喰らおう。この世の全てはお主と妾のモノ。金、権力、女。全てお主の思うがままじゃ!」
「・・・・・・」
「どうした?」
「いや、その、なんというか・・・」
「何じゃ? はっきりせんか」
「ここはどこ?」
*
結論からいうと、僕からあちらの世界へと連絡するから手段は無かった。
精霊たちの力も借りて念話を試してみるが、この世界に存在する精霊たちは、あちらの世界の彼らとは少し違い、あまり魔力を持っていなかった。
だが、驚いたことにスマホという通信機には膨大な数の微精霊たちが宿っていた。
ただ、彼らは僕の知る精霊たちとは違っていて、対話そのものが出来ず困ってしまう。
まあ、こちらからは連絡出来なくとも、あちら側からの連絡は受信出来そうであったのが唯一の救いだった。
そうこうしている間に、僕が異世界である日本という地にやって来て、一月が経過していた。
「はい次〜」
ピッ!
笛の音が鳴る。
思考を止め、音の方向に目をやる。
今は体育という、身体強化に特化した授業の最中だ。
百メートル走という、脚力強化に重きを置いた訓練を受けており、僕の順番が回ってきた。
この一月で分かったことがいくつかあるが、その一つが手を抜くことだった。
適度に手を抜かなければ、この地では目立ってしまう。
来るべきその日まで、目立つことを避けたい僕は、本来の力を封印して行動しなければならない。
よし、手を抜くぞ。
「次はフェニックス」
「はい」
「行くぞー」
僕は美しく整備されている芝生を見つめながら、合図を待っている。
ピーッ!
笛の音が耳に届くと同時に、僕の足は地面を蹴る。
手を抜く、手を抜く、手を抜く。
自身に言い聞かせながら走る。
到着。
こんなものか。
「・・・」
先生が固まっていた。
手を抜きすぎたか?
「タ、タイムは?」
先生は計測器を持つ生徒へ尋ねる。
「・・・三秒です」
「嘘だろ?」
「三秒とか速いなんてレベルじゃないだろ!」
「どう走ればそんなふざけたタイムが出せるんだ〜!」
「おい! アレを見てみろ!」
学友たちが口々にざわつき始める中、一人の生徒がスタート地点の後方を指差す。
先程まで美しい緑の風景でもって僕の心を和やかにしてくれていた芝生が、火を上げて焼け焦げていた。
「・・・そうなんだ。人間百メートルを三秒で走ろうとすれば芝生が焼けるんだ」
生徒の誰かが呟いた。
僕の阿呆っ!
目立ってしまっているじゃないか!
そんな、僕たちを女子たちが見て笑っている。
その中には、僕の恋人である真白翼さんが楽しげな表情で友人たちと笑い合っていた。
そんな愛しい恋人の姿を見て僕は心から思う。
正直、勇者とか辞めて日本で楽しく暮らしていたい。
最後まで読んでいただきありがとうございます。